- 心臓疾患とは、先天的に心臓に異常がある疾患、生活習慣・加齢による心臓の機能低下による疾患、他の臓器の影響を心臓が受けることによる疾患の3つに分類される
- 心臓は自己再生能が極めて低い臓器で、いったん障害を受けると障害部位にはそれとわかる跡が残るとされているが、再生医療で心臓を再生させる可能性を示唆する研究結果が出てきている
- 投与された幹細胞は、免疫細胞であるマクロファージを動員し、動員されたマクロファージが心筋の障害部位に存在する結合組織を修復する
心不全をはじめとした心臓疾患は、日本人の死因第2位で、命に関わる大きな病気です。
この記事では、心臓疾患の種類と幹細胞治療の動向について解説します!
1. 心臓疾患の種類
心臓疾患とは、心臓の疾患の総称です。いずれも重篤な疾患であり、心不全、先天性心疾患、狭心症、心内膜炎、心膜炎、心臓弁膜症、心筋梗塞などが挙げられます。ただし、ここで注意しなければならないのは、「心不全」は正確には疾患名ではなく、「何らかの原因で心臓が十分な機能を果たせず、身体に必要な量の血液を送り出せなくなった状態」を指す言葉です。
これをさらに大きく分けると、先天的に心臓に異常がある疾患、生活習慣・加齢による心臓の機能低下による疾患、他の臓器の影響を心臓が受けることによる疾患の3種類になります。
心臓疾患は、血管疾患と共に心血管疾患というカテゴリーになっています。心臓と血管は、血液を循環されることが重要な役割であり、異常が起こると全身への血液循環が滞ります。血液循環がスムーズにいかないと、身体各所への酸素供給、エネルギー供給が上手くいかず、生命に大きなリスクをもたらします。
心臓は自己再生能が極めて低い臓器で、いったん障害を受けると障害部位にはそれとわかる跡が残ります(瘢痕など)。機能的にも障害以前の機能を持つことは難しく、そのことがひとたび心臓疾患を患うと、その後も長期に渡って治療、検査を続けなければならない原因となっています。
また、先天性心疾患のように、生まれつき心臓に障害があるケースもあります。こういったケースでは、早めの対処が必要となる場合が多いため小児に対しての治療が必要となります。
小児心不全患者は近年増加しており、多くは先天性心疾患患者です。成長期である小児患者であると、心不全の状態が1ヶ月続く場合には成長障害、発達障害が大きな問題になります。
代表的なものとして、心室中隔欠損症、心房中隔欠損症という心室、心房に穴があいているタイプ、肺動脈弁狭窄などの血管の弁に問題があるタイプがあります。ただし、こういった疾患も程度があり、すぐに対応しなければならない重度のものと、成長に伴って治癒していく軽度のものがあります。
2010年、家族の承諾による脳死臓器移植、15歳未満の小児の臓器提供を可能にした改正臓器移植法が施行されました。この法律によって、10歳未満の小児にも心臓移植が可能となっています。
2010年から2015年間のデータでは、18歳未満の脳死臓器提供による小児の心臓移植例は10例、10歳未満では3例しかありません。そして心臓移植の待機期間は、平均で約600日以上、補助人工心臓を装着している期間は、平均約700日です。
心臓の移植による治療は時々ニュースなどで見かけますが、心臓移植には大きなハードルがいくつもあります。移植可能な心臓は常にあるわけではないので、患者は待つ必要がありますし、経費も高額になる場合があります。
肝臓のように、再生医療をつかってなんとかできないかというアイデアがなかったわけではありませんが、心臓の自己修復能力の低さは、心臓を構成する細胞が分化しきった細胞で構築されているからで、再生は難しいと考えられていた時期がありました。
しかし、最近になって再生医療で心臓を再生させる可能性を示唆する研究結果が出てきており、心臓疾患と幹細胞治療は注目されている分野になってきています。
2. 心臓と幹細胞治療
先に述べたように、心臓は分化の最終型(終末分化)とされていたため、脂肪などから採取できる幹細胞は存在しないと考えられていました。しかし、2002年に心臓内幹細胞(CSCs:Cardiac stem cells)が発見され、幹細胞を用いた治療に大きな道を開きました。
