ヒトは120歳まで生きられる!?細胞分裂と寿命の関係を徹底解説!

この記事の概要
  • 人の寿命は生まれた時代、地域、食べるもの、生活環境などさまざまな要因によって決まる
  • それらの要因が仮にないとした場合、120歳まで生存可能と考えられている
  • テロメア、テロメラーゼと細胞分裂について解説

中国の李青曇(りせいどん、1677年生まれとされている)は「256歳まで生きていた」とされています。

生まれ時の正確な記録、つまり戸籍などの正確な情報が存在する人では、フランスのジャンヌ・カルマン(1875年?~1997年)が122歳まで生きたとされています。

こうした長寿記録は記録に曖昧な点があり確実ではありませんが、では人間は実際にはどれくらい生きる事ができるのでしょうか?

今回の記事では、寿命と細胞(細胞分裂)の関係について徹底解説します!

目次

1. 人は何歳まで生きられるのか?

日本人の平均寿命はどんどん伸びています。2018年のデータでは、男性が81.25歳、女性が87.32歳で男女とも過去最高を更新しましたが、 このデータの50年前、1968年は、男性が69.05歳、女性が74.30歳でした。

生まれた時代、地域、食べるもの、生活環境などさまざまな要因によって生きることができる時間は大きく変わります。

では、そうした要因による短命化がなくなったと仮定した場合、人は何歳まで生きられるのでしょうか?

1-1. 人が生きられる限界

人が生きられる時間にはさまざまな説があり、そのうちの1つに「120歳説」があります。これは統計的な解析と細胞生物学からの知見による推測です。

身体を構成する細胞は、細胞分裂が停止するものと、細胞分裂を繰り返すものがあります。細胞分裂を繰り返して新しい細胞を供給できるのは理論的に120年と考えられており、この考え方から人間の最大寿命は120年と予測する考え方です。

細胞の供給が120年、つまり集団の細胞としての寿命が120年と言い換える事ができます。細胞が寿命を迎えるメカニズムを考えるにあたり「細胞分裂」がキーワードになります。

2. 細胞分裂

2-1. 染色体の安定性を保つテロメア

細胞が分裂するとき、核内の染色体も複製されます。この染色体の最重要な部分、遺伝情報を持つDNAの塩基配列は、複製時にはいったん不安定な状態になります。この状態には様々なリスクがあり、DNAの分解、修復機構の誤作動による異常を引き起こす可能性があります。

そのため染色体の末端には、染色体の物理的、遺伝的な安定性を保つために「テロメア」という構造があります。

テロメアは染色体末端に存在し、キャップのように染色体を保護しています。構造は、繰り返しの配列を持つDNAと複数種類のタンパク質から作られています。テロメアのDNAは、およそ8kbpから12kbp(bpは1塩基対。1kbp=1,000bp)言われています。つまり、これは塩基配列が8,000個から12,000個連なっており、その配列が2重鎖を作っているという事です。

2-2. ヘイフリック限界

テロメアは細胞が分裂し、染色体が複製されると少し短くなります。長さが約5kbpになると、細胞は分裂しなくなると言われており、これを細胞の分裂限界、ヘイフリック限界と呼んでいます。ヘイフリック限界に達し、分裂できなくなった細胞は細胞老化の状態にあるとされています。

体細胞では、ヘイフリック限界に到達すると、細胞周期抑制タンパク質が作られ、細胞周期が停止します。細胞分裂を行うためには、細胞周期を動かす事によって染色体の複製などの分裂準備をしなければなりませんが、その準備ができなくなってしまいます。

ヒトの細胞はほとんどが体細胞です。このテロメアによる細胞分裂の限界が寿命に関連するという仮説は納得できるもでしょう。しかし、分裂回数に限界がないとされている細胞もあります。

代表的なものが「幹細胞」「がん細胞」などです。

2-3. テロメアとテロメラーゼ

がん細胞にもテロメアは存在します。細胞分裂をすれば、テロメアは短くなるはずですが、テロメラーゼという酵素の作用によって長さが保たれてしまいます。テロメラーゼは

  • 短くなったテロメアを伸長するための鋳型(いがた)となるRNA
  • そのRNAの情報をDNAに変換する逆転写酵素
  • 機能維持するためのいくつかのタンパク質

