武田薬品、難病向け細胞治療薬の新設を大阪工場に

目次

1. 武田薬品工業、主力工場に新しい幹細胞製品製造ライン

武田薬品工業は大阪市にある主力工場に、新たな治療薬の製造ラインを設置したと発表しました。

この製造ラインは幹細胞治療製品の治療薬のためのラインで、幹細胞治療製品のラインとしては今回が初めての設置となります。

生産する幹細胞治療薬はクローン病の合併症治療薬で、2021年9月に国内での製造販売承認を取得したものです。

大阪工場で生産した製品は、迅速に全国に運ばれます。

この製品は、まずは患者の手術予定に合わせて納入日を決定し、製品を製造して運搬するという流れになります。

製品が製造されてから72時間以内の投与が必要という、製品自体に厳しい時間設定があるため、製造、運送の効率化が必須となります。

主力の大阪工場に製造ラインを設置したのも、こうした効率を求めるシステムには中心として機能している主力工場である必要性があるためと考えられます。

さらに、製品の製造、配送中の現在地などを一元管理することも同時に発表されており、これからの再生医療製品生産から臨床での使用の流れにおいて新しい試みがいくつも行われると予想されます。

2. クローン病とは?

クローン病は、炎症性腸疾患の1つです。

炎症性腸疾患とは、大腸や小腸の粘膜に、慢性の炎症または潰瘍を引き起こす疾患で、原因不明のものをこう呼んでいます。

クローン病のクローンは、疾患という生命科学の分野の話ですので、細胞のクローン(遺伝的に同一である細胞、個体。またはその集合)を思い浮かべてしまうかもしれませんが、発見者の名前です。

1932年、アメリカ、ニューヨークマウントサイナイ病院で内科医のクローン氏らによって、限局性回腸炎として報告された疾患が、クローン病です。

クローン病は若者に多く見られる疾患です。

口腔内から肛門までの消化管、どの部位にも起こる可能性があり、起こるとその部位に炎症、潰瘍などが発生し、粘膜が欠損してしまいます。

特に起こる頻度の高い部位は、小腸と大腸、そしてさらに起こりやすい部位は、小腸末端部です。

非連続性の病変が特徴とされていますが、この非連続性の病変とは、病変と病変の間に正常部分が存在することです。

つまり、病変部位と正常部位がモザイク状になっており、これらの病変によって、腹痛、体重減少、下痢、血便などの症状が起こります。

クローン病の原因はいまだに不明で、いくつかの可能性が示されています。

  • 遺伝的な要因の関与(先天的な要因)。
  • 結核菌に似ている細菌、麻疹ウイルスによる感染症ではないかという説。
  • 食事の中に、腸管粘膜に異常な反応を誘導する成分が存在する可能性。
  • 腸管の微小な血管の血流が傷害されることによって起こる。

以上が原因なのではないかと考えられていますが、いまだにはっきりとこれが原因であると証明されたものはありません。

近年の研究では、腸内に存在しているリンパ球などの免疫担当細胞が、食事、そして腸内に常在する腸内細菌に対して過剰に反応し、この反応に個体が持つ遺伝的な要因が関与して発症するのではないかと考えられています。

このクローン病は、指定難病になっており、日本では人口10万人あたり約25人が発症します。

アメリカではこの数が、10万人あたり約200人ですので、日本ではこの数を見る限りそれほど多くありません。

しかし、1976年には約120人であった患者数が、平成25年度には約4万人と増えており、近年患者数が増加傾向の疾患です。

3. クローン病の治療

クローン病の治療は、栄養療法、薬物療法を中心とした内科治療と外科治療があります。

傾向として内科寮が中心となることが多いのですが、クローン病は、腸閉塞、穿孔、腫瘍などの合併症を起こすことが多く、この場合は外科治療が必要となります。

外科治療の場合、腸管をできるだけ温存するために、切除はなるべく小範囲に抑える、狭窄形成術などが行われます。

また、症状として狭窄が出た場合は、内視鏡を使って狭窄部を拡張する治療が行われる場合があります。

ほとんどのケースで行われる栄養療法、食事療法ですが、これは栄養状態の改善だけでなく、腸管の安静、食事による腸管への刺激を取り除くといったことで、腹痛、下痢などの症状を改善する、また消化管病変部位の改善を狙った治療方法です。

