両親がオスのマウスが誕生

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オスのiPS細胞から卵子を作製

大阪大学医学部ゲノム生物学講座の林克彦教授(生殖遺伝学)らの研究グループは、オスのマウスのiPS細胞から卵子を作り、別のオスマウスの精子と受精させて、赤ちゃんマウスを誕生させることに成功しました。

哺乳類のオスのiPS細胞から卵子を作ることができたのは、世界初です。

 

動物の性は、染色体の組み合わせで決まります。

動物の染色体はXYZW4種類あり、マウス、ヒトなどの哺乳類はXY2種類の組み合わせで性別が決定します。

 

オス(男性)の細胞にはX染色体とY染色体が1つずつ、XYの組み合わせになります(ヘテロ)。

メス(女性)の細胞にはX染色体が2つ、XXという形で含まれています(ホモ)。

 

Y染色体はX染色体より短く、細胞が加齢に伴って繰り返し分裂するうちに消失する場合があることが知られています。

 

ということはオスの細胞は染色体の組み合わせがXY、そして細胞の加齢に伴ってXのみになるということになります。

このXY、またはX1本のみの染色体を持つ細胞から卵子を作製したのが今回の研究成果です。

 

オス同士から胎児を作製するための手順

作製までの流れを見てみましょう

 

  1. まずオスマウスの尻尾の皮膚細胞を採取します。

この細胞は体細胞であり、この段階での採取は、染色体がXYの組み合わせのものを選びます。

そしてこの細胞を生殖細胞を含む全ての細胞に分化できるiPS細胞にします。

 

  1. iPS細胞を長時間培養します。

この培養の間に、Y染色体オスの細胞から消失し、X染色体1本のみとなります。この状態は、XOと表現されます(オスの場合はXY、メスの場合はXXと表現されます。)

 

  1. 染色体の組み合わせがXOになった細胞をリバーシンなどの薬剤を処理し、同じX染色体が2本に複製されたXXの細胞を作成します。

この段階で、染色体がX1本のみの状態からX2本の状態になります。

 

  1. 染色体の組み合わせがXXとなった細胞に、始原生殖細胞様細胞(PGCs様細胞)に分化するような誘導因子や増殖因子を加えて卵子を作ります。

 

  1. できた卵子と別のオスマウスの精子を受精させます、

この段階で、オスの細胞由来の卵子とオス由来の精子、つまりオス由来の生殖細胞とオス由来の生殖細胞を受精させるということになります。

この受精は、マウス体内で行われずに人工受精という形式で、体外で行われます。

 

  1. 人工的に受精した受精卵を、代理母となるメスマウスの子宮に受精卵を移植します。

 

XYの組み合わせの細胞がこの作製過程でY染色体が消失する割合は、実験に用いた細胞のうち約6%でした。

人工授精で作成した受精卵は630個で、代理母子宮への移植を経て誕生した子マウスは7匹でした。

 

受精卵から誕生に至った成功率は約1%ですが、生まれたマウスはいずれも健康で生殖能力も正常です。

 

現段階では失敗が99%と効率が良くない方法ではありますが、林教授は英「ガーディアン」紙の取材に「技術的には10年後に人間で可能になるでしょう」と語っています。

 

不妊治療への貢献

「哺乳類のオス同士から子供を誕生させる技術」は将来的には男性のカップルが女性の卵子提供者を使わずに子供を持つことができる、そのための基礎研究になるのではないかと考えられるかもしれません。

 

しかし今回の研究は、一部の女性の不妊症、染色体余剰、絶滅危惧種の動物の保存など、様々なケースで応用して役立てられる可能性があります。

たとえば2本のX染色体のうち1本の全部や一部が欠損している「ターナー症候群」の女性は国内に約4万人おり、多くは不妊症とされます。

この研究を応用してX染色体を複製できれば、子供を授かることができる可能性が出てきます。

 

また、ヒトで2346本ある染色体でどれかが1本多くなるトリソミー症候群は、21番が3本になるダウン症候群や13番染色体トリソミー、18番染色体トリソミー、性染色体ではトリプルX症候群(XXX、女性)、クラインフェルター症候群(XXY、男性)などが知られています。

