幹細胞の種類
全能性を持つiPS細胞、ES細胞、つまり幹細胞は、胎盤などの胚体外組織をのぞく全ての種類の細胞に分化することができます。
ES細胞は胚性幹細胞とも呼ばれ、受精卵から作られます。
iPS細胞は通常の体細胞の遺伝子を改変することによって細胞株が樹立されます。
一方で、生体内には各組織に組織幹細胞、体性幹細胞と呼ばれる種々の幹細胞が存在します。
組織幹細胞、体性幹細胞はひとまとめにして成体幹細胞と呼ばれており、これらの細胞は通常、分化することができる細胞の種類が限定されています。
幹細胞を分類する時に指標とされることはいくつかありますが「分化能力」が分類の指標としてよく使われます。
まず、分化全能性(Totipotency)という胎盤などの胚体外組織を含む、個体を形成する全ての細胞種へと分化可能な能力を持つ細胞があります。
この「全能性」を持つ細胞は、受精卵または4回から8回の卵割までを行った細胞群に限られます。
万能とされているES細胞、iPS細胞も「全能性を持つ」とは表現されることはありません。
ES細胞、iPS細胞は「多能性」と表現されます。
多能性とは、個体は形成しないが身体を構成する三胚葉、内胚葉、中胚葉、外胚葉に属する細胞系列全てへ分化しうる能力を指します。
こうした細胞を「万能細胞」と呼んでいます。
つまり、個体を形成できる細胞を「全能性を持つ」、個体は形成できないが人の身体を構成する細胞に分化できる細胞を「万能性を持つ」と表します。
万能細胞は、胚性幹細胞(ES細胞)と人工多能性幹細胞(iPS細胞)が有名ですが、他にも胚性腫瘍細胞(EC細胞)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)、核移植ES細胞・体細胞由来ES細胞(ntES細胞)が挙げられます。
体内に存在する幹細胞
人工的に作られた幹細胞以外の幹細胞は、身体を形成するものだけでなく、常時体内にストックされており、必要に応じて分化誘導されて必要な細胞を形成するものがあります。
そういった幹細胞の中には、「多分化能」を持つものがあります。
この多分化能は、先に述べた「多能性」とは異なり、分化可能な細胞系列は限定されているが、多種の細胞へ分化可能な能力を示します。
内胚葉の幹細胞は内胚葉の細胞のみ、中胚葉の幹細胞は中胚葉の細胞のみに分化します。
多分化能を持つとされている幹細胞はそれぞれ所属する胚葉の細胞にのみ分化します(一部例外あり)。
体性幹細胞、組織幹細胞、成体幹細胞がこの多分化能を持つ幹細胞です。
さらに細かく見ると、造血幹細胞、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、皮膚幹細胞がこの幹細胞に分類されます。
その他、幹細胞から前駆細胞に分化後、数種類の細胞にのみ分化可能なオリゴポテンシーという能力を持った幹細胞(神経幹細胞)、分化可能な細胞種が一種類に限定されている「単分化能」を持つ幹細胞(筋幹細胞、生殖幹細胞)も存在します。
単分化能を持つ幹細胞は「前駆細胞」と呼ばれることもあり、この2つの細胞を区別するための境界線は現時点では曖昧です。
これら、身体内に存在する幹細胞は「成体幹細胞」と呼ばれており、「生物の体内に見られる最終分化していない細胞」と定義されています。
成体幹細胞は細胞分裂によって増殖することによって最終分化細胞への前駆細胞の供給源としての機能を持ちます。
この機能は身体内で死んだ細胞、失われた細胞を補充して組織を再生することを目的とするものです。
成体幹細胞は、体性幹細胞、組織幹細胞とも呼ばれます。
これらの中には「多能性」を持つとされる細胞が存在するという報告が近年増えています。
少ない細胞から臓器全体を再生させることができる幹細胞であり、胚性幹細胞と違って詩人の組織サンプルから採取することができます。
そのため、倫理的な議論というハードルをクリアできることができるため、近年注目されています。
新しい幹細胞の発見
新しい幹細胞を発見した、とするためには、その細胞が幹細胞の条件をクリアしている必要があります。
