造血幹細胞活性を制御する新規分子の同定に成功、造血幹細胞移植、再生医療に新たな知見

目次

造血幹細胞活性を制御する新規分子の同定に成功

東京女子医科大学実験動物研究所の本田浩章教授らのグループは、国立国際医療研究センターの田久保圭誉プロジェクト長を中心としたグループ、シンガポール大学の須田年生教授の研究グループ、そして椙山女学園大学の本山昇教授らの研究グループと共に、造血幹細胞活性を制御する新規分子の同定に成功しました。

この研究成果は、アメリカ科学アカデミーが発行する「Proceedings of the National Academy of Sciences (Proc. Natl. Acad. Sci. USA, PNAS)」に掲載されました。

 

いくつもの大学によるかなり大きな研究グループですが、こうした幹細胞に関わる研究では、主に京都大学、東京大学などの国立大学が研究の中心になることが多いのが現状です。

しかしこの研究は主に私立大学によって行われました。

国立の機関として参加しているのは、国立国際医療研究センターのみです。

 

国立国際医療研究センターは、正式名称が国立研究開発法人国立国際医療研究センター(NCGM: National Center for Global Health and Medicine)と呼ばれ、厚生労働省所管で、2025年には国立感染症研究所と合併し、国立健康機器管理研究機構となる予定です。

附属施設として国立看護大学校を持ち、1993年の設立以来、感染症治療、特に後天的免疫不全症候群(AIDS)治療の研究開発の最先端を担ってきました。

 

本田浩章教授が所属する東京女子医科大学はよく知られている私立医科大学ですが、椙山女学園大学は、全国的な知名度はそれほどないかもしれません。

椙山女学園大学は名古屋市千種区に本部を置く私立大学で、東海・中部地方ではよく知られている大学です。

大学の母体は1905年に創立、そして1949年に大学を設置したという伝統を持つ大学で、特に生活科学系教育に強い女子総合大学です。

強みである生活科学部をはじめとして、7つの学部を持つ大規模な総合大学です。

 

そしてシンガポール大学は、当然日本の国立大学ではなく、正式名称をシンガポール国立大学とする大学です。

1905年に設立された総合大学で、大学評価機関のクアクアレリ・シモンズの2022年大学ランキングでは世界11位、アジアでは1位の評価を得ています(ちなみに東京大学は世界23位、京都大学は世界33位です)。

 

シンガポールは英語を母国語とする多文化・多民族国家であるため、大学もグローバル化に早くから成功しており、今回の須田年生教授のように日本人の教員も多数在籍しています。

また、須田先生教授は日本を代表する幹細胞学者として知られており、幹細胞分化の確率モデル、造血幹細胞ニッチの同定など大きな業績を挙げてきた研究者です。

 

造血幹細胞(HSC: Hepatopoietic stem cell)とは

造血幹細胞は、白血球、赤血球、巨核球、血小板などの血球系細胞に分化する幹細胞です。

他にも肥満細胞、樹状細胞を生み出し、血球芽細胞、骨髄幹細胞とも呼ばれています。

ヒト成人では骨髄に存在しており、造血過程に必須の細胞です。

 

幹細胞は、1個の細胞が分裂して2種類以上の細胞系統に分化可能であると同時に、幹細胞そのものにも分裂可能であることが必要です。

幹細胞そのものに分化することによって幹細胞の数を維持し、常に分化できる細胞を準備できることが幹細胞の定義です。

 

細胞には寿命があり、常に作りかえるシステムは活性状態にあるべきですが、この細胞寿命は血球関連の細胞ではよく研究されています。

ヒトでは、赤血球が約120日、リンパ球は寿命が幅広く、数日から数十年、好中球は約1日、血小板は3日から4日と、それぞれほぼ寿命が特定されています。

 

造血幹細胞が骨髄内にあるため、ヒトの造血組織は骨髄内に存在するとされていますが、全ての骨髄で造血が行われるわけではなく、体幹の中心部分にある胸骨、肋骨、脊椎、骨盤などで主に行われます。

 

ヒトの出生直後には、長管骨でも造血機能が動いていますが、成長と共に造血機能を失います。

また、大腿骨は25歳前後で造血機能を失うとされています。

一方で、肝臓と脾臓は造血機能を完全に失うわけでなく、血液疾患の時に造血が見られることもあります。

 

造血の中心となる骨髄組織は、造血細胞だけでなく、脂肪細胞、マクロファージ、間葉系幹細胞などが存在し、造血細胞も1種類だけでなく前駆細胞となっているものも存在しています。

実際、多分化能を持った造血幹細胞はごく一部であり、コツ組織内の骨芽細胞との接触が維持に必要と考えられており、造血幹細胞ニッチと名前が付けられています。

先ほどの須田年生教授が大きな業績を挙げたのはこの領域です。

 

造血幹細胞を含む骨髄細胞は、移植によって造血機能を失った患者の造血能力を復活させることはよく知られています。

実際に造血幹細胞移植は、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫など、血液がんと呼ばれる疾病の治療に役立っています。

 

どんなことが明らかになったのか?

この研究成果をまとめると、「造血幹細胞活性を制御する新規分子の同定に成功した」ということになります。

 

造血幹細胞は自己複製を行うと共に血液の様々な系統に分化し造血系を維持しますが、造血幹細胞活性がどのように制御されているのかについては明らかではありません。

エピジェネティック因子であるMBTD1/HEMPmbt domain containing 1/hematopoietic expressed mammalian polycomb)が造血幹細胞活性に重要な役割を果たしていることが以前明らかになりましたが、この遺伝子を欠失させたマウスはKlippel-Feil症候群に類似した骨形成不全により生後すぐに死亡するため、研究を深めることができませんでした。

そのため、MBTD1の機能は不明な部分が多く、研究はなかなか進歩しませんでした。

 

今回研究グループは、このMBTD1の研究が継続して可能なマウスを開発し、造血系の解析を行っています。

つまり、研究に使うことができるマウスをまず作るところから始まり、今回の研究成果へとつなげたわけです。

 

今回の解析では、MBTD1は転写因子であるFOXO3aを介して細胞周期(細胞分裂のタイミング)を調節すると共に、他領域の分子と相互作用して、エネルギー代謝を調節することで造血幹細胞活性を制御していることが明らかになりました。

 

先天的に、そして後天的にMBTD1を欠失したマウスの作製に成功したことで、MBTD1はこれまでわかっていた胎生期の造血幹細胞活性だけでなく、成体の造血幹細胞活性にも重要であることが明らかになりましたが、これは遺伝子の発現を調節する転写調節因子、FOXO3aを介する経路と介さない経路、双方の経路をMBTD1が調節しているという大きな発見です。

 

このレベルの直接性を持って幹細胞の細胞周期調節をする分子が見つかったのは、今回の

MBTD1が初めてです。

今後は、MBTD1がどのようなメカニズムで目的の遺伝子、タンパク質に結合しているのか、結合してどのように機能を発揮しているのかを解析することが重要になります。

これまで造血幹細胞維持機構は全くわかっていなかったわけではなく、断片的に明らかになっている部分があります。

この部分とMTBD1はどのように協調して造血幹細胞を調節しているのかを解析することによって、造血幹細胞移植、再生医療に役立つ知見が得られると期待されています。

 

目次