ジャンクDNAとは?人とチンパンジーを使った研究について解説

目次

1. iPS細胞を使った研究方法

iPS細胞が確立されて以来、様々な種類の細胞をiPS細胞から分化誘導する研究が行われ、次々と分化誘導するための培養条件が決定されてきました。

動物の皮膚の細胞など、採取時に個体に大きな影響を与えない細胞を準備し、その細胞からiPS細胞を作成、そしてそのiPS細胞を分化させて必要な細胞を作る技術は、これまでの研究の姿を大きく変えたと言っていいでしょう。

例えば、脳細胞が研究で必要な場合、実験に必要な脳細胞を準備することは簡単ではありません。元来、実験に必要な脳細胞は、対象動物の脳から採取するしか方法がなかったからです。

iPS細胞が確立される以前は、ヒトの脳細胞を使って実験するということは非常に困難を伴う、むしろ不可能と言ってもいいくらいでした。

ヒトの脳細胞を入手するためには様々な倫理的な問題をクリアしなければなりません。

しかし、iPS細胞から脳細胞を分化誘導させることができれば、ヒトを大きく傷つけることなく脳細胞を準備することができます。

そしてその元となるiPS細胞は、今や多くの細胞種から作成が可能です。

そして作成されたiPS細胞を使って、個体からは入手が難しい細胞を分化誘導して手に入れる、今回紹介する研究はそうやって入手した脳細胞を使って行われた研究です。

2. チンパンジーとヒトは何が違うのか?

スウェーデンのルンド大学の研究チームは、ヒトとチンパンジーの「何が違うのか?」を示す可能性がある遺伝子を発見しました。

見た目では、ヒトとチンパンジーの違いは一目でわかります。

しかし、これが遺伝子の違いという観点で見ると、90%以上は同じであるとされています。

研究によっては、ヒトとチンパンジーの遺伝子は、98.77%同じであると結論しているものもあります。

チンパンジーはヒトに“最も近い”とされています。

チンパンジーとヒトは共通の祖先を持ち、約500万年から600万年前に分岐し、チンパンジーとヒトに進化したと考えられています。

今回のルンド大学の研究は、ヒトとチンパンジーが別々に進化をした原因となるDNAを探し出すことが目的でした。

研究チームは、ヒトとチンパンジーの皮膚細胞を採取し、そこからiPS細胞を構築します。

このiPS細胞を脳細胞に分化誘導し、作成した脳細胞を培養してDNAを解析したのが今回の研究になります。

3. 未知の遺伝子領域、ジャンクDNA

ジャンクDNAの研究は、比較的新しい分野になります。

ジャンクDNAは、すでに知られている遺伝子と相同性がない、または配列に類似性が見られるが、変異が入っているなどで、この遺伝子から合成されるタンパク質の機能に疑問符がつく、という遺伝子領域をまとめて呼ぶ名前です。

一見、法則性が見つからず、余分、無駄に思われる領域につけられた名前ですが、ジャンクという意味が無駄、ゴミという意味でとらえられることが多く、やや誤解をまねいています。

ジャンクな領域は、機能が特定できない、必要な必要でないかも明確に決めることができていない領域を指します。

そのため、“ジャンク”という呼称自体が誤りであると現在では認識されています。

ジャンクDNAが、まだ認識されていない機能を果たしているかもしれない、という研究が近年発表されており、注目されている分野でもあります。

このジャンクDNAが、チンパンジーとヒトの脳がそれぞれ異なる発達をするのに大きな役割を果たしている、と研究グループは発表しています。

いくつかの報道機関では、「長い間機能を持たないと見なされてきた存在であるジャンクDNAが、ヒトとチンパンジーの違いを決定づけた」と報じられていますが、これはやや誤解をまねく書き方です。

