幹細胞からミニ臓器を作る

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ミニ臓器を作る新しい方法

イギリス、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL: University College London)、グレート・オーモンド・ストリート小児病院(GOSH: Great Ormond Street Hospital)、イタリア、バドヴァ大学(UNIPD: Universita degli Studi di Padova)の研究グループは、ハイドロゲルを用いて幹細胞で作られたミニ臓器の内部に3Dプリントする方法を開発しました。

この研究内容は、2023530日付けのNature Communicationsに発表されました。

 

ミニ臓器は「オルガノイド」と呼ばれているもので、人工的に生体外で作られた小さな臓器です。

医学、生命科学の歴史で長く使われていた培養細胞は、培養皿の底に張り付いた状態で、研究で使われてきましたが、近年はこの2次元状態の培養細胞を生体内の状態に近い3次元構造の細胞集団にして研究に使うことが主流になりつつあります。

 

人工的な3次元細胞塊

培養細胞を使った研究の歴史は長く、3次元の細胞集団にするという研究は21世紀になってから盛んになった分野です。

最初は、培養細胞を培養皿の底から引きはがし、細胞が付着しない素材の培養皿で培養することによって浮遊している細胞が合体して3次元細胞塊を作るという方法が採られていました。

 

その後、そうやって構築した細胞塊でも細胞増殖を行うことが明らかとなったため、細胞の塊を作る細胞数を極力少なくし、細胞増殖で細胞塊を大きくするという生体内の状態を模した実験方法が使われるようになりました。

また、1つの細胞で培養を開始し、増殖することによって複数の細胞から構築される細胞塊を作るという技術や製品も開発されました。

 

こうして作られた細胞塊は3次元細胞塊(3D細胞塊)と呼ばれ、現在では様々な分野で使われています。

そしてブレイクスルーとなったのが2010年代に実現した「幹細胞を分化させて細胞塊を人工的に作る」という技術です。

この技術によって作られた臓器をもした細胞塊が「ミニ臓器」あるいは「オルガノイド」と呼ばれるものです。

 

オルガノイドで作られたミニ臓器

iPS細胞、ES細胞などを分化させ、臓器を模して作られたミニ臓器は、顕微鏡で観察すると本物の臓器そっくりの解剖学的構造を持っています。

現在は数ミリメートルから1センチメートルに届くか届かないかという大きさが限界ですが、これまでの人工的な培養細胞とは異なり、生体内の細胞の性質を再現できることから多くの研究チームが用いています。

 

現時点で、「組織の細胞(外科的に取り出された細胞など)」、「iPS細胞」、「ES細胞」を使って、自己複製能力及び幹細胞では分化能力を使って自己組織化させて作る方法が採られており、科学ジャーナルの「The Scientist(ザ・サイエンティスト)」では、オルガノイドを2013年における最大の科学的進歩としています。

研究用は、身体の形成、分化を研究する発生生物学、医学における疾病の発病プロセス、治療方法の探索、そして創薬などの薬学分野で広く使われています。

 

正常組織由来のオルガノイド、疾患組織由来のオルガノイド療法を作る技術がすでに開発されており、現在はオルガノイドを移植に用いた再生医療への応用研究も進行中です。

 

オルガノイドを作るためのハイドロゲルとは?

今回の研究報告におけるミニ臓器は、ハイドロゲルを用いて幹細胞から作られたオルガノイドです。

ハイドロゲルは耳慣れない言葉ですが、我々の周囲にはたくさん存在し、様々な製品になっています。

代表的なものとしては、ゼリー、寒天、ソフトコンタクトレンズ、そして紙おむつはハイドロゲルを使っています。

 

主に高分子の固体が溶媒を吸い込んで膨潤した状態、かつそれ自体には流動性のないものを「ゲル」と呼びます。

そしてこの溶媒が水である場合を「ハイドロゲル」と呼んでいます。

 

ハイドロゲルの基本骨格は、3次元の網目構造になっており、この網目の間に水分子が入り込みます。

水が入り込んだ骨格は、ぷよぷよとして感触を持つ物質となります。

紙おむつなどに入っている吸収性ポリマーに水を吸収させれば簡単にハイドロゲルを作ることができます。

 