まずは自己複製能力、そして細胞分裂を何回も繰り返した後にも未分化能力を維持する事が必要です。
そして様々な種類の細胞を作り出せる能力、つまり分化多能性が必要です。
しかし単能性で自己複製能力を持つ幹細胞も存在する可能性があるため、この分化多能性は本質でないと考える研究者もいます。
今回、理化学研究所(理研)生命機能科学センター、呼吸器形成研究チームの藤村崇客員研究員、森本充チームリーダー、細胞システム動態予測研究チームの城口克之チームリーダーらの研究チームは、肺における障害の修復に関与する可能性を持つ新しい種類の上皮幹細胞をマウスで発見しました。
研究を理解するための基礎知識
この研究チームの行った研究を理解するためには以下の用語を知る必要があります。
・上皮幹細胞
上皮細胞とは、体表などの表面を覆っている細胞で、分泌などさまざまな生理機能を持っており、なおかつ表面を覆うことで物理的または化学的なバリアとなります。
そしてこの上皮細胞群中に含まれている(あるいは含まれていると考えられる)幹細胞は、この上皮細胞に分化する能力を持ちます。
・オルガノイド・オルガノイド培養
3次元的に幹細胞、前駆細胞を培養する方法であり、人工的に細胞塊を作製して組織、胚の機能を部分的に実験室内で再現する方法です。
・クラブ細胞
気管、気管支の上皮を構成する細胞の一つで、粘液を分泌する細胞です。
ドーム型の形状を持っており、幹細胞の能力を持っているため自己複製が可能、そして分化細胞である線毛細胞を供給することができます。
・2型肺胞上皮細胞、1型肺胞上皮細胞
肺の末梢には肺胞が存在します。
この肺胞は、1型と2型の2種類の上皮細胞から構成され、2型肺胞上皮細胞は肺胞の上皮幹細胞として機能しています。
2型肺胞上皮細胞は分化細胞である1型肺胞上皮細胞を産み出す能力を持っています。
肺のメカニズム
陸上に生息する陸生動物は、体内に酸素を取り込まないと生存できません。
そのため、酸素を体内に取り込む肺は生きていくために必須の臓器です。
外気を介して酸素を取り込むため、肺の細胞は外気に含まれている有害物質、ウイルスなどにさらされて傷害を受けます。
肺の細胞が傷害を受けると上皮幹細胞によって修復されて再生します。
肺は、気管・気管支・肺胞の異なる部位から構成されていますが、この再生はそれぞれ異なる上皮幹細胞が関与すると考えられ、肺の上皮幹細胞はいくつかの種類が存在すると予想されていますが全容がわかっていません。
この予想されている上皮幹細胞は通常時には活発に細胞増殖を行いません。
しかし、肺の細胞が傷害されるとすぐに増殖期に入り、失われた細胞を供給します。
つまり、研究する際には平常時の動物を研究しても、どの上皮幹細胞がその細胞への増殖能力を持っているのかを判断することが困難です。
研究の詳細
研究チームは、「クラブ細胞」という気管支の上皮幹細胞に着目しました。
クラブ細胞は多様性に富んだ細胞であることから、肺傷害後に増殖して肺胞領域の再生に寄与しているのではないか、クラブ細胞の一部がこの再生に関与しているのではないかと考えられていました。
クラブ細胞をオルガノイド培養して解析したところ、目的に合致したグラブ細胞の存在することを示唆する結果が得られました。
これをMLクラブ細胞と名付け、さらに解析したところ、増殖能力が高く、肺胞細胞へと分化する能力を持っている事が明らかとなりました。
この細胞を使ったオルガノイド細胞培養を継続すると、オルガノイドを構成する細胞が分化し、肺上皮のような組織形態を持つ肺上皮オルガノイドが構築されました。
この肺上皮オルガノイドを構成する細胞を解析すると、気管支細胞だけでなく、肺胞細胞にも分化する能力があることが明らかとなりました。
この研究によって、効率的に肺に生着して増殖可能な上皮幹細胞が存在するのであれば、肺疾病に対して幹細胞そのものを使った再生治療法が可能になります。
また、肺疾患の研究に対しても使うことができるため、肺関連の疾病に大きな貢献をすると予想されています。