- アルツハイマー病は進行性の病気であり、現代の医学では進行を遅らせることしかできない
- アルツハイマー病の患者の脳には、アミロイド斑という独特の現象が見られます
- 骨髄由来幹細胞を脳内に移植すると、認知記憶障害が回復することがマウス実験で証明された
アルツハイマー病とは、認知症の最大の原因とされている疾患です。
現代の医学では、進行を抑制する治療法、回復する治療法は存在せず、進行を遅延させる治療が柱になります。
この記事では、アルツハイマー病のメカニズムや、幹細胞治療の可能性について解説します!
1. アルツハイマー病とは
アルツハイマー病は、「認知症」と同義に使われる事が多く、アルツハイマー病 = 認知症、つまり認知症の別名がアルツハイマー病であるという誤解がされているケースが多く見受けられます。アルツハイマー病の症状の中には認知機能の低下は確かにありますが、認知症の症状を示す疾患はアルツハイマー病だけでなく、脳血管性のレビー小体病なども認知症症状を呈します。ただ、認知症の60%から70%はアルツハイマー病が原因とされていることは事実です。
アルツハイマー病の症状は、認知障害の進行です。認知障害とは、記憶、学習、注意、視空間認知、問題解決能力、見当識(今日が何日なのか、自分がどこにいるのか、という状況把握)に障害が出ることの総称です。進行すると生活に支障が生じ、さらに進行して重症度が増すと、摂食や意思疎通などにも障害が及び、寝たきりになるケースが多く見られます。
脳血管性による認知症の場合は、認知症の進行したことがある時期、出来事を境にはっきりと周囲の人に認識されます。しかし、アルツハイマー病が原因の認知症は、徐々に進行するため、いつの間にかここまで進行した、という印象を持たれるのが特徴です。この進行の途中で、暴力的な行為、発言、徘徊行動、被害妄想などが見られることが多く、介護においては難易度が高い介護となります。
いったん発症すると、進行を抑制する治療法、回復する治療法が存在しないため、進行を遅延させる治療が柱になります。現時点では、ほぼ不可逆な疾患と言っていいでしょう。
患者のほとんどは65歳以上の発症です。一方で、若年性アルツハイマー病も存在し大きな問題となっています。症状の性質上、労力、費用を考えると、コストが非常にかかる疾患です。
2. アルツハイマー病の分子メカニズム
アルツハイマー病の患者の脳には、アミロイド斑という独特の現象が見られます。アミロイド斑は老人斑とも言われ、アミロイドβタンパク質が凝集したものです。これらから、アミノ酸が40個から42個存在するアミロイドβペプチドがアルツハイマー病の原因と密接に関係していると予想されています。
このアミロイドβタンパク質は、神経細胞の外膜に存在するアミロイド前駆体タンパク質が、タンパク分解酵素によって切断されて生じます。アミロイドは、脳内に侵入した細菌、ウイルスなどの外来異物を捕捉し、排除する役割を持つとされています。しかし、病原体がうまく排除されない場合は、身体の常として炎症を起こします。この炎症によって神経細胞において細胞死が誘導され、その結果アルツハイマー病を発症するという予想がされています。
アミロイドは外来異物の排除に不可欠なものであると同時に、アルツハイマー病の原因にもなるという分子です。実際に、2015年には、アルツハイマー病の患者の脳で、数種類のカビが感染した痕跡が発見されており、クラミジア、単純ヘルペスウイルスもアルツハイマー病のリスクと考えられています。
アルツハイマー病発症初期の患者は、血液脳関門の透過性が高くなっているという報告もあります。血液脳関門は、脳に向かう血液内の異物を通さない、または通しにくくするもので、この関門によって脳は外来異物から守られています。しかし、血液脳関門の透過性が高いと、通常はブロックされる異物も通過してしまい、脳へと到達してしまいます。カビやウイルスがこれによって脳に到達し、アルツハイマー病の原因になっているという予測もあります。
