ALSの薬効評価技術を確立、iPS細胞を活用

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筋萎縮性側索硬化症の新薬創出のためのツール

愛知医科大学と東レ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症に対する新薬創出を目指した共同研究を実施し筋萎縮性側索硬化症に対する新薬候補物質の薬効を評価する基本技術を確立しました。

この技術は、筋萎縮性側索硬化症に対する新薬候補物質を評価する際に、従来の方法と比べて高精度に評価、予測できる技術で、創薬の成功確率向上や加速につながるものと期待されます。

 

筋萎縮性側索硬化症とは、ALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis)と略されることもある疾病です。

脳で脊髄で筋肉の動きをコントロールする運動神経細胞が障害、死滅してしまう疾病で、症状としては「手足が動きにくい」、「飲み込みにくい」、「呼吸がしにくい」等の全身が動かなくなることが特徴です。

発症からの余命はおよそ3年から5年とされ、生存したとしても長期間に渡って人工呼吸器の装着をしなくてはなりません。

現在は人口10万人あたり1人から3人が発症しています。

 

ALSは未だに根治療法が確立されていない難病で、対処療法を行うことが唯一の治療方法です。

そのため、ヒューマンサイエンス財団による調査では、治療満足度が14.3%、薬剤貢献度が15.6%で、調査した60疾患の中で最も低い数値となっています。

新規治療薬、新規治療法の開発が強く望まれる疾病であり、世界中の研究機関で治療薬、治療法の研究が進められています。

 

新規治療薬を開発するためには

新規治療薬の開発のためには、大きく分けて5つのステップが必要です。

 

第一ステップ:基礎研究

病気の原因や進行の仕組みを明らかにし、新薬のもとになる物質を探索します。

第二ステップ:非臨床試験

細胞や実験動物を用いて、有効性・安全性を評価し、もとになる化合物を「新薬となり得る」形に改良します。

第三ステップ:候補物質を選抜

ヒトでの試験を行うための候補物質を選択します。

ポイントとしては、病気に対する効果があるのか、副作用につながる毒性がないかを調べます。

第四ステップ:臨床試験

ヒトを対称として有効性・安全性を評価します。

第五ステップ:承認・販売

承認された後に販売ルートに載って、患者のもとに届けられます。

 

ALSの新薬を作るために、現在重要視されているのは、第三ステップの非臨床試験です。

求められているものは、ALSの状態を再現する動物や細胞、つまり実験・研究のモデルです。

条件は、実験結果が良く再現できることと、ヒトでの効果を評価できることです。

この条件を満たす実験材料として期待されていたのがiPS細胞です。

 

ALS治療薬を作る難しさとは?

ALS治療薬開発が思うように進まない原因を見てみましょう。

ALSは病態が多様であり、疾病の進行パターンが患者によって大きく異なっていることが第一の理由です。

 

この解決策として、研究者達はALSの病態を、「全ての患者に共通する病態」と「患者によって異なる病態」に分類しました。

しかし、このアイデアは「多様な病態それぞれに対応した実験モデルの作製」という壁に阻まれます。

 

研究グループはこの壁を越えるために、まず病気の進行パターンを4つにまとめることとしました。

患者数の多い順に、緩徐進行型(48%)、単調進行型(24%)、シグモイド型(15%)、急速進行型(13%)にわけ、このパターンに合致する患者から採取した細胞でiPS細胞を構築すれば、それぞれのパターンに適した化合物を探索することに役立ちます。

 

研究グループが作った分類は、4つのグループから患者数割合を反映した、患者30名のiPS細胞由来運動試験細胞をワンセットにしたALS評価パネルです。

患者検体からiPS細胞由来運動神経細胞を効率よく作製する基本技術を確立することがこれでできました。

この技術を使って、新薬候補物質がどの病態パターンの患者に対して有効性を示すか、またどのパターンの患者に対しては有効性を示さないかを評価、予測します。

 