網目構造は「架橋させる」事が必要ですが、この架橋が共有結合であるものは「化学ゲル」としてコンタクトレンズ、紙おむつに使われています。

一方で、架橋が水素結合、イオン結合で作られているものは「物理ゲル」と呼ばれ、ゼリーがその代表例です。

 

化学ゲルは外部刺激に強い構造で、様々な環境下で安定した状態を保ちますが、物理ゲルは熱などによって状態が変化してしまいます。

典型的な例としては、吸収した後の紙おむつが挙げられます。

紙おむつは化学ゲルですので、共有結合によって半永久的に安定した構造になっており、そのため漏れ出すことが非常に少なくなっています。

 

ハイドロゲルをどうやって細胞培養に使うのか?

細胞を3次元で培養する技術には様々なものがありますが、大きく分けるとスキャフォールド(足場)型とスキャフォールドフリー型に分けられます。

 

スキャフォールドフリー型は、細胞が凝集することによって細胞塊を作るやり方です。

培養液の中に細胞はぷかぷか浮いており、その細胞が互いに合体して細胞塊を作る、または浮いている細胞が増殖して細胞塊を大きくするというイメージです。

 

一方でスキャフォールド型は、細胞を支持体を使って培養します。

ハイドロゲルを使った培養方法はこのスキャフォールド型に分類され、ハイドロゲルは支持体として使われます。

 

培養される細胞は、このハイドロゲルの中に歩うまい処理されていることもあれば、単純に表面をコ―ティングされていることもあります。

生体内の状態を再現するために、このハイドロゲルは細胞外基質タンパク質系ハイドロゲル、天然ハイドロゲルがよく使われますが、やや安価なものとして合成ハイドロゲルも使われています。

 

こうした高分子性硬質材料支持体では、細胞は繊維状、スポンジ状の構造体の存在下で培養されるため、平面上に存在することがありません。

そのために、細胞が2次元状態になる事がなく、3次元状態を維持することができます。

こうした状態を維持することで生理学的に体内に近い環境下となり、細胞の性質が生体内の細胞と近くなります。

 

ハイドロゲルは多種多様の素材から作られていますが、ポリスチレン、ポリカポロラクトンなどが用いられます。

ポリスチレンは透明性があるので、顕微鏡を使った画像処理、画像解析に適しており、ポリカポロラクトンは生分解性があるため、細胞構造を構築後は分解して実験系から除去することが容易にできます。

 

ハイドロゲルと今回の研究、そしてこれからの3次元培養技術

今回の研究は、ハイドロゲル無いに固形構造を作り、ゲル内で成長するオルガノイドが特定の構造になるように誘導できる技術です。

この技術によって、オルガノイドの形状、活性を制御するだけでなく、組織を強制的にある方向に成長させることも可能になります。

 

そもそも研究チームは、硬さ、密度が異なる組織をどうしてがん細胞は移動できるのか?を明らかにするためにこの研究に着手しています。

がん細胞の動きを研究することは、がんの転移メカニズムを明らかにする上で非常に重要なポイントです。

さらに、この技術をがん細胞から神経細胞であるニューロンへ応用することも試みています。

 

iPS細胞の出現によって、3次元培養技術の進歩が必要とされてから10年以上経過しました。

その間、3次元培養技術は飛躍的に進歩し、人工的な環境(in vitro)で行う実験と、生体内(in vivo)で起きていることのギャップが徐々に解消されつつあります。

この技術は、治療の進歩に加えて実験動物の使用に関する倫理的な問題を回避することにも役立っています。

 

この研究で開発された3次元プリントをもとにした3Dバイオプリンティングは、生体材料、生存細胞を狙ったところにポジショニングできることから、広範囲の医療分野で応用されることが見込まれています。

こうした技術は未だ初期の開発段階にありますが、将来、創薬や毒性試験において不可欠なツールへと進化していくことが大いに期待されます。

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