ロボットによる再生医療技術の進歩

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細胞培養技術の進歩

iPS細胞などを使った培養方法は、目的のタイプの細胞に分化させるために様々なパターンで培養されます。

そのため、培養の手技(ハンドリング)には習熟が必要であり、誰でもできるというものではありません。

しかし、培養手法を行うことができる人的リソースは限られており、培養のいくつかのステップを自動化して効率的に行おうとする技術開発が盛んに行われています。

そして再生医療の細胞製造現場では、ロボットによって培養液交換が自動化されたり、細胞を培養器に自動的に出し入れすることが当たり前になりつつあります。

 

再生医療では機能しなくなったヒトの臓器の代替物をiPS細胞などから作成するものがありますが、ヒトの臓器は大量の細胞から構築されています。

例えば、ヒトの肝臓に存在する幹細胞は、2000億個から2500億個くらいと言われています。

比較的小さな臓器である膵臓でも108乗個、1億個レベルの細胞によって構築されています。

そのため、再生医療では大量の細胞が必要となります。

 

しかし、従来使われている培養器であるディッシュ、フラスコを用いる実験室的手法では限界があります。

この環境で一定以上の品質の細胞を大量かつ低コストで生産することは難しく、これを可能とするための培養装置、システムの開発が必要です。

 

従来の細胞培養と大量培養の課題

細胞の培養方法としては、何らかの人工的な足場に細胞を接着させる接着培養と、培養液中に細胞を浮遊させる浮遊培養の2つに分けられます。

接着培養は観察が容易なため、細胞の状態を形態観察によって一次判断しなければならない幹細胞に使うと有効です。

しかし、細胞の終了は培養面積に依存するため、より多くの細胞を必要とする場合は培養装置が複雑、かつ大規模になってしまう傾向があります。

一方で、浮遊培養の場合は細胞の終了は培養液の体積に依存します。

接着細胞と比べると大規模にする際にはあるレベルまでは簡単なのですが、培養するための細胞と培養液の体積が多量になると培養液の撹拌が必要になるため、装置もそれに従って複雑になります。

 

再生医療に使うための大規模培養する場合、これまで使われてきた実験室的な手法では考慮されてこなかった問題に直面します。

まずは培養液中の細胞への酸素供給が挙げられます。

実験室で使われるスピナーフラスコでは、培養液が1リットルを超えると上面通気のみでは酸素供給が不十分となります。

そのため、従来の細胞培養では間欠的なスパージングというステップが必要になります。

スパージングとは、酸素などの気体を気泡として液体内に導入する方法です。

 

全能性幹細胞は基本的に嫌気呼吸であるために酸素の消費はそれほど高くないので、実験室における細胞培養ではそれほど酸素不足を気にする必要はないのですが、再生医療に必要な細胞数を確保するためのスケールアップにおいては酸素透過膜を使った酸素供給、マイクロバブルの利用などに頼った酸素供給法の検討が必要になります。

 

次に課題になるのは、コンタミネーションの抑制です。

コンタミネーションとは、細菌などが培養液に混入して増殖してしまう現象です。

そのため、一般的に培養装置の多くは閉鎖系であり、培養中に細菌などが混入することは防止できますが、細胞を播種するステップ、回収するステップではコンタミネーションのリスクが考えられます。

 

リスクが生じるステップでは、閉鎖系の培養装置が一時的に解放されることがコンタミネーションのリスクとなるわけですが、大量培養の場合はさらに投入する培養液の量も多く、操作が煩雑になる傾向があります。

 

こうした操作を人が行うためには、培養技術を持った人材の育成が必須です。

しかし人材は一朝一夕に育成できるものではなく、さらに人件費なども考えると、時間とお金がかかります。

 

細胞培養の自動化と培養ロボット開発

こうした状況を改善するために、機械メーカーでは細胞培養ロボットを開発し、いくつかの実用化にすでに成功しています。

 

