- エクソソームは、様々な細胞が分泌する小型の膜小胞で、殆どの体液や細胞培養液中に存在
- エクソソームは、タンパク質、ペプチドなど何種類もの物質を細胞外に排出できる
- 幹細胞培養上清を使ったコスメは、pre-miRNAによる有益性を現時点では受けることはできないものの、害が与えられるリスクも少ない
1. 幹細胞の分泌物
幹細胞は、周囲の細胞と同調したり、細胞の何らかの動きを誘導したりするために様々な物質を細胞外に分泌します。
この物質には、生体防御に重要なサイトカイン、細胞の成長を促し、条件によっては分化誘導も行う成長因子(Growth factor)が含まれており、このうちのいくつかは健康維持に重要な物質であるため、幹細胞の分泌物が様々な形で利用されています。
この分泌物の中に、エクソソーム(またはエキソソーム、Exosome)と呼ばれるものがあります。
エクソソームは、物質単体ではありません。小胞と呼ばれる膜に包まれた輸送体です。幹細胞は、物質をそのまま分泌する場合もありますが、このエクソソームの中に分泌する物質を封じ込めて分泌するケースもあります。
2. エクソソームとは?
エクソソームの研究はそれほど古くなく、1980年代に発見され、エクソソームと名付けられました。
エクソソームは、エンドソーム(Endosome)と対になって説明されることが多いのですが、これは細胞が物質を取り込む時にはエンドソーム、細胞が外で物質を放出する時にはエクソソームを使うため、対にして説明した方が理解が容易であるためです。
まず、エンドソームは、細胞が物質を取り込みたい時に使う手段の1つです。
細胞膜の外側に物質が接触すると、細胞膜が内側に凹み、その物質を包みます。物質を包んだ細胞膜は、細胞の外側と接触している細胞膜からは切り離され、小さな球体となって中に物質を封じ込めます。
この一連の流れを、エンドサイトーシスと呼びます。物質を封じ込んだこの球体(小胞)は、細胞質中で物質を解放し、細胞がその物質を利用します。
物質が細胞内に入るためのシステムですが、細胞内に侵入して増殖する細菌の中には、このシステムを利用してヒトの細胞内に侵入する菌があります。
リステリアなどの病原性細菌はこのメカニズムで細胞内に侵入します。
ただし、小胞の中に封じ込められた状態で細胞内に入るため、小胞から自力で出なければ、真に細胞内に侵入したことにはならないのですが、リステリアは小胞を分解する酵素を持っており、自力で小胞膜を分解して細胞質に飛び出します。
エクソソームの場合はこの逆です。細胞内で分泌したい物質が膜に包まれて小胞を形成し、内側から細胞膜に近づきます。
そして細胞膜から小胞ごと排出され、この物質を受け取る側の細胞は小胞をそのまま細胞内へと取り込みます。
生体内では細胞間のシグナル伝達に重要なこのメカニズムですが、人工的な培養細胞でもこのメカニズムは稼働しており、培養細胞から培養液中にエクソソームが放出されます。
医療などに使われる幹細胞培養上清は、まず幹細胞を培養した培養液を回収しますが、このエクソソームも当然培養液には含まれています。
3. エクソソームの中には何が入っているのか?
エクソソームが輸送する物質は多岐にわたります。
タンパク質、ペプチドなど何種類もの物質を細胞外に排出できるシステムです。
エクソソームの直径は30 nmから150 nmで、このサイズにおさまるのであれば理論的には何でも細胞外に排出、つまり分泌させることができます。
では幹細胞が分泌するエクソソームには何が封じ込められているのでしょうか?他の細胞と違いはあるのでしょうか?