栄養療法を行う場合、経腸栄養(腸を介して体内に栄養を送る)と、完全中心静脈栄養があります。

経腸栄養は、免疫担当細胞を刺激しないために、抗原性を示さないアミノ酸を主体として、脂肪をほとんど含んでいない成分栄養剤と、脂肪含量がやや多く、少量のタンパク質も含む消化態栄養剤があります。

また、この経腸栄養療法が使えない場合、または広範囲に小腸病変が存在する場合、そして高度な狭窄が見られる場合は、完全中心静脈療法が用いられます。

疾患の活動性、そして症状が落ち着いていれば、通常の食事が可能ですが、食事の中に含まれている成分による病態の悪化は常に可能性としてつきまといます。

一般的には低脂肪の食事が推奨されていますが、患者によって病変部位、消化吸収機能、そして疾患の消化吸収機能への影響が異なっているため、医師だけでなく、栄養士の指導も受けて食事治療を進めることが必要です。

内科的療法は、投薬が中心で、薬物治療ではない内科的な治療は、血球成分除去療法があります。

血球成分除去法は、血液中の白血球などを吸着によって除去、または機能を変化(活性を無くす処置を含む)させる治療法です。

顆粒球吸着療法、G-CAP、遠心法の3つがあり、クローン病以外には潰瘍性大腸炎の治療にも使われています。

薬として使われるのは、主に5-アミノサリチル酸製薬、副腎皮質ステロイド、免疫調節薬などの内服薬が中心です。

5-アミノサリチル酸製薬と免疫調節薬は、投薬によって症状が改善したとしても、再発予防のために継続して投与を行います。

さらに、抗Tumor Necrosis Factorα受容体拮抗薬(抗TNFα受容体拮抗薬:レミケード、ヒュミラなど)が使われます。

4. 武田薬品工業が生産する幹細胞治療薬

そして、今回武田薬品工業が主力の大阪工場に設置した生産ラインで作られる薬は、「アロフィセル(ダルバドストロセル)」という薬です。

クローン病によって、肛門、または直腸に膿がたまり、その結果穴があいてしまうという合併症があります。

この合併症は複雑痔ろうと呼ばれており、アロフィセルはこの複雑痔ろうに効果のある、幹細胞由来の治療薬です。

具体的にこの薬に説明すると、まず健康な成人の皮下脂肪組織から採取した間葉系幹細胞を単離、培養し、脂肪組織由来幹細胞を増殖させ、これをこの製品の成分とします。

投与方法は、複雑痔ろうの原発口周辺に直接局所投与します。

この薬の主成分である脂肪組織由来幹細胞は、炎症部位において、炎症性サイトカインの放出を抑制、さらに免疫担当細胞であるT細胞の増殖を抑制、さらに制御性T細胞の誘導によって免疫作用を調節、または制御する効果が確認されています。

このアロフィセルは、欧州では、2009年に欧州委員会で希少疾患病用薬として指定され、2018年に承認されています。

アメリカでは、2017年にアメリカ食品医薬品局(FDA)で希少疾患用薬として指定、2019年にはクローン病成人患者における複雑痔ろう治療製品として、再生医療先端治療(Regenerative Medicine Advanced Therapy:RMAT)指定制度の指定を受けています。

日本では、2021年9月6日に、厚生労働省で開かれた、薬事・食品衛生審議会再生医療等製品・生物由来技術部会で承認されました。

適応症は、「非活動期または軽症の活動期クローン病患者における複雑痔瘻の治療。ただし、少なくとも1つの既存治療薬による治療を行っても効果が不十分な場合に限る」とされています。

クローン病によって起こる様々な症状、合併症は、患者のQOL(Quality of life、生活の質)に大きく影響し、患者本人だけでなく、家族に大きな影響を与えています。

このアロフィセルは複雑痔ろうを改善することによって、患者のQOLの改善に大きく貢献する薬として期待されています。

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