変形性膝関節症、iPS細胞で治療 京大研究者らが新会社

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変形性膝関節症治療の開発を目指す新会社設立

佐賀大学と京都大学iPS研究所は、iPS細胞で膝軟骨を再生する技術を開発するための企業「アルクタスセラピューティクス」を京都市に設立しました。

軟骨がすり減ってしまう変形性膝関節症の治療開発を主な目的とした会社です。

2029年にこの治療法を実用化することを目指しており、高齢化が進む日本には必要不可欠な治療方法として期待されています。

 

変形性膝関節症は、中高年に多い膝の疾病です。

患者の男女比は1:4と、女性に多く見られ、中高年の膝の痛みの多くはこの疾病によるものとされています。

中高年に見られる疾病の特徴、つまり一気に症状が表れずに何年間にもわたって徐々に進行していくという特徴を持っています。

 

膝には関節のクッションとなる軟骨がありますが、この軟骨は加齢、筋肉量の低下などによってすり減ります。

軟骨がすり減った分、膝関節の骨と骨の隙間が狭くなり、内側の骨があらわになります。

そうなるそ、クッションとなる軟骨がすり減るため、骨が直接他の部位に当たるなどして痛みが伴います。

 

また、骨に刺激が与えられるため、骨のへりに棘のような突起物ができたり、刺激によって骨が変形することもあります。

さらに、関節をおおっている関節包と呼ばれる繊維膜の内側に炎症が起こるケースが多く見られます。

炎症が起こると、周囲の細胞から黄色みがかかった粘り気のある液体が分泌され、いわゆる「膝に水がたまる」という状態になります。

 

変形性膝関節症の進行

まずは膝関節の構造を詳しく見てみましょう。

膝関節は、大腿骨と脛骨の連結部です。

大腿骨と脛骨の末端には関節軟骨があり、大腿骨と脛骨の間には半月板があります。

スポーツ選手で「半月板の損傷」という故障を起こす選手は多いのですが、この半月板の部分が損傷し、膝の機能に障害を受ける故障です。

そして大腿骨と脛骨は末端部が膨らんだ形になっているのですが、これが外から見える「膝」になります。

この部分はまとめて内側を滑膜、外側を関節包が包んでいます。

関節軟骨、半月板などの部分がこの2つの膜に包まれ、内部は関節液で充填されています。

この機構によって膝がスムーズに曲がるのですが、変形性膝関節症が起こると、1. 関節軟骨、半月板がすり減る、2. 軟骨のかけらが刺激して滑膜に炎症が起こる、3. 関節液の異常分泌、4. 発熱、5. 大腿骨と脛骨が直接ぶつかり、痛みを伴う、という症状が起きます。

 

変形性膝関節症の初期は、関節軟骨がすり減って関節の隙間が狭くなります。

半月板が原因で、関節軟骨に大きな負荷がかかってすり減る場合もあります。

この段階では、起床後に身体を動かそうとすると膝のこわばりを感じることがあります。

こわばり、膝の重さ、また鈍い痛みなどが症状なのですが、しばらく身体を動かしていると自然と治まるためにほとんどの人が「加齢のせい」という認識で気にしないことが多いようです。

 

中期になると、軟骨のすり減り具合が大きくなり、関節のへりに骨棘と呼ばれるものができるようになります。

これは刺激を受けた骨によって作られる棘というよりも凸部状の「骨」です。

軟骨は損傷を受け続けるため、関節液内に軟骨の破片が浮遊し始めますが、この破片は骨膜を刺激し、痛みを感じさせます。

この段階で初めて自覚症状を訴える患者が多く、診察の時点では中期の変形性膝関節症と診断されるケースが非常に多くなっています。

 

この段階では、正座、階段の上り下り、またあるいている時に急な方向転換で痛みを感じるようになります。

痛みが消えなくなり、正座、しゃがむ、階段の上り下りが痛みによって困難になります。

痛みだけでなく、関節内部の炎症が進むために膝が腫れ、熱をもつこともあります。

そして関節液の異常分泌が進むために、膝の変形が外見でもわかるようになります。

 

