ヤンバルクイナなど希少鳥類のiPS細胞を初作製 保全や治療薬の開発に期待

目次

1. 絶滅危惧種のiPS細胞を作成

岐阜大学、岩手大学、国立環境研究所、猛禽類医学研究所、NPO法人どうぶつたちの病院沖縄を中心とするグループは、日本国内に生息する絶滅危惧種である、ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシから人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立しました。

絶滅危惧種に指定されている動物は、様々な方効果の研究によって、保護、または繁殖による個体数維持されようとしていますが、貴重な個体のために実験動物として扱うことができません。

そのため、今回の研究で樹立されたiPS細胞は、この問題の一端を解決するものとして期待されています。

iPS細胞作成のもととなる体細胞は、飼育している個体、または死亡後時間の経過していない個体から採取されました。

特にヤンバルクイナは、ほとんど飛ぶことができないために移動は地上をある事が中心になります。

個体の中には、道路で自動車に轢かれるものも時々出現します(ロードキル)。

これらの個体からすぐに細胞を採取し、研究チームはiPS細胞の樹立を試み、成功しました。

2. ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシを取り巻く現状

ヤンバルクイナは、クイナ科に分類される鳥類ですが、ほとんど飛ぶことができません。

沖縄本島北部の山原(やんばる)地域にのみ生息する固有種で、1981年に発見されました。

この発見以前には、地元の人々、野鳥愛好家には認識されてはいましたが、新種とはされておらず、その行動から地元の人々はアガチ、またはアガチャ(沖縄の言葉で慌て者という意味)と呼ばれていました。

野鳥愛好家の間では、「沖縄本島に生息しないはずのキジがいる」という噂がありましたが、1981年の山階鳥類研究所の調査によって新種である事が認定されました。

ヤンバルクイナの生息数は、2014年の調査では約1,500羽と推測されています。

環境省では、ヤンバルクイナ保護増殖事業計画が策定されていますが、生息地域が現時点でも安定せず、絶滅危惧種に指定されています。

野生から保護された卵の人口孵化には成功しており、飼育下の繁殖個体同士から第二世代の雛を孵化させることにも成功しています。

 

ライチョウはキジ科に分類される鳥類で、日本での生息数は信州大学の調査によると、約2000羽から3000羽と推測されています。

ロシア、スコットランドなど、比較的寒冷な地域に生息していますが、日本にいるライチョウは学名が、Lagopus muta japonicaと呼ばれるもので、日本列島にのみ生息しています。

 

岐阜県と石川県の県境に位置する白山では大正初期を最後に確認が途絶え、絶滅したと認定されました。

その他各地で、過去確認されていたが現在は確認できないという状況が相次いでいます。

 

2005年の調査では、新潟県頸城山塊に約20羽から30羽。北アルプスの朝日だけから穂高岳にかけて約2000羽、乗鞍岳に約100羽、御嶽山に約100羽、南アルプるの甲斐駒ヶ岳から光岳にかけては約700羽から800羽が生息しているとみられています。

 

猛禽類や、哺乳類に捕食されるケースもありますが、現在はヒトが持ち込む病原菌、特にサルモネラ菌、ニューカッスル病などの感染によって個体減少に拍車がかかるのではないかと心配されています。

 

オスの比率が高い地域は絶滅の前兆とされ、ヒトによる環境の影響と同様に、オコジョ、テン、キツネなどによる捕食についても対策が検討されています。

また、ニホンザルがライチョウを捕食するという証拠は2015年に確認されており、新たな対策が考えられています。

 

シマフクロウは、全長が約70センチ、翼を拡げると180センチにも達する大型のフクロウです。

日本では北海道のみに生息していますが、世界でも、中華人民共和国北東部、朝鮮民主主義人民共和国、ロシア南東部のみに生息しています。

朝鮮半島では、韓国では個体が確認されたことがなく、北部のみに生息しているとされていますが、現在は朝鮮人民共和国での調査が難しくなっており、最新のデータを得ることはできません。

 

世界全体で推定個体数は1000羽から2500羽であろうと予測される希少種です。

開発による生息地の破壊などが原因ですが、シマフクロウの行動が非常に繊細で、人間活動の影響を受けやすいことも理由の一つです。

繁殖期に人間が近づいただけで繁殖行動を放棄するケースがいくつか報告されており、保護地に人間を近づけないなどの対策が必要です。

 

イヌワシは世界各地に生息しており、日本に生息する学名、Aquila chrysaetos japonica をニホンイヌワシとしています。

Aquila chrysaetos japonica は、日本だけでなく朝鮮半島にも生息していますが、いずれも個体数は少なく、日本国内では約400羽から500羽程度が生息していると考えられています。

 

ニホンイヌワシは、繁殖に失敗するケースが多い事で知られています。

この失敗は、自然環境によるもの、落雪、巣の崩落などが主な原因で、人間による巣の保全が必要と考えられています。

3. iPS細胞を作成するまでの困難

ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシのiPS細胞を作るためには、彼らの体細胞が必要です。

しかし、個体数が少ない動物種ですので、捕獲して細胞を採取するというわけにはいきません。

 

そのため、iPS細胞のもととなる細胞の確保には困難が伴いました。

ヤンバルクイナのようにうまく飛べずに地上を移動するものは、車などに轢かれてしまった事故個体から細胞を採取しました。

ライチョウは生息地域が高山であるため、登山によって生息地にまで行き、死体、または羽に付着している細胞を採取しなければなりません。

 

さらに、シマフクロウ、ニホンイヌワシになるとさらに困難です。

個体数が少ない上に、飛行する範囲が広いために落ちている羽も見つけることが困難です。

多大な労力をかけて目的の体細胞を採取し、今回iPS細胞株を樹立したのですが、このiPS細胞は何に使うのでしょうか?

4. iPS細胞による希少個体の解析

研究者達は、樹立したiPS細胞を神経や肝臓の細胞に分化させることで、鳥インフルエンザに伴う脳炎での死亡リスク、肝臓における汚染物質の代謝や毒性に対する応答などを調べるとしています。

 

これまで希少種のこういったウイルス、汚染物質への応答は推測するしかありませんでしたが、細胞を使って解析することによってリスクがかなり正確に予測できます。

 

絶滅危惧種、希少種では個体を使った実験はまず不可能ですので、iPS細胞を使って分化誘導した各種細胞でなければこういった解析はできません。

さらに、生殖細胞などの作成を通じて、生殖、繁殖、そして個体発生の基礎研究を行い、効率的な繁殖を進めるための基礎知見、保護する上で重要な点を明らかにできるとしています。

 

また、スコットランドのロズリン研究所でクローン羊のドリーを作成したように、個体をiPS細胞から生み出すことも可能性の一つとして挙げられます。

このことについては、倫理的な問題がありますのでそうそう簡単に着手できる研究テーマではないのですが、個体数が回復できず、絶滅は時間の問題、つまり事実上の絶滅となった場合は、iPS細胞から個体を作ることについても本格的に議論されるでしょう。

 

日本では珍しいニュースとしてわずかに報道されただけという感がありますが、欧米ではこの研究結果は高く評価されており、iPS細胞はヒトの健康だけでなく、地球環境の保全にも有用であるという論調がいくつか見られます。

 

日本だけでなく、世界各地には絶滅危惧種が多く存在し、絶滅危惧種に指定される動物、植物も増える一方です。

二酸化炭素排出などの環境問題をiPS細胞で解決することは難しいのですが本来地球に存在している動物種を保全するという面では、iPS細胞は今後大きな役割を果たすと考えられます。

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