iPS細胞を用いた肝硬変に対する細胞療法の開発へ

目次

肝硬変の新しい治療方法を開発

島津製作所は、リジェネフロ株式会社、国立大学法人京都大学 iPS細胞研究所、東洋製罐グループホールディングス株式会社とiPS細胞を用いた肝硬変に対する細胞療法を開発する共同研究契約を締結しました。

 

島津製作所は、日本の大手の科学機器メーカーであり、分析・計測機器、医療機器、産業機器などを手がける企業です。

島津製作所は1875年に創業され、長い歴史を有しています。

同社は様々な分野において高品質な科学機器を提供しており、その中には質量分析計、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)、紫外可視分光光度計、X線装置、質量分析イメージング装置、医療機器などが含まれます。

これらの機器は、医療、環境、食品安全、製薬、材料分析などのさまざまな分野で使用され、研究、品質管理、検査などに幅広く利用されています。

島津製作所は国際的にも展開しており、グローバルな市場での競争においても一定の地位を築いています。

 

京都大学iPS細胞研究所は、CiRA(Center for iPS Cell Research and Application)とも呼ばれており、iPS細胞の研究に特化しています。

CiRAは、京都大学の山中伸弥教授によって設立され、iPS細胞の先駆的な研究を行っています。

iPS細胞の基礎研究から臨床応用まで、様々な側面での研究を展開しており、その成果は、再生医療や疾患の理解、薬物開発などに役立てられています。

 

東洋製罐グループホールディングス株式会社は、日本の大手金属製品のメーカーである東洋製罐が持ち株会社に移行して設立されました。

東洋製罐は、金属製の缶からペットボトルまでの容器生産では世界有数の企業であり、業界最大手とされています。

 

腎疾患治療を目的に設立されたリジェネフロ

リジェネフロ株式会社は京都大学CiRA 増殖分化機構研究部門の長船健二教授によって設立されました。

長船教授はネフロン前駆細胞の存在を世界で初めて発見したのを皮切りに、iPS細胞から

ネフロン前駆細胞を高効率に作製する技術の確立などに成功してきました。

リジェネフロはこの細胞を用いた細胞医薬の実用化に取り組み、慢性腎臓病を適応症に承認取得を目指しています。

 

具体的には、長船教授らのグループはヒトiPS細胞から胎児期の腎前駆細胞であるネフロン前駆細胞を分化誘導する方法を開発したという研究成果を挙げています。

この前駆細胞を虚血再灌流によるAKIモデルマウスの腎被膜下へ移植することによって、検査および組織学的にもAKIの腎障害を軽減する治療効果があることを初めて見出し、腎移植の研究に大きな進歩をもたらしました。

 

その後、独自のヒトiPS細胞から80%以上の高効率でネフロン前駆細胞を作製する新分化誘導法、細胞表面抗原に対する抗体を用いたネフロン前駆細胞の単離法を次々と開発しました。

 

現在は、新誘導法で作製されたヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞を薬剤性AKIモデルマウスの腎被膜下に移植することによってAKIの軽減と生存率が改善し、さらにCKDモデルマウスに対しても治療効果の検証を行っています。

 

現在、これらの技術シーズがリジェネフロ社に移転され、CKDの進行抑制によって透析患者発生を抑制し、腎疾患患者のQOL向上と透析医療費の削減を図るヒトiPS細胞を用いた腎疾患に対する新規の再生医療の実現を目指して研究開発が進められています。

 

島津製作所とリジェネフロ、CiRAは、202111月から胎生期の腎前駆細胞の一種であるネフロン前駆細胞の品質および製造工程のモニタリング方法に関する共同研究を行っています。

さらに島津製作所は20221月にリジェネフロに出資しており、連携が今回の共同研究でさらに強まることは確実です。

 

本共同研究では肝臓をターゲットとしたプロジェクトであり、島津製作所は液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)などの分析計測機器・技術を用いて、治療効果物質の同定に取り組む予定です。

 

肝硬変とは

肝硬変は、肝臓が慢性的な炎症や傷害によって正常な組織が繊維組織(瘢痕組織)に置き換わり、その結果、肝臓の機能が低下する病態を指します。

 

通常、肝臓は様々な機能を果たしており、代謝、解毒、タンパク合成、胆汁の生成などが含まれます。しかし、肝硬変が進行するとこれらの機能が障害され、さまざまな健康問題が発生する可能性があります。

 

