この記事の概要
  • 神経細胞は、機能が情報の処理と伝達に特化していることが最大の特徴
  • 1990年代から神経再生の可能性が示されると、神経幹細胞の研究、医療への応用を視野に入れた研究は一気に加速
  • 2010年代になると、成熟神経幹細胞の培養が18日ほどで済むようになり治療に使える可能性が一気に高まる

脊髄損傷、アルツハイマー、パーキンソン病などのいずれも神経にまつわる病気に対して、神経幹細胞による治療の可能性が注目されています。

この記事では、神経細胞の特徴と、現代再生医療に向けての歴史、そして今の研究状況に関して解説します。

1. 神経細胞

神経系を構成する神経細胞は、機能が情報の処理と伝達に特化していることが最大の特徴です。神経細胞はニューロンと呼ばれることもあります。

神経細胞には2つの突起があり、軸索樹状突起と呼ばれています。軸索は信号の出力を担当する長い軸状の突起で、その長さは数ミリから数十センチメートルのものまで様々です。この軸索の一部にはグリア細胞(神経構造に関与する、“神経細胞以外”の細胞の総称)が巻き付いて、髄鞘(ミエリン)という構造を作っているものもあります。

樹状突起は、軸索とは異なり木の枝のように分岐しながら広がっています。他の神経細胞からの信号を受信する役割を持ち、何本も存在することもあります。1つの神経細胞には、約1万の樹状突起があるとも言われています。つまり、1個の神経細胞は、約1万個の神経細胞から信号を受け取ることができると考えられています。

神経細胞内では信号は電気の流れとして伝えられ、神経細胞と神経細胞の間では、信号は神経伝達物質によって伝えられます。

2. 神経幹細胞とその歴史

神経幹細胞は、神経を構成する神経細胞に分化しますが、神経細胞に分類されないグリア細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトにも分化します。つまり、神経を構成する細胞各種に分化が可能な幹細胞です。神経幹細胞の分化が始まると、あるレベルの分化方向性が決まって神経前駆細胞になり、その後の分化で最終分化型の神経を構成する細胞になります。

1928年、スペインの研究者が「成体哺乳類の中枢神経系は損傷を受けると2度と再生しない」と報告しました。しかし30年以上を経て1960年代に、成体のラットを使った研究で、成体の脳でもニューロンの再生が起こっていることが発見されました。しかし、1970年代になると、霊長類の成体脳では神経新生は起こらないという論文が発表されます。

1980年代になると、カナリアの脳、海馬で神経再生が発見され、1990年代に成体マウスの脳から分裂と増殖をしながら、神経細胞、グリア細胞を生み出す細胞の塊が発見されました。この発表が、現在では神経幹細胞の発見とされています。

その後、1990年代にはマウスなどの齧歯類だけでなく、成体のアカゲザルの海馬、カニクイザルの新皮質(前頭葉前部、下側頭皮質、後頭頂葉)で神経新生を発見されています。これによって神経再生の可能性が示されると、神経幹細胞の研究、医療への応用を視野に入れた研究は一気に加速することになります。

神経の再生、神経の新生はたびたび報告されていましたが、どれも決定的な証拠に欠けるとされ、長い間、「神経は再生しない」ということが常識として扱われてきました。しかし、70年代後半から90年代にかけての報告が積み重なることによって、「もしかすると再生、新生が可能かもしれない」から、「神経幹細胞が存在した、再生、新生は可能である」に変わってきたのです。

3. 神経幹細胞の特徴

神経幹細胞は、神経細胞のみならず、神経細胞以外の神経系細胞にも分化する能力を持っています。個体が発生する段階で、この神経幹細胞から脳や神経などが形成されていきますが、この発生の調節は非常に厳密なスケジュールとシステムの下で行われます。

これらの発生が終了し、脳や神経系が完成し個体が完成した後も、神経幹細胞は海馬や脳室下帯に存在し、必要に応じて神経細胞、グリア細胞を供給しています。このメカニズムの研究は、神経系の疾患の解明に大きく貢献しています。海馬の神経幹細胞を除去すると、記憶障害が起こることが報告され、一部の記憶障害のメカニズムが明らかになりました。