また、他にもアルツハイマー病の原因と考えられるものがあり、これらが複合的に絡み合うことにより発症するのではないかと考えられています。
まず、家族性アルツハイマー認知症という説です。これは、家系にアルツハイマーを発症しやすい遺伝子型を持っていることがあるという考え方です。家族性アルツハイマー病の原因遺伝子はすでに特定されており、3つの原因遺伝子と、1つの関連遺伝子が特定されています。3つの原因遺伝子は、アミロイド前駆体タンパク質をコードする遺伝子で、21番染色体上に存在、次がプレセニン1遺伝子で、14番染色体、そして1番染色体上に存在するプレセニン2遺伝子です。関連遺伝子は、アポリポタンパク質のE遺伝子です。
一般的に、血縁関係のある人がアルツハイマー病を発症すると、その家系の発症リスクは上がるとされています。家族性アルツハイマー病の約10%は、アミロイド前駆体タンパク質をコードする遺伝子に点変異(1つの塩基配列のみが変異すること)が認められています。
関連遺伝子が存在する、という点では、孤発性アルツハイマー病も含まれます。この関連遺伝子は、家族性アルツハイマー病よりも多くの遺伝子が特定されています。多数の遺伝子が関与するため、孤発性アルツハイマー病は、多因子遺伝子疾患とされています。さらに、遺伝子以外にも孤発性アルツハイマー病には原因が存在します。最も大きなリスクとされているのが加齢であり、加齢と共に発症することの多い、脳血管障害、糖尿病、高血圧がリスク要因とされています。また生活習慣として、喫煙と肥満もリスクとされています。他にも、食生活なども要因であるという説があり、生活習慣全体が、アルツハイマー病のリスクを含んでいると考える研究者もいます。
睡眠不足については分子生物学的な解説がされており、マウスを使った実験では、アミロイドβタンパク質は睡眠中に減少し、起床中に蓄積すること、睡眠時間の短いマウスは、脳内のアミロイドβタンパク質の蓄積が進行することが証明されています。
3. アルツハイマー病に幹細胞治療は有効か?
アルツハイマー病は、進行を止めること、いったん進行した状態を元に回復させることが現時点では不可能である、つまり不可逆な疾患である事は先に述べました。
薬物治療に使われている薬も、コリンエステラーゼ阻害薬、NMDA阻害薬という、進行を遅らせることを目的とした薬が中心です。現在開発が進行中のものは、アミロイドβワクチン、アミロイドβモノクローナル抗体療法、というアミロイドβタンパク質をターゲットとした薬剤、治療法です。これらは直接アルツハイマー病の原因とされているアミロイドβタンパク質をターゲットとしたものです。
そして、幹細胞による神経細胞の再生が可能であれば、これはアルツハイマー病の回復が夢ではないかもしれません。しかし、現在の所、幹細胞がアルツハイマー病に効果がある、回復させることができる、抑制効果があるという科学的な証拠は得られていません。ネット上にはアルツハイマー病の治療に幹細胞を使うという宣伝が散見されますが、これは科学的な証拠はないが、幹細胞というものの特性を考えると効果がある可能性があるので行っている、というレベルです。
幹細胞関連の研究では、骨髄由来の幹細胞から脳の免疫担当細胞であるミクログリア様細胞を作製し、脳内に移植するとアミロイドβタンパク質の脳内蓄積量が減少する、さらに認知記憶障害が改善することがアルツハイマー病モデルマウスで証明されています。
また、アルツハイマー病に似た症状を示す、家族性前頭側頭葉変性症の治療に、iPS細胞から分化させた神経細胞によって、病態分子メカニズムが明らかになり、この症状に微小管の安定が効果を持つことが示唆されています。
脳のメカニズムは、健常者の脳でもまだまだわかっていない部分が多く、脳が関与する疾患については、「やってみた、効果があった」というものが多く、その作用機序、作用メカニズムは不明であっても効果があれば治療として使うことも考える、という段階のものが多いのが実情です。しかし、基礎研究は徐々に進んでおり、それほど遠くない時期に脳疾患への幹細胞治療の治験が始まることが予想されます。