1. 造血幹細胞移植不適応について新たな報告
2022年12月中旬に、アメリカ・ルイジアナ州のニューオーリンズで開催されたASH 2022 Annual Meetingで、大量化学療法を伴う造血幹細胞移植(ASCT: Autologous peripheral blood stem cell transplantation)に対して不適応の多発性骨髄腫患者に対して、抗CD38モノクローナル抗体とレナリドミド、デキサメタゾンを併用する療法の有効瀬戸安全性を比較検証したMAIA試験の解析結果がUniversity Hospital Hôtel-DieuのPhilippe Moreau氏らにより公表されました。
公表したのは口頭発表によるもので、「3245 Daratumumab Plus Lenalidomide and Dexamethasone (D-Rd) Versus Lenalidomide and Dexamethasone (Rd) in Transplant-Ineligible Patients (Pts) with Newly Diagnosed Multiple Myeloma (NDMM): Clinical Assessment of Key Subgroups of the Phase 3 Maia Study」というタイトルでスピーチされています。
ここで重要な抗体である抗CD38モノクローナル抗体は、ダラザレックス(一般名はダラツムマブ、Daratumumab)とも呼ばれています。
この発表はMAIA試験の結果解析が柱ですが、MAIA試験という解析方法は、一般の方々にはあまり知られていない試験です。
MAIA試験は、大量化学療法を伴う造血幹細胞移植、つまり薬を多種、多量使わざるを得ない造血幹細胞移植が不適応となってしまい、多発性骨髄腫と診断された患者を対象とする第III相、無作為化、非盲検、そして多施設共同試験のことです。
2. 造血幹細胞移植が必要な疾病
造血幹細胞の移植が必要とされる疾病は、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などが該当します。
これらは血液のがんとも言われる疾病で、造血幹細胞が白血球などの血液成分に分化する過程で、主に後天的な原因(遺伝子異常、特殊なウイルス感染)によってがん化することが原因です。
血液のがんは、一般的に他のがんと比べて、抗がん剤治療、放射線治療の効果が出やすいと言われていますが、これらの治療で完治できないケースも少なくありません。
こうしたケースで用いられる治療方法が造血幹細胞移植で、血液疾患を完治させることを目標とした治療方法になります。
造血幹細胞は、血液細胞である白血球、赤血球、血小板の元になる細胞で、骨髄、またははへその緒とも呼ばれる臍帯に多く含まれています。
造血幹細胞を移植する場合、移植の一週間前くらいから、多くの薬剤を投与(大量化学療法)、全身放射線照射からなる移植前処置という治療を行います。
この処置は、がん細胞を減少させることと、患者自身の免疫細胞を抑制することが目的です。
移植当日は、造血幹細胞を静脈から投与します。幹細胞は血液の流れに乗って骨髄にたどりつき、そこで増殖を始めます。
増殖がスムーズに行われると、患者の中にはがん化した白血球ではなく、正常な白血球が増加します。
これを生着といい、造血幹細胞移植の一つの成功の目安です。
移植から1ヶ月、また数ヶ月かけて血液はドナーのものに置き換わります。
3. 生着が上手くいかない場合もある
この治療は、造血幹細胞が不適応の場合は生着が正常に行われません。
今回、Philippe Moreau氏らが発表したのは、この不適応の場合の対処治療法です。
使われる薬剤は、ダラザレックス、レナリドミド、デキサメタゾンです。
従来は、レナリドミドとデキサメタゾンの併用療法が行われていましたが、今回のMAIA試験では、ダラザレックスをさらに併用して行われています。
ここで、使われる薬剤を詳しく見てみましょう。
レナリドミドは、レナリドマイドとも呼ばれる免疫調節薬です。
2005年に登場し、レブラミドという商品名で使われています。
再発、または難治性の多発性骨髄腫、骨髄異形成症候群などに用いられる抗悪性腫瘍用剤です。