その幹細胞が発見される前年、72歳の男性の心筋梗塞に対して、冠動脈バイパスと同時に骨格筋芽細胞を心筋内注入した治療が心臓を構成する心筋の再生治療として初めて幹細胞が用いられた症例です。しかし、不整脈が頻発し、この治療方法は汎用化できないと判断されました。
現在までに心臓に使われた幹細胞は、骨格筋芽細胞を始めとして、骨膵幹細胞、骨髄単核球、間葉系幹細胞、末梢血幹細胞、脂肪由来幹細胞、臍帯血幹細胞、そして2002年に発見された心臓内幹細胞と多岐にわたります。
虚血性心疾患の治療の場合、骨髄単核球移植を用いたケースでは、標準的な治療と比べて改善が見られるという統計的なデータがあります。ただし、小児の虚血性心疾患についてのデータは現時点では不十分であり、効果があるかどうかの判断は下せません。単発の治療を見ると、効果があったと確認されているものもありますので、今後症例が増えてくれば統計的に有効か有効でないかについては判断が可能になると考えられます。
そして心臓内幹細胞は、培養研究によって心筋への分化能力、心筋再生の可能性についての治験が蓄積され、心臓疾患に用いる幹細胞として本命視され始めました。有効性は、まず成人の心疾患で報告され、心筋の線維化領域が縮小するなどの効果が報告されています。
成人への治療からやや遅れて、小児への治験も始まっています。現在はこれらの治験が開始されてほぼ10年が経過し、岡山大学では小児単心室疾患による心不全に対し、心臓内幹細胞移植の標準治療化を目指しています。
並行して、幹細胞療法によってどういうメカニズムが働き、心臓機能を改善させるのかについての研究も進んでいます。
2019年、投与された幹細胞は、免疫応答の促進を通じて心臓機能を改善させているという研究が発表されました。そしてこの明らかになった経路を応用して、化合物を使って心筋修復反応を誘導できることをマウスの実験で示しました。
これは、幹細胞の心臓機能改善のメカニズムを解析することによって、幹細胞のかわりをする化合物を特定できたということになります。この研究が臨床に応用された場合、患者は幹細胞治療を選ぶか、化合物による治療を選ぶか、選択肢ができるということです。
投与された幹細胞は、免疫細胞であるマクロファージを動員し、動員されたマクロファージが心筋の障害部位に存在する結合組織を修復します。このメカニズムを、幹細胞の代わりに免疫応答刺激化合物であるザイモサンという物質でも同様の修復を行わせることに成功しました。
一方で、マクロファージの機能を人工的に抑制すると、幹細胞でもザイモサンでも心筋修復は起きませんでした。これによって、幹細胞投与、またはザイモサン投与によるマクロファージ活性化が心筋修復を誘導していることが証明されたのです。
この研究報告の時点では、幹細胞投与よりもザイモサン投与の方が効果が長く続いたとされています。また、免疫応答、マクロファージを活性化させるのであれば、死細胞の断片を使って活性化させても心筋の修復が行われていると報告しています。
この時点ではマウスの実験ですので、今後は臨床試験にたどりつくまでに必要な研究で詳細なデータを集めて信頼性と可能性を高める必要がありますが、この治療方法が結局幹細胞を使わないもの、免疫応答を活性化させるために幹細胞以外のものを使う治療方法になったとしても、幹細胞を使った研究から構築された治療方法であることは疑いの余地はなく、幹細胞が心臓疾患の治療方法構築に大いに役立ったと言えます。
この研究は科学雑誌「Nature」に掲載されました。Natureでは、ダイジェストとして紹介記事を掲載しています。そこで述べられているのが、「治療効果の裏付けのない、かつ幹細胞として使っている細胞が自己複製機能を持たない、科学者にしてみればとても幹細胞と呼べないものを使った治療を“幹細胞治療”としているクリニックなどが形成している“市場”というものが変わるかもしれない」ということです。
効果の裏付けのない、科学的な証拠を持たない治療について、Natureは2014年にすでに警告を発していましたが、そういった治療が駆逐されることが患者の利益を保証する第一歩であり、この心臓疾患に対する幹細胞の研究はその一歩になり得る、とまとめています。