新たな眼の難治疾患を発見

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新たな眼の難治疾患を発見

眼の新たな難治疾患が見つかり、国際誌に論文として報告されました。

新しい疾患が見つかった、という事だけですとマイナスのニュースに思えますが、実は新しい疾患が見つかるということは大きな進歩でもあります。

人間がその疾患を見つける前から、現実としてその疾患にかかった人は必ず存在します。

しかし、その疾患が認識される前は、原因がよくわからない症状によって患者が苦しむ状況が続いていたことになります。

その症状が今まで知られていなかった疾患が原因であるということがわかれば、その疾患をターゲットとして治療方法の開発、創薬を行うことができます。

 

新しい眼の疾患を見つけたこの研究は、東京医科歯科大学 難治疾患研究所 発生再生生物学分野の東範行博士、仁科博史教授、国立成育医療研究センター分子内分泌研究部の深見真紀部長、システム発生・再生医学研究部の高田修治部長、東京工業大学 生命理工学院の山口雄輝教授らで構成された研究グループによって行われました。

この研究は、JSPS(Japan Society for the Promotion of Science、日本学術振興会)

基盤研究AAMED(Japan Agency for Medical Research and Development、日本医療研究開発機構)難治性疾患研究事業、成育医療開発研究(いずれも研究代表者 東範行)等の支援により行われました。

 

研究成果は「Integrator complex subunit 15 controls mRNA splicing and is critical for eye development」(著者、Noriyuki Azuma, Tadashi Yokoi, Taku Tanaka, Emiko Matsuzaka, Yuki Saida, Sachiko Nishina, Miho Terao, Shuji Takada, Maki Fukami, Kohji Okamura, Kayoko Maehara, Tokiwa Yamasaki, Jun Hirayama, Hiroshi Nishina, Hiroshi Handa, and Yuki Yamaguchi.)というタイトルで、国際学術誌であるHuman Molecular Geneticsのオンライン版に発表されました。

 

本研究の要点

本研究の要点を箇条書きにすると以下のようになります。

 

  • 様々なパターンで表れる先天形成異常を示す大家族で、Integrator Complex Subunit 15INTS15)遺伝子の変異を同定しました。この遺伝子がコードするタンパク質は、さまざまな遺伝子の転写を制御しています。
  • 新しく発見したこの疾患を、Variable Panocular Malformations(VPM)と名づけました。INTS15遺伝子をターゲットとしてノックアウトマウスを作製したところ、ヒトに表れる症状と類似の症状が確認されました。
  • INTS15遺伝子は細胞の生命維持に重要であり、この遺伝子の働きを止められた細胞では細胞死が誘導されています。
  • 分子生物学的な解析によって、INTS15遺伝子はDNAからmRNAの形成段階において重要であるmRNAのsplicing(スプライシング)に作用することがわかりました。
  • iPS細胞を使って分化誘導実験を行った時、INTS15タンパク質の働きを低下させると、眼や脳の形成が阻害されることが明らかになりました。
  • INTS15遺伝子は眼の形成だけでなく、脳などの他の臓器の形成にも関与していると考えられます。

この遺伝子が正常に働かないと、眼のような複雑な構造を持つ器官では、様々なパターンを示す疾患(VPM)を起こすと考えられます。

 

かなり複雑な解析を行った研究ですので、ややわかりにくい内容になっていますが、さらに要約すると、新しい疾患を発見し、その原因遺伝子がINTS15遺伝子の変異が特定されました。

 

眼と脳の関係

眼や脳はさまざまな組織、細胞で構成される複雑な臓器です。

多くの遺伝子が、変異によって遺伝子病の原因となっていますが、ある特定の機能を持つ遺伝子がその原因になることが多く、対応する組織、機能が傷害される結果となります。

 

1つの遺伝子が1つだけの機能を持つ場合、こうした限局的と言われる障害が起こります。

しかし、時に1つの遺伝子が多彩な機能を持つことがあります。

1つの遺伝子から1種類のタンパク質が基本的に作られるのですが、場合によっては複数のタンパク質が作られることがあります。

タンパク質が作られるためには、遺伝子であるDNAから情報を読み取ってmRNAが作られなければなりません。

 

mRNAの情報は、タンパク質の構成成分であるアミノ酸を指定するために存在し、そのアミノ酸は連結してタンパク質となります。

このmRNAが作られる際に、RNAの必要な部分から不要な部分を切り取る作業が行われます。

この作業がスプライシングと呼ばれるものですが、必要とされる部分の組み合わせがことなると、1つの遺伝子から複数のタイプのmRNAが作られます。

その複数のタイプのmRNAからはそれぞれ異なったタンパク質が作られ、結果として1つの遺伝子から複数のタイプのタンパク質が作られます。

 

発生期に臓器の構造が作られる場合は、時間的かつ空間的に形作りに関わる遺伝子が働きますが、その多くはこの1つの遺伝子から複数のタイプのmRNAを作るメカニズムを持っています。

複雑な眼の構造を形成する遺伝子群においては、他の遺伝子の働きを指令する役割を持っている転写因子に含まれるものが多いのですが、それらの遺伝子は複数のmRNAを作るメカニズムを使ってさまざまな制御を行っています。

例えば眼においては、PAX6という遺伝子がありますが、この遺伝子は80を超える異なったmRNAのタイプを持つことが知られています。

このPAX6遺伝子に異常があると、眼のさまざまな組織の形成が傷害され、多様なタイプの先天異常が起こる事が知られています。

 

今回の研究との関係、そしてiPS細胞はどのように使われたのか?

この研究グループは特異的な症状を示す顕性遺伝(優性遺伝)である眼の先天的異常家系を発見しました。

この家系ではPAX6の異常よりも多くの先天異常が起こっていました。

一般的に、家系の中での遺伝異常は類似の症状を示すことが多いのですが、この発見された家系では、個人レベルでも左右の眼でも多様な症状がさまざまな組み合わせで起こっていました。

このような症状を示す疾患は過去に例がなく、研究チームはVariable Panocular Malformations VPM)と名付けました。

 

この研究において、重要となったのは眼の発生を解析する実験です。

この実験に使われたのはiPS細胞であり、iPS細胞から眼の細胞へ分化する過程を詳細に解析することによって、今回、新しい疾患の発見と、原因遺伝子の特定が行われました。

 

iPS細胞を使って体内で起こっている発生の進行を実験レベルで再現することによって、これまで起こっていたにも関わらず確認できていなかった体内での発生を再現することによって、多くの事がわかりつつあります。

今回発見された新しい疾患は、これまで多くの人々が「症状から予測される疾患ではないために、有効な治療方法を採用できなかった」という状態から、具体的な疾患名を与え、原因となる遺伝子を明らかにされました。

これによってこの疾患の治療方法の開発、創薬のターゲットが明確になり、新しい疾患、VPMの克服に向けた研究が始まることになります。

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