1. 幹細胞由来の細胞を使った糖尿病治療
細胞を移植する治療をベースに考えると、iPS細胞そのままで移植するのではなく、iPS細胞から目的の細胞を分化誘導し、その細胞を移植するという治療が多く用いられる、または開発が進められています。
今回、アメリカのViaCyte社が発表した1型糖尿病の治療に用いる治療法試験の結果は、このiPS細胞を分化誘導した細胞を使ったものです。
まず、ViaCyte社とは、アメリカの再生医療企業で、1型糖尿病、2型糖尿病をターゲットにした治療方法、医療製品の研究、開発を目的とした企業です。
サンディエゴに本社を置き、細胞置換療法を中心にして研究開発を行い、多くの知的財産を有しており、20年以上にわたって新しい治療方法を提案しています。
この企業がターゲットにしている糖尿病は、大きく分けると、1型糖尿病、2型糖尿病、そして境界型糖尿病があります。
1型糖尿病は、膵臓のランゲルハンス島でインスリンを分泌しているベータ細胞が死滅してしまう疾患です。
主な原因として、自分の免疫細胞が自分の膵臓を攻撃し、ベータ細胞を破壊してしまうためと考えられています。
これは「自己免疫性1型糖尿病」と呼ばれることがありますが、自己免疫反応がない場合の1型糖尿病もあり、これは「特発性1型糖尿病」と呼ばれています。
1型糖尿病患者の多くは、10代で発症します。
ベータ細胞が破壊されるために、血糖を下げる作用を持つ運スリンの分泌が低下、または分泌されなくなるため、血中の糖が上昇し、糖尿病性のケトアシドーシスを起こす危険性が高くなります。
この対策として、インスリン注射などを行いますが、この治療は常に必要なので、患者の生活に大きな影響を与えることとなります。
そして2型糖尿病は、インスリンの分泌の低下と感受性低下の2つの原因で起こる疾患です。
欧米の患者は、インスリン抵抗性が高い状態、つまり感受性が低下している状態が大きな原因ですが、日本の患者では、膵臓ベータ細胞のインスリン分泌低下も大きな原因です。
一般的な認識では、感受性低下による糖尿病は太っている身体の状態が典型である糖尿病、インスリン分泌能の低下による糖尿病は、痩せた糖尿病とされています。
この認識はあくまで発症初期の状態で見られるものです。
この2型糖尿病は、遺伝的因子、つまり糖尿病へのなりやすさが遺伝することと、生活習慣が原因で、生活習慣病に分類されています。
そして2型糖尿病は日本人の糖尿病の9割を占めています。
境界型糖尿病は、現在は2型糖尿病の前段階とされています。
実際は、糖尿病の診断基準を満たさないことが多いため、糖尿病ではなく、「糖尿病予備軍」とされることが多い疾患です。
この段階では、食事療法、運動療法、そして経口血糖降下薬による治療で慢性期の合併症を予防する可能性があります。
2. 1型糖尿病の治療方法
1型糖尿病患者への治療方法としては、膵臓移植、またはランゲルハンス島の移植が有効である事が知られています。
1型糖尿病の原因は、膵臓のランゲルハンス島でインスリンを分泌をしているベータ細胞が破壊されているため、このベータ細胞を移植によって復活させることが目的です。
しかし、移植の効果は次第に低下するために、再度の移植が必要になる可能性が高いなど、まだ治療方法に改善しなければならない点が存在します。
しかし、この移植による治療方法の利点は、インスリン治療から離れることができる、また移植前に比べて血糖のコントロールが容易になるという事が挙げられます。
しかし、この細胞移植のためにはドナーが必要です。
様々な移植治療と同様に、ドナーが不足しているという点が大きな問題となっています。
この解決策として、ES細胞、iPS細胞という幹細胞から膵臓ベータ細胞を分化誘導して移植する方法が模索されています。
膵臓ベータ細胞の分化誘導の研究は、「人工幹細胞の内胚葉分化誘導機構の解明」というかたちで行われています。
この研究は、膵臓関連の細胞だけでなく、肝臓、腸などへの分化誘導にも応用できることから、汎用性のある研究になっています。
ViaCyte社は、多能性幹細胞由来の膵臓内胚葉細胞をカプセルに封入し、1型糖尿病の皮膚下に移植する治療を臨床試験として行っています。
膵臓内胚葉細胞をカプセルに封入する方法は、すでにViaCyte社が2017年に特許を出願しており、この治療方法が確立されればViaCyte社の独占的な治療方法となります。
3. 第1相、第2相の試験とは?
