maribavirへの欧州医薬品評価委員会(CHMP)の肯定的見解

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移植治療に伴う拒否反応

現在、臨床現場で行われている移植治療を大きく分けると、固形臓器を移植する治療方法と幹細胞を移植して目的の細胞に分化させる治療方法に分けることができます。
幹細胞移植で最も多い治療方法は、白血病などの治療で用いられる造血幹細胞の移植です。

特に固形臓器移植で顕著に見られますが、移植される臓器は元々自分の臓器ではないため、患者の体内では非自己と認識され、攻撃を受けることがあります。
自分の体細胞からiPS細胞を作成して、目的細胞に分化させた場合はそういった非自己への攻撃が抑制できるため、iPS細胞が出現したときには、移植治療における自己・非自己認識による拒否反応を避けることができる、と期待されました。

その研究は今も進められていますが、iPS細胞から各々の細胞に分化させる技術は進歩している一方で、それらの細胞をまとめて一つの器官を作る、機能的な臓器を作るということは難易度が高く、なかなか移植に使うレベルの臓器は作れません。
そのため、現在でも固形臓器移植が行われています。

そういった移植治療、また造血幹細胞の移植では、移植した細胞や臓器を拒否反応から守るために、生体の免疫反応レベルを一時的に下げることが行われます。
この治療方法は両刃の剣であり、移植した細胞と臓器は守られますが、生体の免疫活性低下によって感染症のリスクが上がります。

サイトメガロウイルス(CMV)感染症

移植治療後の感染症リスクは、新たに感染する場合と、すでに感染してはいるが、生体の免疫機能によって身体に影響するレベルまでには増殖できない、しかし体から完全に駆除はできないウイルスが、免疫を抑制した患者の体内で爆発的に増えて身体に影響を及ぼすという2つのケースが考えられます。

後者の場合、通常の生活をしているときには無症状です。
増えようとするウイルスを常に免疫機能が叩いているために、体に影響が出るほどにはウイルス増殖は起きません。
しかし、移植治療を受けた後に免疫機能を下げると、抑えつけられていたウイルスの重しが外れて一気に増殖します。

このようなウイルスの1つが、サイトメガロウイルス(CMV)です。
サイトメガロウイルスはヒトへの感染が多く見られるベータヘルペスウイルスで、成人集団の40 %から100 %で感染歴を認めるという血清学的なエビデンスが確認されています。
つまり、成人のうち半数、またはそれ以上のヒトに感染歴があり、そのうちの何割かのヒトは健康に見えるが感染しているということになります。

サイトメガロウイルスは通常体内に潜伏し、無症候性です。
しかし免疫抑制の状況になると活性化することがあり、免疫機能が低下している患者では、重篤な疾患を起こすことがあります。
こういった患者の中には、様々な種類の移植治療を受けた後に免疫抑制剤の投与を受けている患者も含まれます。

世界では、1年あたり推定20万件の成人移植が行われていますが、何らかの感染症を発症する患者の中でサイトメガロウイルスの感染は最も多く見られます。
割合としては、固形臓器移植の患者のうち、16 %から56 %の患者が感染、造血幹細胞移植の患者では、30 %から70 %の患者が感染するというデータが出ています。

移植後にサイトメガロウイルスが活性化すると、移植臓器の喪失、または死に至るケースも見られます。
サイトメガロウイルス感染に対する治療方法は存在しますが、この治療方法は重篤な副作用を呈する可能性があり、用量の注意深い調節が必要です。
当然、用量を抑制気味、というケースが多いのですが、そうなりますとウイルスの増殖を十分に抑制できない可能性があります。
さらに、既存の治療方法では投与のために入院を必要とすること、そしてその入院が長期化することが問題となっています。