今回の研究では、ヒトのダウン症のモデル動物である16番染色体が余剰になったマウスで、リバーシン処理によって正常な数の染色体の細胞を作ることに成功しています。

将来的には、ヒトのトリソミーの原因究明や治療法の開発につながる可能性があります。

 

動物種の保存という観点では、絶滅危惧種の動物の中には、残りがオスだけ、あるいはメスだけになってしまった場合があります。

林教授らは2212月に「Science Advances」誌で、密猟や環境破壊によって世界でメスが頭だけになってしまったキタシロサイのiPS細胞から、卵子や精子のもとになる始原生殖細胞様細胞を試験管内で誘導することに世界で初めて成功したことを発表しています。

今回の技術を応用できれば、将来的にはオスだけになってしまった場合も、動物の子孫を残すことが可能になるかもしれません。

 

しかし絶滅危惧種の保存を考えた場合、1匹のオスの体細胞からiPS細胞を経て卵子と精子を作り、受精させて子供が誕生させなければならないというケースも考えられます。

しかし林教授らの実験では、同じオス個体から得た卵子と精子では、1500個以上の卵子で試したにもかかわらず、子供の誕生には至りませんでした。

つまり、現時点での技術では、絶滅危惧種の保全ということを考えると、オス、メスがそれぞれ1個体ずつ残っている必要があります。

 

オスが1個体残っている場合にこの技術で新しい個体を生み出すことができるかというとそうではなく、2個体、さらに受精卵を移植する子宮が必要と考えると、メスも必要ということになります。

 

実用化に向けての問題

実用化に向けて、どんな問題があるのかを考えることは、実際にこの技術を使って医療行為をする際のトラブルを避けるために必要です。

 

まず、ヒトではiPS細胞から始原生殖細胞様細胞への分化は確立されていますが、その先の卵子への分化はまだ不完全です。

実験マウスの寿命は長くても34年ですが、それよりもはるかに寿命が長いヒトの卵子を作るためにはY染色体の消失に時間がかかり、長期間にわたる培養で異常が発生しやすくなる懸念もあります。

 

作製のステップでY染色体が消失しないと次のステップに進めないため、Y染色体の消失を待たなければなりません。

しかし、ヒトはマウスよりも寿命が長く、必然的に細胞の寿命も長い、つまりY染色体の消失までにかなり時間がかかるのではないかと予想されています。

つまりiPS細胞に関するさらなる研究成果や技術的な進歩を待たなくてはなりません。

 

さらに、受精卵を育てるための子宮を提供する代理母の問題もあります。

たとえ両親がオス(男性)の受精卵の作成に成功しても、誕生させるにはメス(女性)の子宮に移植するか人工子宮を用意する必要があることは先述したとおりです。

 

人工子宮の研究では、17年にフィラデルフィア小児病院のチームが母ヒツジを用いたものなどがあります。

この実験ではヒトの胎児の23週に相当する妊娠105108日の母ヒツジから5匹の未熟な胎児を取り出し、「へそのお」を人工肺につなげて、人工羊水に満たされた人工子宮内で4週間育てることに成功しました。

しかし、哺乳動物を受精卵から正常な妊娠期間まで人工子宮で育てて出産に至った研究成果はまだなく、ヒトでの実用化には時間がかかりそうです。

 

しかし今回の研究が生殖医療や遺伝子治療、多能性幹細胞の実験に大きな可能性を与えたることは間違いありません。

実用化まではまだ時間がかかるからこそ、先端技術の利用や規制、倫理問題について議論を進めておくことが必要です。

 

倫理的な問題、社会にとっての技術の立ち位置

今回の成果は、研究者は不妊症などへの応用研究に使うことをまず考えるでしょう。

しかし、一般社会の受け取り方は、まず「ヒト男性2人いれば子供を持つことができる」というところに焦点が当てられるという危惧があります。

 

危惧とは、この研究成果が持つ研究への可能性よりも、社会的な議論が激しくなることが予想され、そのために技術の進歩が思うように進まないのではないか?という危惧です。

 

iPS細胞が作られたときも倫理的な議論がされていましたが、今回は性別も含んでいるため、社会的な議論で答えを出すことは容易でないことが予想されます。

そういった事も含め、この研究が今後どのように発展するかは研究、社会の双方から注目されるべきものであるでしょう。

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