脊髄損傷にiPS細胞を移植!慶応大が世界初の臨床研究を実施

目次

1. 脊髄損傷にiPS細胞を移植

慶應大学病院は、脊髄を損傷した患者にiPS細胞を移植する臨床研究における第1症例目の参加者に、細胞移植を行ったと発表しました。

臨床研究は「亜急性期脊髄損傷に対するiPS細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」というタイトルで行われました。

この研究は慶應大学医学部及び慶應大学病院が2019年度に実施許可を受け、開始準備をしていたものです。

 

2020年12月から臨床研究を開始しましたが、新型コロナウイルス流行の影響を受け、臨床研究を中断せざるを得なかったのですが、今回、最初の患者に対してヒトiPS細胞由来神経前駆細胞の移植を実施することができました。

2. 臨床研究の詳細

この研究の実施責任者は、慶應大学医学部の岡野栄之教授です。

岡野教授は、中枢神経損傷の拡大を抑制する、自律的な細胞の働きを解明するなど、中心系について大きな研究業績を挙げています。

また、子宮内に幹細胞が存在することを発見したのも岡野栄之教授で、この研究業績は子宮筋腫のメカニズム解明に役立つと考えられています。

 

そして、臨床研究を統括する責任医師は、同じ慶應大学医学部の中村雅也教授が務めています。

臨床での脊髄損傷治療のエキスパートで、多くの臨床的な研究業績を挙げています。

構成されたチームは、慶應義塾大学病で臨床研究、治療を行い、独立行政法人国立病院機構の村山医療センターが協力医療機関となっています。

 

正式な研究概要におけるこの研究目的は、「細胞移植の安全評価を主とする。副次的に有効性に評価する。」とし、研究対象者を亜急性期脊髄損傷の患者としています。目安として、第3/4頸椎から第10胸椎高位、受傷後2週間から4週間としており、目標症例数は4例です。

今回の発表は、この目標数4例のうち、最初の患者について臨床研究が着手されたという内容です。

 

臨床的な研究は、慶應義塾大学病院と村山医療センターが協力して行っていますが、移植用の細胞は京都大学で準備された幹細胞です。

正確には、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で作成された「再生医療用iPS細胞ストック」を準備し、移植用の神経前駆細胞に分化させます。

この分化誘導は、国立病院機構大阪医療センターで行われ、分化させた細胞は凍結状態で慶應義塾大学病院に送られ、病院内で凍結保管されています。

 

3. 移植手術の概要

移植手術は慶應義塾大学病院で、2021年12月に行われました。

手術スタッフは、責任医師の中村雅也教授が所属する整形外科教室のスタッフで構成されています。

 

手術は全身麻酔で行われ、患者をうつ伏せの状態にして手術を実施しています。

脊髄が損傷している場所には、うつ伏せになった患者の背中側からアプローチが行われました。

まず、超音波アプローブで、脊髄損傷中心部の位置を確認してから切開します。

脊髄を覆う膜を切開後、損傷した脊髄を露出させ、約200万個の神経前駆細胞(iPS細胞由来神経前駆細胞)をその損傷中心部に移植します。

細胞は、液体に懸濁された状態で損傷中心部に移植されますが、液量は20µl(1リットルの100万分の1の液体量)で、細胞懸濁液としてはかなり高濃度です。

 

この手術は、「脊髄損傷に対するヒトiPS細胞由来神経前駆細胞移植」とされており、世界で初の試みになります。

初めの試みのため、まずは安全性を最優先とし、移植した細胞数の検討などを小動物を使った非臨床試験で確認し、「安全性の確認」を目的として行われました。

この手術によって細胞移植の効果が確認されるケースもありますが、それは現時点では副次的なものとし、とにかく手術を受けた患者の安全性が確認できるかどうかに着目して行われました。

これは、移植方法などが患者にとって安全かどうかが医療においては重要になるため、まず安全性が高い手術方法の確立が最優先されるためです。

 

手術完了後、約3ヶ月までのデータをもとに安全性が評価されます。

この安全性評価は、独立データモニタリング委員会において行われます。

データモニタリング委員会は、DMCという略称でも呼ばれる組織で、臨床試験の評価に必要とされる専門的な知識を持つ委員から構成されています。

今回の場合、「独立」という名前がついているため、この手術の関係者以外の第三者によって構成されていると考えられます。

この委員会は、実施中の臨床試験における中間データについて、中立、かつ客観的に評価を行い、臨床試験の被験者の安全性確保、治験実施の倫理的、科学的妥当性の確保を目的として活動を行います。

その過程で、これらの妥当性の確保のために、適切と思われる助言、勧告を行うケースがあります。

 

今回は、この独立データモニタリング委員会の判定によって臨床試験の継続が可とされた場合のみ、2例目以降の移植を実施する予定です。

現時点では第1例目の患者についてこの判定のための観察段階に入っているため、2例目以降の参加者、つまり患者の募集を停止している状態です。

臨床試験の継続が可となった場合に、募集が再開されるのは2022年の4月頃という予定が発表されています。

 

4. 研究の支援体制について

慶應義塾大学病院が柱となって、村山医療センターが協力して臨床試験を行い、細胞は京都大学iPS細胞研究所、細胞の分化誘導は大阪医療センターで行われていますが、他にもこの研究を支援している組織があります。

 

この研究を支援する他の楚々期は、日本医療研究開発機構の再生医療実現拠点ネットワークブログラムの、「iPS細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄損傷・脳梗塞の再生医療」、そして再生医療実用化研究事業の「脊髄再生医療に付随するリハビリテーション治療の構築に関する研究」および、「亜急性期脊髄損傷に対するiPS細胞由来神経前駆細胞移植の臨床研究」による支援が行われています。

 

脊髄損傷、または脳梗塞による後遺症は、そのまま患者の生活を大きく変えてしまうものです。

自力歩行ができなくなるなどの後遺症によって患者の生活、人生が大きく変わり、家族などのフォローをする人々の生活にも大きな影響が出ます。

そのため、自力で生活できるレベルまで回復させることができる治療方法の確立は、これから高齢化社会を迎える日本にとっては喫緊の課題です。

 

脊髄損傷の症状は、損傷レベルによってさまざまな症状が表れます。

一般的に脊髄損傷と言えば、身体のいずれかの部分、または広範囲にわたって麻痺が起こることが知られています。

さらに、全身で合併症が発生することもあり、呼吸器合併症、循環器合併症、消化器合併症、泌尿器合併症、さらに寝返りが麻痺によって行えなくなることから褥瘡ができてしまうなどの症状も出ることがあります。

いずれも生命に関わる症状です。

 

頚椎レベルのような高い位置で脊髄損傷となると、手足のみならず呼吸筋まで麻痺することがあります。

呼吸筋が麻痺すると、人工呼吸器を常に用いなければ生命の維持ができなくなります。

寝たきり、全身麻痺、半身不随などによって介護が必要となると、金銭的な負担だけではなく、精神的な負担、また介護を担う立場の人が仕事している場合、仕事ができる時間が減少し、職種によっては収入の大幅な減少をまねいてしまうことがあります。

 

これらは患者、患者の家族以外、社会においても大きな損失となってしまうため、少子化によって労働人口が大幅に減少することが予想されている日本では、患者が自らできることを増やし、介護者の負担を軽減する方向で医療開発は進んでいます。

ロボットなどで麻痺した身体の部分を補うなどもその1つですが、幹細胞による再生医療で、自分の身体で生活できるレベルまで回復できる治療方法の開発も盛んに行われています。

今回の慶應大学の試みは、その中の1つであり、各方面から注目されています。

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