欧州での新しい動き

欧州医薬品庁(EMA)の欧州医薬品評価委員会(CHMP)は、造血幹細胞移植、または固形臓器移植語のサイトメガロウイルス感染症の治療方法として、1つの見解を発表しました。
それは、サイトメガロウイルス感染症に使われている治療薬、ガンシクロビル、バルガンシクロビル、シドフォビル、ホスカルネットのいずれかに抵抗性を示す難治性のサイトメガロウイルス感染症の成人患者を対象とした治療薬として、欧州医薬品評価委員会はMaribavirの承認を推奨したことです。

もし承認されれば、Maribavirは移植後の既存療法に抵抗性を示す難治性のサイトメガロウイルス感染症の 成人患者さんの治療薬として欧州連合(EU)における最初で唯一のCMV特異的UL97プロテインキナーゼ阻害薬になる可能性があります。
そして当然、抵抗性無しの場合でも適用することができることが同時に推奨されました。

この委員会の動きを導いたデータは、TAK-620-303 (SOLSTICE)試験 (NCT02931539, EudraCT 2015-004725-13)でのデータです。
この試験では、従来の抗ウイルス療法、ガンシクロビル、バルガンシクロビル、ホスカルネット、シドフォビルのうちの1つ、またはその併用に対して抵抗性を示す難治性の造血幹細胞移植、固形臓器移植の移植後にサイトメガロウイルス感染症となった患者352名を対象とし、maribavirまたは従来の抗ウイルス療法の有効性及び安全性を評価し、双方を比較評価するためのグローバル、多施設共同、無作為化、非盲検、実薬対象、そして優越性試験です。

まず2週間のスクリーニング期間後、成人患者にmaribavirを400mg、1日2回投与します。
この時点で投与した患者数は235名です。
残りの117名は、医師の投与による従来の抗ウイルス療法を行います。
患者が235名のグループに入るか、117名のグループに入るかは無作為に割り付けし、最長8週間の治療を行い、その後12週間のフォローアップを行いました。

この臨床試験における有効性主要評価項目は、少なくとも5日間の間隔を空け、連続した2つのサンプルのサイトメガロウイルスのDNA量が、定量検出限界以下、つまりサイトメガロウイルスのDNAが検査で検出されなくなることを確認します。

測定は、定量的PCRを用い、CONBA Ampliprep/COBAS Taqman サイトメガロウイルスで測定しました。
さらに副次的な評価は、投与から8週間終了時のサイトメガロウイルスのDNAが定量検出限界以下、かつサイトメガロウイルス感染症の症状がコントロールされていることです。
この項目チェックによって、治療効果は16週目まで維持されていることが今回明らかになりました。

Maribavirとは何なのか?

この試験に使われているmaribavirは、新しい薬なのですが、どういう薬なのでしょうか。
Maribavirは、経口投与が可能な抗サイトメガロウイルス化合物です。
pUL97プロテインキナーゼという酵素と、天然基質を標的としてこの作用を阻害する抗ウイルス剤です。
現時点でサイトメガロウイルスに対して、阻害効果を持つ抗ウイルス剤としては世界最初であり、唯一の薬剤でもあります。

アメリカにおいては、「既存の抗ウイルス薬である、ガンシクロビル、バルガンシクロビル、シドフォビル、またはホスカルネットに対して遺伝子型抵抗性を示す難治性のサイトメガロウイルス感染/感染治療薬」として、アメリカ食品医薬品局(FDA)によって、製品名「LIVTENCITY」として承認されています。

この承認は、2021年11月に行われましたが、条件としては成人患者と小児患者、小児患者の場合は12歳以上で体重が35 kg以上というラインが設定されています。
今回の動きは、このmaribavirが欧州で承認される方向に徐々に動きつつあることが可視化されたものです。
疾患によっては、どうしても免疫システムを弱めないと治療ができないというものは少なからず存在していますが、その結果感染症にかかってしまい、予後が悪くなる、後遺症が残ってしまうという事例は後を絶ちません。

こうした問題の解決は、固形臓器移植だけでなく、幹細胞移植による再生医療にとっても大きな一歩であり、治療方法の選択が幅広くなることで完治する患者が増えることが予想されます。
今後は、日本などでも承認への議論が始まると思われます。

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