金沢市に本社を構える澁谷工業ではロボット培養システム「CellPROi」を開発し、いくつかの研究機関で実際に使われています。

このシステムは、コンタミネーションを防ぐために、過酸化水素蒸気による除染可能な双腕ロボットを内蔵したアイソレータです。

特徴としては、以下の点が挙げられます。

 

  1. 過酸化水素蒸気による除染が可能である双腕ロボットを搭載
  2. 細胞培養操作から最も汚染のリスクがあるヒトを隔離
  3. 大がかりな施設が不要でコストが大幅に削減できる
  4. 複数のインキュベータ(培養器)を無菌的に脱着可能で、大量培養に対応可能
  5. 品質のばらつきを防ぐ培養が可能
  6. 熟練技術者と同レベルの繊細で安定した細胞操作が実現
  7. オペレータの人件費の削減
  8. リモート操作機能により、外部からの手動操作にも対応
  9. 使用者の培養ノウハウについてはブラックボックス化されるので技術流出が防止できる。
  10. バリデーションコスト、運用コストの低減で低ランニングコストを実現
  11. 製薬企業で多数の実績を持つHYDEC型過酸化水素蒸気除染システムを内臓

 

さらに、第一三共RDノバーレでは、創薬開発に細胞培養を自動化したシステムを導入しており、化合物のADMETスクリーニングを迅速に行う態勢を整えています。

薬の効果を確認するための薬効スクリーニングは、並行して創薬段階のかがうぶつの物性/ADMETを評価して化合物特性を早期に把握すれば、創薬の成功確率とスピードを上げることができます。

 

この自動化システムによって以下の事が実際に行われています。

  1. 細胞単層膜を用いた膜透過性評価(主に腸管吸収性を予測)
  2. トランスポーターに対する基質認識性評価(臓器細胞への特異的な取り込み、排泄を予測)
  3. 心筋イオンチャネルに対する阻害効果を評価(心毒性、特に催不整脈性を予測)
  4. 細胞に対する障害性を評価(組織障害性を予測)
  5. 遺伝子に与える影響を評価(遺伝毒性を予測)

 

細胞培養のロボット導入は、こうした創薬でのニーズか生まれました。

これらの培養ロボットで行うことができるステップは、従来は人が人力でやっていたものであり、これらの省力化、省人化によって開発コストと開発スピードアップが昔から考えられていました。

近年になってこれらが実現し、細胞培養ロボットが開発されて日本国内だけでなく、世界の研究室、製薬企業で使われるようになりました。

しかし、ロボット本体は依然として高価なため、導入できる資金力を持っている研究機関は限られており、今後の課題はこの導入コストをどれだけ抑制できるかであると考えられています。

 

幹細胞を使う研究室での現状

こうした細胞培養ロボットは、再生医療で細胞の大量培養を必要とする機関ではすでにいくつかで使われています。

ロボットアームによって培養液を交換したり、細胞をインキュベータに出し入れするというステップがロボットによって自動化されています。

再生医療の研究開発、そして実際に使う細胞の培養においては、実験量の増加、作業時間の削減などの需要の高まりがあり、こうしたロボットは状況が許せば積極的に導入されつつあります。

 

これまでバイオ業界では、単純な操作については自動化された装置、機器が使われていました。

しかし、1つの装置でできることは1つであり、他の操作は人の手によって行う必要がありました。

しかし近年になって、細胞サンプルの移動まで行うことができる装置、ロボットが開発され、さらに複数の装置を制御するソフトウェアが開発され、単純操作を行う装置を組み合わせて一連の作業ができるシステムが組み上がりました。

 

再生医療が低コストで提供されるためには、治療に使う細胞の大量培養コストをいかにして低く抑えるかがハードルでしたが、近年盛んになってきたこの細胞培養ロボットによって実現しつつあり、今後の再生医療実用化に向けて大きな進歩であると期待されています。

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