1. アトピーとは
アトピーは、一般的にはアトピー性皮膚炎として知られています。
アトピーという言葉は、「タンパク質のアレルゲン(抗体と特異的に反応する抗原のこと)に対して反応が強く出る傾向」を指します。
皮膚炎以外にも、気管支喘息、鼻炎といった症状で表れることもあり、アトピー性のアレルギー疾患を総称して「アトピー」と呼ぶ場合があります。
世界アレルギー機構(WAO:World Allergy Organization)の定義では、タンパク質のアレルゲンにさらされた時に免疫グロブリンE(IgE)が産生され、この免疫グロブリンに対して身体が高い反応をすることがアトピーであるとされています。
免疫グロブリンE検査で、IgEへの感作が証明されることが、アトピーと判断する基準となっています。
アトピー性皮膚炎という言葉は一般的にも広く使われていますが、アレルギー性喘息や鼻結膜炎がある場合、かつアトピー性体質の場合は、アトピー性皮膚炎と呼ぶよりもアトピー性湿疹と呼ぶ方が適切です。
2. アトピーの原因と症状は?
アトピーの原因は様々な要因が挙げられていますが、非常に多様性があり、個人のアトピー性疾患の原因を予測することはできても、予測のレベルにとどまり、特定するのは困難な状況です。
遺伝的要因などが唱えられたこともありますが、近年の小児アトピー性疾患の有病率の増加は、遺伝的要因では説明することが困難であり、これといった原因がわかりません。
そのため、主な治療方法は、症状として表れたものへの対処療法が中心となります。
日本皮膚科学会では、アトピー性皮膚炎は表皮のうち、角層の異常によって皮膚が乾燥、またバリア機能が異常であるために、非特異的刺激反応と特異的アレルギー反応が関連し合って起こる、としています。
つまり、アレルゲンによる特異的な反応と、物理的刺激(非特異的)による反応が複合的起こるとされています。
アトピー性疾患で特徴的に見られる症状を成長に従う形式で以下に挙げます。
- 乳児期には乳児湿疹と似る場合があり、炎症は頭部から顔面にかけて拡がり、体幹に沿って下降して手足に拡がる。
- 幼児期には、関節に病変が生じやすい。
- 思春期には、身体全体に乾いた慢性湿疹の症状を示す。
- 思春期以降は、手指に症状が表れやすくなる。
- 乾燥し、皮膚表面が白い粉を吹いたようになり、強い痒みが生じる。
- 赤い湿疹ができた場合、激しい痛みを伴うことがある。
- 慢性化した場合、皮膚がざらざわした感じになり、皮膚が厚みを帯びるようになる。
- 皮膚炎を大きく分けると、児童期が湿潤型、思春期以降は乾燥型の皮膚炎となる。
大まかにまとめますと、痒みのある湿疹が身体のさまざまな部位に左右対称性に、慢性的に出ます。
湿疹のできる部位は年齢によって変化しますが、額、眼、口の周囲、唇、耳周囲、頸部、完成部分、体幹部分によく見られます。
乳児期から幼児期に発症し、小児期に寛解する場合もありますが、寛解しない場合は再発を繰り返し、成人でも症状が続きます。
さらに、汗や髪の毛の接触、衣類との摩擦、化粧品、金属、シャンプー、ダニ、ほこり、花粉、ペットの毛などの要因で悪化することもあります。
疾患そのものを完治させる治療法は、まだ存在していません。
現時点での治療のゴールは、症状がない、または症状が軽く、日常生活に影響ないレベルである事です。
治療内容は、炎症を起こしている湿疹に対して、ステロイド外用薬、クロリムスなどの外用療法や、皮膚の乾燥とバリア機能の低下に対して、保湿剤外用によるスキンケア、かゆみに対しては抗ヒスタミン薬の内服が行われます。
3. アトピーと幹細胞
治療方法などを開発するためには基礎研究での地道な知見の積み上げが大切ですが、「アトピー」かつ「幹細胞」をキーワードに持つ研究は21世紀になってから一気に増え、税金から研究への投入額も上昇しています。
