脳の損傷に幹細胞が効果を発揮!慢性期外傷性脳損傷患者において効果を示す

目次

1. 脳の損傷と幹細胞

脳は、身体機能の中枢であり、意識的な活動、無意識的な活動、そして思考、言語、感情の制御をしています。

この脳が損傷を受けると、意識を喪失したり、記憶、人格が損なわれる、そして部分的にまたは完全に麻痺状態になるなど、肉体的及び精神的な機能に重大な影響を及ぼします。

脳の損傷を大きく分けると、事故などによる外傷性のものと、脳梗塞などによる内因性のものに分けられます。

脳が損傷すると、回復する場合もありますが、脳組織を構成する細胞が死んだり破壊されると、その代わりとして新たな細胞が生まれるという科学的な証拠は見つかっていません。

通常は、生き残っている脳の他の部分が、損傷して破壊された組織の機能を引き継ぐことによって脳の回復が試みられます。

しかし、回復によっては運動、思考、言語能力に問題が残ることがあり、場合によってはうつ病、人格変化などの後遺症が出ることもあります。

これらによって生活の質(QOL)の低下が見られることが多く、その後の人生に大きな影響を及ぼします。

幹細胞の研究が盛んになった近年、こういった脳の損傷を幹細胞で治療し、残った細胞に機能を引き継ぐのではなく、本来の細胞を幹細胞で再生させて回復をさせようとする研究が行われてきました。

その結果、多くの再生医療製品が開発、または開発試験中で、今後は脳の損傷によって後遺症が残るケースが少なくなっていくと予想されています。

今回のサンバイオ株式会社による発表は、外傷性の脳損傷に関わるものですが、脳内の損傷は外傷性に限らず脳梗塞などによるものもあり、これら脳の機能障害に広く使うことができる細胞治療薬として期待される製品が、フェーズ2の臨床試験をクリアし、次の段階に入りました

2. SB623とは?サンバイオ株式会社とは?

SB623は、サンバイオ株式会社が開発を行っている再生細胞薬です。

このSB623は、健康な成人の骨髄液から間葉系幹細胞を分離し、分離された細胞にNotch-1という遺伝子を導入することによって作られます。

Notchは、ショウジョウバエからヒトなどの哺乳動物の間で広く保存されたシグナル伝達経路である、Notchシグナル経路を構成するタンパク質です。

細胞間の物理的な接触、つまり細胞と細胞が接触するような近距離感でシグナルをやりとりするためのシグナル伝達経路で、動物の発生する時期(身体を形成する時期)の神経組織、そして成体の脳において、神経幹細胞、神経前駆細胞に発現が確認できます。

この細胞薬は現在開発中で、臨床試験が行われています。

そしてこの臨床試験の結果が、アメリカ神経学会(AAN:American Academy of Neurology)で初めて報告されました。

その内容は、フェーズ2臨床試験(STEMTRA試験)を1年間行った結果で、外傷性脳損傷に起因する慢性期の運動機能障害に対する細胞治療薬となる可能性を示したものです。

「外傷性脳損傷に起因する慢性期の運動機能障害」に対して細胞治療薬としては世界初となり、この結果は世界から注目されています。

ニューイングランド神経・頭痛研究所 _医長兼チーフ・メディカル・オフィサーであり認定神経科医でもあるピーター・マカリスタ医師(Peter McAllister, M.D.)は次のように述べています。「外傷性脳損傷による長期障害に悩む何百万人もの患者さんの多くは医療制度の中で見過ごされがちです。本解析からは、SB623 がそうした患者さんの運動機能や日常生活への復帰能力につき、臨床的に有意な改善をもたらす可能性を強く支持する知見が得られました。」