これを実行することで、有効性が期待できる患者グループの特定を通じて、治験の成功確率向上、ひいては特定の患者グループに対して有効性を示す新規ALS治療薬の創出につながることが期待されます。

 

本研究で確立されたALS評価パネルは、研究開発の様々なプロセスで活用可能であり、新薬創出に貢献する強力なプラットフォームになり得ます。

さらに、iPS細胞を使ったことの研究により、ALSという疾病に対する深い理解、新たな治療標的の同定、確からしさの検証、新薬候補物質の薬効評価、そして効果や患者層別化の指標となるバイオマーカーの同定といったALSの理解につながる治験が得ることができます。

 

プロジェクトの概要

この研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED:Japan Agency for Medical Research and Development)の創薬基盤推進事業「産学官共同創薬技術活用プロジェクト(GAPFREE)」で行われました。

研究開発課題は「大規模疾患レジストリとiPS細胞技術を活用した筋萎縮性側索硬化症に対する新規治療薬開発」とされています。

研究期間は20194月から20233月で行われ、今回の研究開発結果となりました。

 

そして今回の研究グループは東レ株式会社と愛知医科大学によって構成されています。

東レ株式会社は、1926年に東洋レーヨン株式会社として創業した企業です。

東京本社と大阪本社を持ち、合成繊維・合成樹脂をはじめとする化学製品や情報関連素材を取り扱う大手企業です。

炭素繊維の開発・販売では世界首位を誇り、三井グループの中核企業として知られています。

炭素繊維の複合材料は、ボーイング787の一次構造材として使われており、機体の軽量化に貢献しています。

 

今回の研究成果は、生命科学分野方面での業績を挙げ、経営の多角化を狙ったものと考えられますが、すでにいくつかの製品で生命科学領域に進出しており、今後もさらに生命科学の分野を拡大すると予想されます。

この研究を行った部署は、東レ株式会社の医薬研究所です。

 

医薬研究所は、1962年に設立された基礎研究所から発展した部署です。

基礎研究所は、炭素繊維、医療材料、医薬という新規事業創出に貢献してきましたが、研究内容を医薬に特化してきたことから、1999年に医薬研究所と改称されました。

東レは、フエロン、ドルナー、レミッチといった新薬、RADIFILのように東レのフィルムコーティング技術を応用した製材技術を作っています。

現在開発中のTRK-750は、新規メカニズムの末梢神経治療薬として期待されており、新薬の開発においても東レは高い評価を得ています。

 

今後は、①東レの先端材料技術や、医療材・バイオツール・動物薬などの医薬以外のライフイノベーション分野の事業・技術の知見をこれまで以上に創薬に活かすとともに、②医薬研究所の強みである高度な有機合成化学、メディシナルケミストリー、生物評価技術、バイオテクノロジー(遺伝子工学・蛋白工学・細胞工学)をさらに強化し、③発展著しいオミクス技術、イメージング技術、iPS細胞技術の導入やトランスレーショナルリサーチの強化など、新薬創出能力の一層の充実を図っていくことにより、東レ独自の創薬を強化しています。

 

愛知医科大学は、愛知県長久手市に本部を置く私立医科大学で、1971年に開学しています。

比較的新しい医科大学と言えますが、多くの附属機関を持ち、名古屋大学などから移ってきた研究者によって活発な研究が行われています。

21世紀になってからは、2008年に総合医学研究機構を設置を皮切りに、臨床試験センター、先端医学・医療研究拠点、看護実践研究センターなどを設置、2012年には先端医学研究センターが設置されています。

 

大学の研究機関では、東大、京大に代表される大規模な総合大学がiPS細胞を積極的に活用して成果を挙げていますが、ここ最近は、iPS細胞を使った実験のランニングコストが抑制されたことによって、中規模、小規模大学でも研究成果を挙げている大学が出てきています。

 

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