さらに、「アトピー」、「幹細胞」、「上清」をキーワードにして科学研究費助成事業データベース上で検索すると、7つの研究テーマが見つかります。
この研究を古い順に並べてみましょう。
1985年から1988年に大阪大学で行われた「Bリンパ球増殖・分化機構の解明とその異常制御に関する研究」。
1999年から2000年に京都府立医科大学で行われた「IgEを回するランゲルハンス細胞真皮樹状細胞の活性化とその抑制機序に関する研究」。
2011年から2012年に弘前大学で行われた「表皮細胞が分泌するエンドセリンによるそう痒とそれを標的とする治療戦略」
この弘前大学の研究から、だいぶ臨床応用面が見えてきます。
2016年から2018年に兵庫医科大学で行われた「間葉系幹細胞による皮膚炎抑制の研究」。
2017年から2020年に徳島大学で行われた「分泌型Siglec-9とMCP-1による単球系細胞の炎症組織再生型移行機構の解明」。
2018年から始まり、現在も進行している東京医科歯科大学の「抗体産生不全症原因遺伝子同定によるヒト抗体産生機構の解明」
そして2020年に開始された徳島大学の「乳歯歯髄幹細胞培養上清由来因子を用いた新規皮膚炎治療法の検討」
最近の研究は、徳島大学で行われている乳歯歯髄幹細胞培養上清を使った皮膚炎治療方法の検討になります。
この研究のタイトルでは「皮膚炎」と書いてありますが、研究概略にははっきりと「次世代アトピー性皮膚炎治療薬の樹立」と書いてあります。
ターゲットは、皮膚バリア機能再生であり、培養上清に含まれている分泌型シアル酸結合レクチンSiglec-9の抗炎症・組織再生効果を利用します。
Siglec-9は、2017年から2020年で徳島大学で行われた「分泌型Siglec-9とMCP-1による単球系細胞の炎症組織再生型移行機構の解明」でも研究テーマとして扱われており、徳島大学ではSiglec-9に関するさまざまなデータが蓄積されていると予想されます。
この蓄積されたデータを用いて、新たな皮膚炎治療薬開発にSiglec-9を使おうという狙いの研究が現在進行しており、将来的にはかなり効果のある治療薬が開発されると期待されています。
現在、培養上清を使った治療内容が具体的に論文として発表されているのは、名古屋大学のグループによるもののみです。
名古屋大学のグループは、英語、日本語で4本の論文を発表しており、歯槽骨、歯周病、皮膚、脳梗塞、アルツハイマー病、アトピー性皮膚炎、関節リュウマチ、II型糖尿病の治療に培養上清を使うことを視野に入れた研究が報告されています。
この論文が発表された時期、およそ2014年周辺では、アトピー性皮膚炎はいくつかの試験的な疾患の中の1つですが、徳島大学の研究はアトピー性皮膚炎に特化した研究内容になっており、ターゲットを絞り込んでいます。
4. 培養上清を使った治療はアトピーに有効なのか?
紹介した研究では、「培養上清に含まれている有効成分を特定、作用の仕方を明らかにして新たな薬の開発に役立てる」ということが目標です。
となると、多種類のタンパク質が入っている培養上清から、そのまま多種類のタンパク質を抽出し、有効成分を分離せずに治療に使った場合は効果があるのでしょうか?
現在、クリニックなどで行われている培養上清を使った治療では、培養上清中の特定成分のみを抽出して治療に使っているわけではありません。
特定成分を抽出する技術は非常に難しく、また培養上清中に何がどのくらい入っているのかの予測が必要です。
そのため、現時点では培養上清から少なくとも有害と考えられる物質を除去し、分泌されたタンパク質などの成分をまとめて抽出、そして治療に使わざるを得ない状況です。
実際にそれらを使った治療が有効か否かは、大規模な研究によって統計的に証明されなければはっきりしたことは言えません。
もし、培養上清を使ったアトピー性皮膚炎の治療を受けようと考える場合は、医療機関の医師とよく相談することが重要です。