サンバイオは2001年にアメリカ・カリフォルニア州で、SanBio, Inc.として設立されました。

2002年には、よこはまTLO株式会社から現在の開発基本技術となっている基本シーズに関わる知的財産の譲渡を受け、大きく発展しました。

2009年にはSB623の日本における脳梗塞の専用実施権許諾契約を帝人株式会社と締結、2010年にはSB623の脳梗塞への用途において、IND(臨床試験開始の承認)を、アメリカFDAカラ取得しました。

さらに、アメリカ、カナダにおけるSB623のオプション契約を大日本住友製薬株式会社と締結、2013年には日本法人サンバイオ株式会社を設立しました。

当初は、アメリカ法人が親会社、日本法人が子会社でしたが、現在は日本法人を親会社とし、アメリカ法人が子会社になっています。

3. 臨床試験の詳しい内容

SB623は、脳梗塞においてはすでに有効な結果を示しており、今回の試験は、運動機能障害を有する外傷性脳損傷患者を対象に行われました。

結果として、フェーズ2の主要評価項目を達成し、運動機能と日常生活動作に改善傾向が認められました。

試験対象患者は合計61名、倫理指針に則って患者から同意を得て行われ、46名にSB623が投与され、15名がコントロール群として試験されました。

運動機能改善は、主要評価項目である投与開始から24週後のFugl-Meyer Motor Scale(FMMS)のベースラインからの改善量を測定して評価されました。

その結果、SB623投与群ではコントロール群と比較して、歩行速度、上肢・下肢機能のスコアなどで改善が認められました。

運動機能障害の改善は48週まで維持され、歩行速度、上肢・下肢機能の改善も48週まで改善に関連性が認められました。

現時点では試験において安全性の懸念を示すデータは認められず、有害事象による治療中止もありません。

2022年3月には、STEMTRA試験のデータに基づき、外傷性脳損傷が原因である、慢性期の運動機能障害に対する細胞治療薬として、厚生労働省に先駆け審査指定制度の枠組みの中でSB623の承認申請を完了しています。

さらに、厚生労働省からは希少疾患用再生医療等製品の指定、アメリカ食品医薬局(FDA)からはRMAT(Regenerative Medicine Advanced Therapy)の指定を受けています。

現在、サンバイオはアメリカでのSB623フェーズ3臨床試験開始に向けた準備を進めています。

アメリカには外傷性脳損傷の患者が多く、臨床試験に必要な患者数を確保できることと、承認後のニーズが見込まれることから、まずはアメリカでの臨床試験という流れになったと予想されます。

4. 脳機能障害の治療方法が大きく変わる可能性

幹細胞が治療に使われる前までの脳機能障害治療は、脳内で失われた細胞・組織の代替となる部分の出現を期待し、リハビリテーションを中心としたものでした。

その場合、疾患前の状態に完全に機能を戻すことは難しく、生活が“ほぼ疾患前”のレベルで行える状態に戻ればかなり良好な予後とされてきました。

幹細胞が実際に医療に使われるようになってきた後、脳の機能回復に神経幹細胞を使ったらどうかというアイデアは比較的早く研究対象とされてきました。

脳の治療に使う幹細胞としては、神経幹細胞がメインとなりますが、iPS細胞から神経幹細胞を作成するなどしてもなかなかよい試験成績が挙げられませんでした。

これを改善する手段として、「治療に有効な細胞行動を促す遺伝子を幹細胞に組み込む」という手法が多く使われ始めました。

さらに、神経幹細胞を人体から採取するのは非常に困難であり、他の幹細胞を使うというアイデアも多く使われています。

神経幹細胞以外の幹細胞に必要な遺伝子を組み込み、患部に移植して細胞治療薬とすることができれば、治療の簡便性、またコストの面からも大きな患者の利益になることは間違いありません。

アメリカでのフェーズ3臨床試験は、おそらく1年程度行われると予想されます。

すでに治療薬としてはほぼ使われる事が視野に入っており、今後は確認のための試験が中心となって、安全性の確認などが手順を踏んで行われます。

そして、脳の損傷が「治らないもの」でなくなることは、社会保障においても大きな変革となります。

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