幹細胞、特に間葉系幹細胞から分泌されるエクソソームの中には、主にmiRNA(microRNA、マイクロRNA)が封じ込められています。
miRNAを説明する前に、RNAについて少し説明します。遺伝子としては、DNAがよく知られています。
DNAはデオキシリボ核酸、そしてRNAはリボ核酸です。RNAは、DNAの情報を写し取り、タンパク質合成の元となるmRNA(メッセンジャーRNA)、タンパク質合成の時に必要なアミノ酸を運ぶtRNA(トランスファーRNA、運搬RNA)などがあります。そしてmiRNAは、これらのRNAに比べて非常に短いRNAです。
miRNAの歴史は浅く、1993年に発見されています。そして、その短いmiRNA自体が機能を持っているという特徴があります。
それまでは、アミノ酸配列を支持してタンパク質の合成のための鋳型であったり、必要なアミノ酸の運搬役であると考えられていたRNAでしたが、miRNAはそれ自体が機能を持ち、様々な生命現象に関与します。
miRNAは、機能を持ったmiRNA(成熟miRNA)になる前に、前駆体とも言えるpre-miRNAの形で存在します。幹細胞が分泌するエクソソーム内のmiRNAはほとんどがこの前駆体であるpre-miRNAである事がわかっています。
つまり「幹細胞が分泌するエクソソームの中身の多くはmiRNAであり、そのmiRNAは成熟した機能を持つmiRNAではなく、前駆体のpre-miRNAである」という事が言えます。
4. miRNAは有益な作用だけではない
miRNAの役割は、人体に有益な作用だけではありません。
がん、慢性炎症性疾患、神経変性疾患、心血管疾患、そして精神疾患など、多くの疾患の発症と進行に関わっています。特に、細胞のがん化とmiRNAの関連については盛んに研究されています。
これらの研究によって、miRNAはがんに対して、「がん化、がんの進行、がんの悪性化」に作用する種類のものと、「がん化の抑制」に作用する種類のもの、正の制御、負の制御両方に作用することがわかっています。
miRNAは種類によって、作用が正にも負にもなるわけですが、この区別が何によって行われているかについてはさらなる研究が必要です。
当然、幹細胞が分泌するエクソソーム内のmiRNA(正確にはpre-miRNA)も、有益なものだけとは言い切れません。「幹細胞が分泌するものだから身体に良いものに決まっている」という理屈は成り立ちません。
「研究の結果、良いものがほとんどであり、害を与えるものが少数」または「良いもの半分、悪いもの半分」となる事が予想されています。
つまり、「幹細胞が分泌するpre-miRNAが、具体的に周辺の細胞にどのような影響を与えるのか?」についての研究結果が出そろわないと、エクソソーム内のpre-miRNAが有用かどうかの判断がつきません。
現時点では、幹細胞から分泌されたエクソソーム内のpre-miRNAがどのような機能、役割を持っているかの全容は解明されていません。
5. 幹細胞培養上清内のエクソソームは大丈夫なのか?
それでは、幹細胞培養上清を使ったコスメ製品などを使って大丈夫なのでしょうか?
幹細胞が分泌するエクソソームの多くはpre-miRNAですが、他の物質として、細胞増殖促進作用を持つ物質、創傷治癒効果のある物質もpre-miRNAほど多くはありませんが封じ込められています。
これらの物質については、生理的な活性を保ったまま製品成分として使う研究が進行しており、いくつかは実用化されています。
そして多くのそういった物質は、エクソソームの状態で使われるのではなく、エクソソームを壊してから中の物質を取り出して安定させて配合している場合がほとんどです。
当然、pre-miRNAもエクソソームの状態ではなく、外に出た状態で配合されるのですが、おそらくその段階ではpre-miRNAは機能できない環境に置かれています。
幹細胞上清が使われ始めてからそれほど時間が経っておらず、また詳細な規制の検討結果が出ていない状態なので「現時点ではpre-miRNAによる健康被害の報告はされていない」と言うにとどめますが、pre-miRNAをこのような形で機能保持したまま加工する技術はまだ開発されていない、と考えてよさそうです。
ですので、「pre-miRNAの機能の詳細は現時点で全容が明らかになっていない。有益なものもあり害を与えるものもあると予想される」という現時点の状態で、「pre-miRNAの生理的な活性を保ったまま製品に配合する技術はまだ一般化されていない」と考えた方がよさそうです。
つまり、pre-miRNAによる有益性を現時点では受けることはできないが、害が与えられるリスクも少ない、ということです。
おそらくは今後、miRNAを医薬品として使うために、生理的な活性を保持したままヒトの体に投与する研究が行われると予想されます。
その技術が確立された時、幹細胞から分泌されたpre-miRNAで有用なものを活性維持したまま投与、または製品に配合するという動きが始まり、幹細胞培養上清を使った産業の可能性がさらに広がると考えられます。