4. ジャンクDNAを無駄な領域と認識している研究者は少ない

まず、DNAの役割を考えたときに、最も重要と思われているのは、「タンパク質の設計図」です。

DNA上の情報を使って、細胞はRNA合成経由でタンパク質を合成します。

RNAを合成する際に、DNA上の情報を転写する必要がありますが、タンパク質の設計図として重要な領域は、

  1. タンパク質の設計図がある領域(エクソンと呼ばれる領域)
  2. 設計図は直接書かれていないが、エクソンの間に位置する領域(イントロンと呼ばれる領域)

この1、 2がまず転写されます。この転写を調節する領域は独立しており、1、2の遺伝子の前に置かれていることがほとんどです。

この領域を、転写調節領域(遺伝子の転写を調節する領域)と呼びます。

このエクソン、イントロン、転写調整領域をあわせて「タンパク質を合成するための設計図とされるDNA上の領域」になります。

そして、エクソン、イントロンのうち、実際にタンパク質のベースであるアミノ酸配列として翻訳される領域を、オープンリーディングフレーム(Open Reading Frame; ORF)と呼んでいます。

しかし、DNAは、すべてがこの領域で構成されているわけではありません。

翻訳を受けない、つまりタンパク質の設計図ではない領域がDNAには存在しており、この領域はDNA上のかなりの割合を占めます。

研究者の多く、特に遺伝子を扱う研究者は、このような領域の機能や作用機構に関する情報がほとんど得られていない場合でも、まずはそれが重要ではないかと仮定することにしています。

この観点から研究を行い、チンパンジーとヒトの違いを決定づけるDNA領域が明らかになったわけですが、この発見が意味することはどういうことなのでしょうか?

5. ジャンクDNAはDNAの非常に多くを占めている

ヒトの場合、転写されたDNAのうち、2%ほどがタンパク質に翻訳されます。

つまり、設計図であるDNAの上には、タンパク質を作る情報がぎっしりと書かれているわけではなく、タンパク質翻訳のための情報はポツンポツンと点在しているというイメージなのです。

他の領域を現在はジャンクDNAと呼んでいるのですが、最近の研究で、遺伝子の発現調節において重要な役割を持っていると予想されています。

もともと、ジャンクDNAが本当のジャンクではないと研究者達は考えていました。

なぜなら、DNAの塩基のベースとなるヌクレオシドの合成にはエネルギーを使います。

ジャンクDNAが必要ないものだとしたら、細胞分裂時のDNA複製時に、その必要のないものの合成にヌクレオシドの合成をわざわざエネルギーを使って行うのはおかしい、こういった無駄なステップは進化の過程で失われるはず、という考え方を持つ研究者が多かったからです。

おそらく、この前提で研究を行ったことが今回の発見につながったと予想されます。

6. iPS細胞を使った研究で常識が覆される

今回の研究結果は、古くから研究者が信じてきた、「ジャンクDNAは本当のジャンクではなく、必ず何か役割があるはずだ。」という仮説を証明する1つの報告となりました。

これまで、技術的に、または倫理的に入手が難しい細胞の研究は、ヒトの場合であれば同じ哺乳類のマウス、ラットなどを使うという方法で研究し、結果からヒトの場合を予測するパターンが多く、「本当にヒトではそうなっているのか?」という疑問が常につきまとっていました。

しかし、iPS細胞から、入手が困難な細胞を作成することによって、これまでの研究に使うハードルが下がり、多くの研究室でこれまで詳しく化石できなかった細胞の解析が行えるようになりました。

今後の研究も、こうしたiPS細胞から分化誘導をした細胞を使ったものが増え提起と考えられます。

その結果、これまでマウス、ラットなどのモデル生物で予測されてきたヒトの生命現象がヒトの細胞で行えるため、モデル生物で作られた「常識」が覆される研究結果が出るかもしれません。

このように、iPS細胞は、再生医療という観点で注目されていますが、基礎的な研究分野においても大きな進歩をもたらした細胞でもあるのです。

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