神経幹細胞は、神経前駆細胞に分化して、分化の方向性が決まった後に神経細胞、グリア細胞などの最終分化型細胞になりますが、ストレスは神経前駆細胞から神経細胞への分化を阻害することがわかっています。この阻害によって、うつ状態の症状を引き起こすこと、この状態は、運動、学習、電気ショック治療などによって改善されるが、それは神経の新生が復活するために改善されることが現在では明らかになっています。

4. 神経幹細胞と再生医療

神経幹細胞は、他の幹細胞と同様に自己複製能力、他分化能を持っています。脳室下帯、海馬の歯状回に存在するとされ、すでに脳虚血、脊髄損傷、パーキンソン病などの神経疾患の治療において、神経幹細胞の移植が行われ、効果が報告されています。成体由来の神経幹細胞であると、自己の神経幹細胞を治療に使える、つまり自己移植が可能である事から、再生医療では重要視されています。

現在は、生体から採取する神経幹細胞だけでなく、ES細胞、iPS細胞から神経幹細胞に分化させる培養技術、さらには一度分化してしまった繊維芽細胞から神経幹細胞を確立する技術も開発されています。繊維芽細胞であれば、患者の体から採取することはそれほど難しくなく、この細胞でiPS細胞を確立し、神経幹細胞を作製すれば、移植の際に拒絶反応を防ぐことができます

繊維芽細胞に、山中因子(iPS細胞樹立に必要なKlf4、Oct4、Sox2、c-Myc)を導入し、ES細胞を培養する培地で培養を続けると、iPS細胞が確立されます。このiPS細胞を胚葉体培地で培養し、胚葉体を作製します。胚葉体の完成後、培地を神経幹細胞培地に交換して培養を続けると、幼弱神経幹細胞に分化します。この幼弱神経幹細胞は、神経細胞にのみ分化が可能で、アストロサイトなどには分化することができません。

幼弱神経幹細胞はさらに培養を継続されることによって、成熟した神経幹細胞に分化します。この成熟神経幹細胞は、神経細胞、アストロサイトに分化が可能です。ここまでは山中因子の導入から60日ほどかかります。

2010年代になると、この培養方法が改良され、60日間かかった培養が18日ほどで済むようになります。繊維芽細胞に山中因子を導入後、ES細胞を培養する培地で培養せずに、いきなり神経幹細胞の培養条件で培養すると、18日間で成熟神経幹細胞が確立されます。この成熟神経幹細胞は、60日間かけて確立した神経幹細胞と同様に、神経細胞、アストロ細胞に分化することができます。さらに、神経幹細胞への分化誘導の分子メカニズムも研究され、分化を制御する遺伝子、タンパク質と、それらを分化方向へ動かす化合物も特定されています。

移植する両方の場合拒絶反応のリスクを考えて、細胞は自己のものを使うことが優先される傾向にあります。自己神経幹細胞を採取して再生治療に使う方法がありますが、神経幹細胞は採取が難しい傾向があります。一方で繊維芽細胞は採取が比較的やりやすいため、ここで述べた山中因子を繊維芽細胞に導入して神経幹細胞を作製する方法が今後主流になると考えられます。

神経幹細胞を使った治療が必要な疾患は、脊髄損傷、アルツハイマー、パーキンソン病など、いずれも深刻な疾患です。また、脳梗塞などによる脳虚血で脳細胞が大きな障害受けた場合、その後は重い障害を持った状態で生活することを余儀なくされます。しかし、神経幹細胞による治療で、身体の機能が復活する、または一部でも機能を取り戻すことで、患者の生活の質(Quality of life)は大きく改善します。

幹細胞を使った治療は成功すれば結果として、いずれも患者の人生を大きく改善することができます。神経幹細胞を用いた再生医療も、今後さらに発展し、100年前からつい最近まで信じられていた、「成体の神経の再生、新生は不可能である」という常識を完全に覆すことができると考えられています。

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