ViaCyte社の行っている試験は、治験と呼ばれる、医薬品・医療機器の製造販売に関して、法律上の承認を得るために行われる臨床試験のことです。
厚生労働省が定めた法律と、国際的なルールで行われ、ここで得られたデータをベースにして医薬品として適切かどうかを厚生労働省が審査します。
治験は以下の4段階で行われ、幹細胞を使った臨床試験も以下の流れで行われます。
第1相試験は、フェーズ1とも呼ばれます。
試験目的は、試験する薬を少量から段階的に増量し、その薬の吸収、体内の分布、代謝、排泄という薬物動態と、有害事象と副作用関連の安全性について検討する試験です。
基本的に、自由意志に基づいて志願した健常成人を相手に行われる試験です。
この試験は動物実験の結果を受けてヒトに適用する最初のステップで、まずは安全性を検討するためのプロセスです。
抗がん剤の試験では、この第1相試験で、第2相試験で用いる用法・用量の上限を検討することも重要です。
第2相試験は、第1相試験の結果を受けて、比較的軽度とされる少数例の対象疾患患者に対して行われます。
有効性、安全性、薬物動態の検討を行う探索・検証の目的を持つ試験で、第3相の試験で用いる用法・用量の検討が最終目的です。
有効性や安全性を確認しつつ、投与量を増量したり、プラセボ群を使って用量反応性を検討する試験デザインが採用されます。
第2相試験は、探索的な前期と、検証的な後期に分割して行われることもあります。
ViaCyte社が発表した結果は、この第2相試験までの結果が良好で会ったという内容です。
4. これからの試験はどのように行われるか
この後、臨床試験は第3相に入り、実際にその薬を使うと思われる患者を対象として行われます。
規模は第2相と比べて大規模となり、それまで検討された有効性を証明する試験段階です。
ランダム化、盲検化を試験デザインとして採用し、数百例規模以上になることも多数あります。
そして第3相試験終了後、それまでの試験成績をまとめて医薬品の製造販売承認申請が行われます。
第4相試験は、製造販売後臨床試験とも呼ばれ、実際に発売されて実用化されてから行われる試験です。
この試験では、第3相試験までに検出できなかった予期できなかった有害事象、副作用を探索することが目的です。
ここまでの試験結果は、「Insulin expression and C-peptide in type 1 diabetes subjects implanted with stem cell-derived pancreatic endoderm cells in an encapsulation device」と「Implanted pluripotent stem-cell-derived pancreatic endoderm cells secrete glucose-responsive C-peptide in patients with type 1 diabetes」というタイトルの論文に掲載されています。
試験結果が詳細に掲載されており、今後の第3相試験に向けても考察されています。
第1相、第2相の試験は、開発する医薬品によっての違いはそれほどなく、おおよそ同じタイプの試験が行われますが、第3相試験では開発する医薬品によって様々なパターンの試験がデザインされます。
この試験の中では、これまでドナーから移植した場合に頻発した、「移植した細胞が機能しなくなったために再移植」が必要かどうか、また必要だとしたらどのくらいの頻度で再移植しなければならないかまで検討されると考えられます。
皮下に移植という比較的容易な移植のため、このViaCyte社の開発しているこの治療方法が確立されれば、1型糖尿病の治療がこれまでとは比べものにならないレベルで患者に負担をかけない容易な治療になるのではないかと期待されています。