そして後期、また進行期になると、軟骨がなくなって骨が直接ぶつかり、激しい痛みを引き起こします。

そして滑膜が炎症を起こし、肥厚状態、つまり膜が厚くなってきます。

一度すり減った軟骨は元に戻ることはないので、治療着手は早ければ早いほど良いのですが、多くの自覚症状は中期に認識されることと、膝は日常で常に使うものなので、日常生活でどんどん軟骨はすり減ってしまいます。

 

この時期になると、初期、中期で見られた症状が全て悪化し、普通にあることも困難になる場合があります。

日常生活にも大きな影響を与え、行動範囲が狭くなることによって精神的な負担が大きくなります。

 

腰痛、膝の痛みは人間の身体行動において非常に大きな影響を与えます。

動こうとする時に、腰、膝に耐えがたい痛みを感じる場合は動くことに恐怖感を覚え、身体行動が徐々に減ってきます。

高齢者が腰、膝の障害によって行動範囲が狭くなり、生活の質が低下するために認知症が進行してしまうとする研究結果もあります。

 

佐賀大学と京都大学iPS研究所の研究内容について

京都大学iPS研究所のDenise Zujur研究員、池谷真准教授の研究グループ、佐賀大学医学部附属再生医学研究センターの中山功一教授の研究グループは、味の素株式会社などの企業グループと共同で、iSP細胞を使って膝の軟骨を作成する方法を模索してきました。

 

2023年になって、iPS細胞から間葉系幹細胞(iMSC)を誘導し、そこから神経堤細胞を経由して軟骨スフェロイド(3次元構造をした細胞塊)を作成する方法を開発することに成功しました。

現在研究グループは、この軟骨スフェロイドを使って膝の軟骨の修復を行う治療方法確立の研究に着手しています。

 

まず、研究グループの研究コンセプトを以下に挙げます。

  1. 様々な細胞による軟骨修復は行われているが、長期間効果のある治療法は存在していない。
  2. iPS細胞由来の間葉系幹細胞から関節軟骨修復に適した軟骨スフェロイドを作製する方法を確立した。
  3. バイオプリンターを利用してより大きな軟骨を作る際の材料として使用できる。

これまでに、軟骨組織修復のための効果的で持続的な治療法は存在しませんでした。

再生医療では、主に軟骨細胞と間葉系幹細胞がよく使われていますが、どちらの細胞も、細胞提供者に由来する合併症、限られた増殖能、脱分化など、課題が存在します。

こうした課題を解決する一つの方法として、iMSCから高品質な軟骨スフェロイドを生成するための分化方法を検討した結果が、今回の研究成果、会社設立につながりました。

 

今回の研究で、幹細胞を使った軟骨修復の新しい細胞源として、iMSCが利用可能であることを示す事に成功しました。

これによって作製される軟骨スフェロイドは数日程度で融合するため、剣山メソッド型のバイオプリンターなどを利用して、より大きな軟骨組織を構築することもできると考えられます。 

 

剣山メソッド型のバイオプリンターは臓器や組織を作成する新しい方法の一つとして注目されているシステムです。

細胞を培養して増やし、小さな細胞の塊を作り、これらの細胞の塊をバイオプリンターにかけ、剣山のように並べられた針に、目的とする臓器や組織の形状に合わせて刺して積み上げていくという方法です。

数日経つと細胞の塊同士がくっつき、針を抜いても立体形状が維持され、人間の体内に存在する細胞集団に似ている人工3次元細胞塊を作ることができます。

 

また、iPS細胞は体の外で大量に培養することができるので、細胞治療用の軟骨を大量に作るための材料の一つとして期待されています。

しかし、これまで膝の軟骨形成のためにはハードルが多く、実用化のめどが立っていませんでしたが、今回の研究で実用化に大きく進歩したと言えます。

 

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