主な原因としては、慢性的なウイルス性肝炎(B型やC型)、アルコールの長期摂取、脂肪肝、自己免疫疾患、遺伝的な要因などが挙げられます。

これらの要因により、肝臓は炎症を繰り返し、それに対する修復の過程で瘢痕組織が形成され、肝硬変が進行します。

 

肝硬変の進行は段階的で、初期には症状がほとんどないこともありますが、進行すると腹水、黄疸、血管瘤の出現、精神症状などが現れることがあります。

肝硬変は進行すると肝臓が機能しきれなくなり、最終的には肝不全や肝がんなどの合併症が生じることがあります。

 

治療は基本的に原因を取り除くことが重要であり、例えばアルコール依存症の場合は依存症の治療が必須となります。

そして肝硬変の進行が進んでいる場合は、肝移植が検討されることもあります。

 

本研究の詳細

この研究では、臨床試験に使用可能なHLAホモドナー由来iPS細胞からの、2次元および3次元培養を組み合わせた移植用肝細胞塊の製造法を確立することが目的とされています。

また、ラットなどの肝硬変モデルを用いて、細胞療法の薬効と安全性を評価し、肝細胞が産生する治療効果物質の同定と機序解明を行います。

 

HLA(Human Leukocyte Antigen)とは、ヒト白血球抗原を指します。

これは主に免疫系統に関連するタンパク質で、体内の異物(外部の細菌やウイルスなど)や他者の組織を識別し、免疫応答を制御する役割を果たしています。

HLAは、免疫系統の正常な機能において非常に重要です。

 

HLAは、主に白血球表面に存在するタンパク質で、細胞間の相互認識や組織適合性の確立に関与しています。

これは、移植や免疫応答において重要な要素であり、さらにHLAは、個々の人々が異なる遺伝子型を持っており、これによって個体差異が生じます。

 

HLAは、特に移植において重要な役割を果たします。ドナーと受容者のHLAが適合しているほど、移植が成功する確率が高まります。

HLAの適合性が低い場合、拒絶反応が起こりやすくなります。

HLAの一致度合いは、移植の成功と生着率に影響を与えるため、移植においては十分なHLAの適合性が求められます。

 

そしてHLAの異常は、自己免疫疾患や特定の感染症との関連性も指摘されています。したがって、HLAの研究は免疫学や臨床医学において重要な役割を果たしています。

 

iPS細胞においては、主要なHLAであるHLA-AHLA-BHLA-DRがいずれもホモ接合体であるiPS細胞を「HLAホモドナー由来iPS細胞」と呼んでいます。

このHLAホモドナー由来iPS細胞によってHLAの違いによる拒絶反応が抑制されると期待されています。

 

肝臓移植は、健康なドナーから取り出した肝臓を患者に移植する手術であり、これには患者とドナーのHLAの適合性が重要です。

肝臓移植手術では、通常は全肝移植または部分肝移植が行われますが、どちらのケースでもHLAは移植の成功に重要です。

 

iPS細胞が切り拓く再生医療

本研究も含め、肝臓とiPS細胞に関連する研究や治療法にはいくつかのポイントがあります。

 

  1. 肝細胞の再生医療:iPS細胞は多能性を持つため、これを用いて肝細胞を作り出すことが可能です。

これにより、肝障害や肝疾患の治療法として利用される可能性があります。患者自身のiPS細胞を用いて、その患者に適した肝細胞を培養し、移植することが検討されています。

 

  1. 薬物開発への応用:iPS細胞を用いた肝細胞の生成は、新しい薬物の開発にも利用されています。

これにより、新しい薬物が肝臓でどのように代謝され、患者に与える影響を事前に評価することができます。

 

  1. 疾患モデルの構築:iPS細胞は特定の患者の遺伝子情報を反映しているため、これを用いて肝臓疾患の疾患モデルを構築することができます。

これにより、疾患のメカニズムを理解し、治療法の開発に寄与することが期待されています。

 

  1. 肝移植の補助:iPS細胞から生成された肝細胞は、将来的には肝移植の補助として使用される可能性があります。

これにより、ドナー不足の問題や免疫適合性の向上が期待されます。

 

今回の共同研究は4番目に該当します。

肝臓移植は移植技術としては比較的古く、多くの移植成功例がありますが、拒絶反応などによって移植が失敗するケースも少なくありません。

また、ドナーの出現を待たなければならないことも大きなハードルとなっています。

そのため、この共同研究には大きな期待が寄せられており、今後の研究成果が期待されています。

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