からできています。

細胞分裂時にテロメアが短くなると、テロメラーゼが活性化し、自らが持つRNAの配列を逆転写酵素を使ってテロメアのDNAにうつします。これによって短くなった分のテロメアのDNAが補充され、元の長さになります。

がん化した体細胞、生殖細胞、幹細胞がこのテロメラーゼの作用によってテロメアの長さを維持しています。

それ以外の動物体細胞では、このテロメラーゼ活性が低いまたはテロメラーゼ自体が検出されないため、テロメアは補充される事がないまま、分裂するたびに短くなっていき、最終的には分裂が停止します。

3. 幹細胞の寿命

テロメラーゼの作用によってテロメアが伸長されるので、幹細胞は理論的には無限増殖が可能です。ということは寿命は非常に長い事が予想されます。

しかし、マウスの精子幹細胞を使った研究によると、幹細胞の寿命は意外と短く、1週間から2週間であるとされています。テロメラーゼの活性があるにもかかわらず、2週間程度の寿命しかなく、機能が停止してしまうのです

つまり、幹細胞は不死化した細胞と言い切る事はできません。また、テロメアの説による細胞寿命の予測は、あくまで細胞分裂の限界であり、他の要素によって細胞の寿命が来て細胞死を迎える事も十分考えられます。

4. 幹細胞の供給

幹細胞が消失してしまうと、個体にとっては大問題です。

例えば、造血幹細胞がなくなった場合は血液中の血球が枯渇してしまいますし、海馬と側脳室にある神経幹細胞がなくなると、ニューロンの新生が起きなくなってしまいます。

幹細胞は常に存在しなければ個体の維持ができなくなります。意外と短い寿命の幹細胞は、どのようにして新しい幹細胞の供給をしているのでしょうか?

4-1. 非対称分裂により、自身のコピーと必要な細胞を作りだす

幹細胞の細胞分裂は非対称分裂であることが多いのが特徴です。

対称分裂
幹細胞が分裂し、幹細胞のコピーができ、幹細胞が2つ存在する状態になる事。
非対称分裂
幹細胞が分裂し、1つは自信のコピー(つまりは幹細胞の状態を維持)し、もう1つは組織細胞に分化するための前駆細胞になる事。

つまり、幹細胞は分化する際、常に幹細胞を残しておきます。

この残された幹細胞が存在すれば、寿命が来た幹細胞が細胞死によって消失しても、新しい幹細胞が供給できます。しかも、テロメラーゼの作用によってテロメアは伸長されているので、染色体も保護され細胞分裂に支障が出ません。

幹細胞は1つの細胞が存在し続けて働くわけではありません。幹細胞は集団として常に置き換わる事ができる幹細胞をキープし、幹細胞の機能を持つ集団の存在を維持する事によって、分化する細胞の元を確保しています。

5. まとめ

幹細胞は不老不死の細胞ではありません。様々なタイプの細胞に分化できる性質を持つ細胞である事は確かですが、幹細胞の機能にも限界があり、1つの幹細胞に着目すると、必ずしも長い細胞寿命を持つわけではありません。

しかし、幹細胞は集団を維持する事によって、幹細胞の機能が常に体内に存在するようなシステムを構築しています。

体細胞は分裂すると、テロメアが短くなります。1つの体細胞が分裂して2つになり、さらに4つになった時、3つの体細胞が寿命を迎えたとします。3つの体細胞が死んでも1つが残りますが、その1つが分裂して増えていく、というわけにはいきません。なぜなら、残った1つは細胞分裂を重ねたためにテロメアが短くなっているからです。

しかし幹細胞であれば、細胞分裂の度にテロメアの長さが伸長され、修復されます。幹細胞から分化した細胞は、分化が進行すると共にテロメアーゼの活性を失い、ヘイフリック限界に近づいていきます。しかし幹細胞の性質のまま残っていれば、テロメラーゼによってテロメアが元の長さに戻されます。

個々の幹細胞の機能の最後(寿命)は存在します。先に述べたマウスの精子幹細胞のように寿命が尽きてしまいます。

しかし、幹細胞集団としての機能は、かなりの期間続きます。常に幹細胞を残しておき、かつテロメアを修復する事によって細胞年齢をリセットする、これによって幹細胞を常に体内に存在させる事ができます。

この集団としての機能維持が我々の身体を支えているのです。

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