ヒトiPS細胞から作製した膵島様細胞に混入する目的外細胞の特性評価にもとづく除去

目次

1. 幹細胞を使った治療の問題点

iPS細胞から分化誘導を行い分化した細胞を使って治療する方法は、ここ数年で飛躍的に進歩し、すでに臨床で行われている治療方法もあります。

しかし、今後技術的な改良を行わなければならない点もいくつか指摘されています。

そのうちの1つとして、「目的外の細胞」が混入するケースが挙げられます。

人工的に分化細胞を作成すると、目的外の細胞が混入する可能性が指摘されています。

特に、移植する細胞が大量の場合、臨床応用を考えると安全性の観点をまずは考えなくてはなりません。

そうなると、目的外の細胞の混入は低減しなければならないのですが、混入レベルは非常に少なく、解析が困難という課題があります。

解析レベルでは混入が低レベルだとしても、体内に移植した際には、少ない細胞でも目的外であれば治療においてリスクとなります。

武田薬品工業株式会社の研究者を中心とする研究グループによって、この課題を解決する研究成果が発表されました。

武田製薬は、京都大学iPS研究所と共同でT-CiRA(Takeda-CiRA Joint Program for iPS Cell Applications)というプロジェクトを行っており、そのプロジェクトメンバーである、日吉秀幸主任研究員、佐久間健介主任研究員、山添紀子主任研究員(武田製薬側)、そして京都大学側からは豊田太郎講師によって報告された研究知見です。

この研究では、ヒトiPS細胞由来の膵島様細胞(iPSC-derived pancreatic islet cells, iPIC)の遺伝子発現を単一細胞レベルで発現解析し、製造過程で混入の可能性がある目的外細胞の特徴を同定、そして高感度に検出方法を報告しています。

2. 研究のバックグラウンド

膵島の移植は、糖尿病を根治するための治療方法の1つですが、移植するための膵島不足が以前からの問題でした。

iPS細胞の出現以来、ドナーからの膵島ではなく、iPS細胞から膵島様細胞を分化誘導して移植する方法が模索されてきました。

この方法ですと、ドナーの出現を待つことなしに糖尿病患者は根治治療を受けることができます。

近年、膵島様細胞をiPS細胞から分化誘導する技術に大きな進歩があり、実際の膵島細胞の発生過程をトレースした段階的分化誘導によって、幼若期の膵島様細胞を作成することが可能となっています。

この人工膵島様細胞は、1型糖尿病モデルマウスを使った解析によって、糖尿病が治療できることが確認されており、ヒトの糖尿病に対しても大きな期待が寄せられています。

しかし、iPS細胞から分化誘導する際に、分化誘導効率は100 %ではなく、どうしても目的外の細胞が副産物として混入してしまう可能性が排除できませんでした。

この研究グループは、ヒトiPS細胞由来膵島様細胞の臨床応用に向けて、人工的な膵島様細胞をiPS細胞から作成し、単一細胞レベルで遺伝子発現解析を行うことで目的外細胞の特徴について詳しく解析し、新規の検出方法と、除去方法を確立しようとしました。

また、これ以外にも人工膵島様細胞の機能効率を上げる研究結果についても彼らは報告しています。

3. iPS細胞の分化誘導方法の改良による細胞の高機能化

研究グループは、他の研究グループが報告したiPS細胞から膵島様細胞を分化誘導する方法で膵島様細胞を作成しました。しかし、この結果膵内分泌細胞の割合が低く、臨床を考えると効率性に疑問が残ったことから、作製方法の改良を行いました。

研究グループ独自の改良を行い、α細胞、β細胞という膵内分泌細胞の割合を高めることに成功し、この細胞群を糖尿病モデルマウスの皮下に移植しました。

その結果、糖尿病状態の指標である高血糖が正常化され、この状態が半年という長期間にわたって維持することができました。

9ヶ月後に移植部位を観察すると、移植時に構築された時とほぼ同じ大きさの人工膵島様細胞由来組織が観察されました。

マウスにヒトの細胞を移植したので、ヒトの細胞であればそれは実験時の移植細胞由来のものと特定できますが、この人工膵島様細胞由来組織内部ではほぼ全ての細胞がヒト由来であり、膵島様細胞凝集塊の形状が維持されていました。