1999年にサリドマイドが難治性の多発性骨髄腫に効果を示すことがわかりましたが、レナリドミドはサリドマイドよりもさらに効果を高めた薬剤です。
一方で副作用が少なくなるという効果もありますが、重大な健康被害を避けるために、医師の指導の下でしか使えないとされています。
レナリドミドの効果は、デキサメタゾンとの併用でさらに上昇します。
90年代、多発性骨髄腫の治療は、メルファランとプレドニゾロン、または移植治療に頼らざるを得ませんでしたが、1999年にサリドマイド、そしてレナリドミド、ボルテゾミブの効果が確認され、治療方法の選択の幅が拡がっています。
投薬には大きな注意が払われ、副作用との兼ね合いで、血液中の好中球数を監視しながら投薬量が調節されます。
デキサメタゾンは、ステロイド系の抗炎症薬です。
炎症の原因は問わず、炎症反応と免疫反応を協力に抑制します。
急性炎症、慢性炎症、自己免疫疾患、アレルギー疾患などに使われ、さらにステロイド外用薬としても使われています。
オックスフォード大学の研究によれば、デキサメタゾンを新型コロナウイルス感染症の患者に投与した結果、気管挿管や気管切開を伴う人工呼吸器をつけた患者でおよそ35%、マスクをつけて酸素を供給した患者でおよそ20%、死亡率が下がりました。
イギリスでは直後にデキサメタゾンを新型コロナウイルス感染症の治療薬として緊急承認し、日本においてもレムデシビルに続く2つ目の治療薬として承認されています。
4. ダラザレックスとは
そして今回の柱となるダラザレックスです。
ダラザレックスというブランド名で販売されており、別名はダラツムマブで、この薬は抗がんモノクローナル抗体薬であり、多発性骨髄腫細胞で過剰発現している CD38に結合します。
ダラザレックスは、2013 年に多発性骨髄腫の画期的な治療薬として認められました。
多発性骨髄腫、びまん性大細胞型 B 細胞性リンパ腫、濾胞性リンパ腫、およびマントル細胞リンパ腫の希少疾病用医薬品として使われるようになりました。
ダラザレックスは、赤血球上に存在する CD38 に結合しする抗体薬です。
抗体パネル細胞をジチオトレイトール (DTT) で処理し、試験を繰り返すと、赤血球表面の CD38 へのダラザレックスの結合は無効化されます。
ダラザレックスはCD38の抗体ですが、モノクローナル抗体に分類されています。
CD38というタンパク質は、多発性骨髄腫細胞で発現が多くなっており、ダラザレックスはこのCD38に結合することによって抗体依存性細胞傷害、補体依存性細胞傷害、ミトコンドリア転送の阻害、または抗体依存性細胞食作用を介して細胞のアポトーシスを引き起こします。
CD38 の発現レベルが高い多発性骨髄腫細胞は、CD38 の発現が低い細胞よりも、ダラザレックスを介した細胞溶解が大きくなります。
CD38 酵素は免疫抑制物質であるアデノシンを形成するため、CD38 を含む細胞を排除すると、がんを排除する免疫系の能力が高まります。
このダラザレックスによる効果が臨床的に証明され、今回の発表となったわけですが、造血幹細胞移植が上手くいかない時の代替治療として大きな注目を受けました。
5. 幹細胞が全てを解決するわけではない
幹細胞を使った治療は大きな期待を寄せられていますが、常に上手くいくとは限りません。
今回の例のように、造血幹細胞が、移植後生着しなければ治療は進みません。
どんな治療においても、「思うように効果があがらない」というケースは存在し、幹細胞による治療も例外ではありません。
薬物による治療を始めとして、現在は幹細胞治療の実用化と共に、その幹細胞治療が上手くいかなかった場合の代替治療も模索されています。
今回、University Hospital Hôtel-Dieuによって行われたMAIA試験は、まさにその一例です。
代替治療が存在しなかった場合、何度も移植治療を繰り返すことが考えられますが、造血幹細胞移植では移植前処置で患者に大きな負担を与えなければなりません。
大量化学療法、放射線治療、いずれも患者の体に大きな負担をかけます。
造血幹細胞移植前に、がん化してしまう造血幹細胞を身体から排除しなければならないため、かなりの負荷をかけた薬剤投与、放射線照射がなされます。
こういった状況でも、治療を続行させることができる、つまり治療の選択肢を増やすことによって、根治の確率を少しでも上げようとする研究も、幹細胞治療の研究と平行して行われています。