移植時との違いは、移植後に散在していたα細胞が、移植後に割合が増加し、α細胞が細胞塊の周辺部、β細胞が中央部にあるというマウス膵島の典型的な構造をしていたことです。

つまり、「マウスの組織独特の形状をヒト由来細胞で構築した」ということです。

この研究結果は、臨床応用の際に、より効率的な治療が見込める方法の確立と言えます。

今後、さらに動物実験を行い、いずれは安全性の確認などを目的とした臨床試験に入ることが予想されます。

4. 目的外細胞の排除

マウスの糖尿病治療には、約300万個から400万個の細胞移植が必要です。

では、ヒトの場合はどのくらい必要かというと、1億個以上の細胞を複数回移植しなくてはなりません。

つまり、数億個の細胞を移植しなくてはならないため、少ない割合の目的外細胞の混入でも、絶対量としては無視できない数になります。

混入する目的外細胞は、分化途中の細胞、そして他の細胞種に分化したものなど、様々なパターンがあります。

研究グループが考案した除去方法は、予め混入する可能性のある目的外細胞群の特徴を遺伝子発現レベルで同定し、その特徴を示す細胞を除去するという方法です。

移植に必要な細胞は分泌細胞であり、非分泌細胞は目的外とし、解析を行った結果、4種類の目的外細胞を特定し、その遺伝子発現パターンを同定することに成功しました。

この4種類のうち、1種類は内分泌細胞への分化の途中である細胞であるため、移植したとしても有害である可能性は非常に低いため、残りの3種類について解析を続けました。

残った3種類の細胞は、肝臓細胞に性質が近い細胞群、腸管細胞に性質が近い細胞群、そして様々なタイプの細胞を含むヘテロな細胞集団であることが特定されました。

そして研究グループは、これらの細胞を「含まない細胞群」を構築する方法ではなく、これらの細胞を「含まれる割合を極限まで少なくする」ための分化誘導条件を検討することによって問題をクリアしようとしました。

具体的には、細胞増殖に関わるPLK分子(Polo like kinase分子)の阻害、エネルギー産生に重要な解糖系の阻害という方法が有効である事が示されました。

PLKは抗がん剤の標的として注目されている分子ですが、目的外細胞を多く含む人工膵島様細胞群にこのPLKを阻害する化合物を加えると、目的細胞である内分泌細胞の数は維持されたまま、目的外細胞が優先的に除去されるという結果が得られました。

さらに、解糖系酵素をコードするLDHB (Lactate Dehydrogenase B)に着目して解析を行ったところ、内分泌細胞の数もやや減少しましたが、目的外細胞が大きく減少する結果を得ることができました。

これは、目的外細胞群のエネルギー生産が、嫌気的、つまり酸素を必要としない解糖系に依存している傾向があったため、有効ではないかと予想されて行った解析によるものです。

結果的に予想通りに解糖系というエネルギー供給経路を断たれた目的外細胞群は、エネルギー不足によって細胞群から除去されたわけです。

5. 予想される人工膵島様細胞の作製方法

今回の研究成果を使った人工膵島様細胞の作成は、以下のステップになると予想されます。

  1. iPS細胞から本研究グループの見つけた分化誘導条件で膵島様細胞群を作成する。
  2. 作製した細胞集団をフローサイトメトリーなどの解析方法で、肝臓様細胞、腸管様細胞の混入を調べる。指標は、FGB(Fibrinogen、フィブリノゲン)、 AGR2 (Anterior Gradient 2, Protein Disulphide Isomerase Family Member)でを使う。
  3. PLK阻害剤、LDHBの阻害、解糖系の阻害などを使って内分泌細胞以外の目的外細胞群を細胞死によって除去する。
  4. 純度が高くなった細胞群を移植する膵島様細胞群として用いる。

この方法で目的外細胞を極限まで減らすことができれば、数億個の細胞移植が必要とされるヒト糖尿病の治療においても、体内に入ってしまう目的外細胞群を極限まで減少させることができます。

今後はさらに臨床応用を視野に入れた研究が展開され、膵島様細胞以外のiPS細胞由来の移植用細胞作成にも応用され、再生医療の安全性を高めていくことになると予想されます。

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