- 肺疾患は大まかに5種類ある
- 肺疾患への幹細胞治療は細胞の再生を目的とした治療と幹細胞による免疫調節の2つがある
- 肺疾患の治療に幹細胞を投与した場合に、分化がコントロールできるか、分化した先が修復に必要な細胞になるためのコントロール方法について研究が進められている
肺は酸素を取り込み、体内で生じた二酸化炭素を排出するガス交換のための器官です。
肺の疾患は、いずれも呼吸に影響するため、重症化すると呼吸が不十分となり、酸素が取り込めたないため深刻な生命の危機に陥ることが多く、疾患は十分な観察と治療が必要なものばかりです。
この記事では、肺にまつわる疾患の種類と、幹細胞治療について解説します!
1.肺疾患の種類
日本人の死因は、がん、心疾患、脳血管疾患の3つが長期間にわたって上位でした。しかし、ここ10年で、肺炎が死因として3位に入ってきています。肺炎で死亡する多くは高齢者ですが、慢性疾患、心臓疾患、糖尿病、肺疾患を持つ人が肺炎を発症すると非常に危険です。
肺の疾患名は、かなり細かいものがあります。ここでは、大まかな分類で、5つの疾患を解説します。
1-1. 肺炎
先に述べたように、日本人の死因で多くの割合を占める疾患です。
細菌、ウイルスなどの病原体の感染によって肺が炎症を起こします。他にも、食べもの、飲み物が気道に入った場合や、胃の内容物が逆流して気管に入り込んで、肺の炎症を引き起こす場合もあります。
これらは誤嚥(ごえん)性肺炎と言われています。かぜ、インフルエンザが重症化して発症する場合もあります。コロナウイルスに感染した場合の死因は、肺炎が多くを占めます。
肺炎について、詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
1-2. 肺結核
肺結核という疾患名は、小説などで目にしか人が多いと思います。明治から戦前にかけては国民病と言われるくらいに患者が多かった疾患です。1900年から1940年までは、日本人の死因の1位から3位に常に入っている疾患でした。
最近では患者数も昔と比べて少なくなっています。日本では「昔の病気」という認識をされている部分もありますが、現在でも患者は毎年出ています。2010年には約2万人の患者が発生し、約2000人が結核で死亡しています。
結核は、肺炎のように炎症性です。結核菌の感染によって肺に炎症が起こる疾患です。結核菌は空気感染するので、患者の管理が非常に重要な疾患です。
1-3. 肺気腫
喫煙経験のある中年以降の男性に特徴的な肺疾患が肺気腫です。
肺胞が弾力性を失うことによって、肺胞壁が変化、破壊される疾患です。最近では男性の喫煙率は低下していますが、肺気腫は増加傾向にあります。
これは、昭和、平成初期周辺までは、男性の喫煙が当たり前だった、つまり喫煙率が高かった時代の喫煙者が高齢化し、発症する年れにさしかかっているためと考えられています。
昔のニュース映像などで、今ではとても許されないような場所(会議中、公共交通機関など)で喫煙しているのを見た人も多いかと思います。
1-4.間質性肺炎
新型コロナウイルス(COVID-19)で認知度が高まった間質性肺炎も、重要な肺疾患の一つです。
ウイルスが感染して起こる肺炎は、間質性肺炎である事が多く、インフルエンザウイルス感染による肺炎などに特徴的です。
肺の間質組織が線維化する疾患の総称とされ、間質性肺炎が進行して肺の線維化が進むと肺線維症となり、線維化した肺胞はガス交換ができないために、呼吸がスムーズにできずに呼吸不全を起こします。
新型コロナウイルス(COVID-19)の仕組みについて、詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
1-5. 肺がん
世界で死亡するがん患者の17%から19%、日本ではがんによる死亡の約20 %が肺がんによるものです。
最大の原因は喫煙と言われています。
他にもアスベストなどによる発症も確認されています。肺がんは、がん細胞塊がある部分、または治療の方向性からいくつかに分類されています。早期発見による治療が必須で、進行してしまうと治療が非常に難しいがんです。
2. 幹細胞を使った肺の治療
幹細胞を使った肺疾患の治療は、大きく分けて2つあります。
1つは幹細胞が肺の細胞に分化することによって傷害を受けた肺細胞と入れ替わる、つまり細胞の再生を目的とした治療です。
もう1つは、肺細胞の再生と、幹細胞による免疫調節です。幹細胞の再生能力については、幹細胞の特性はよく知られていますので、想像しやすい治療です。しかし、一方の免疫抑制については、一般にあまりよく知られていません。
幹細胞の特性の一つに免疫細胞の調節があります。これについては、基礎的な研究における分子生物学的な手法で多くの調節システムが証明されています。
例えば、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞は細胞からTranforming growth factor beta 1(TGF beta1)、Hepatocyte growth factor(HGF)、プロスタグランジンが分泌されます。
これらの分泌分子は、免疫に大きく関わるCD4陽性細胞、CD8陽性細胞の細胞増殖を抑制します。また、幹細胞はIndoleamine 2,3-dioxygenase(IDO)も分泌しますが、この分子が免疫の中心的な役割を果たすT細胞の細胞増殖を抑制します。
また、幹細胞は免疫細胞のアポトーシスを誘導すると言われています。アポトーシスは、プログラムされたシステムを使って細胞が自発的に死ぬ現象です。このアポトーシスによって細胞数を調節したり、システムの暴走を防いだりします。
肺疾患の多くは、肺の炎症を伴い、炎症の大部分は免疫が関与しています。
炎症メカニズムの一つの例を解説します。細胞にウイルスが感染すると、その細胞は感染したことを示すシグナルを出します。そのシグナルを目印にして、免疫細胞が集合してきます。免疫細胞は、ウイルスが感染している細胞を攻撃し、細胞を破壊します。ウイルスは基本的に、細胞内でないと増殖できないので、自分が感染している細胞を破壊されると、増殖中のウイルスは他の細胞に感染できるレベルに作り切れていないので、感染拡大ができなくなります。
免疫細胞は炎症性サイトカインを分泌するため、免疫細胞が集まりすぎると、その部分は炎症反応を起こしてしまいます。そこに幹細胞が来ると、幹細胞が分泌する先に挙げた分子と抗炎症性サイトカインによって、免疫細胞の暴走を防ぐことができます。
幹細胞はこの機能によって、免疫細胞の感染細胞攻撃と炎症誘導のバランスを取って、過度の炎症を起こすことを防ぎます。感染細胞攻撃には炎症性反応はどうしても必要ですが、どうしても免疫細胞は能力が走りすぎる傾向があるので、幹細胞を治療に投入することによって、バランスを取ることが期待できるのです。
そして、再生の治療ですが、肺は一般的に再生しない臓器として知られており、再生医療においても肺の再生についての研究は立ち後れている状態です。治療は肺の移植を柱として行われており、日本では1998年に最初の生体部分肺移植が行われ、それ以来500例以上が実施されています。しかし、実際の患者数と比較すると移植例は少なく、今後もドナー不足などの問題から、生体肺移植は肺疾患全体の治療について改善の柱とはなりにくいと考えられます。
肺は、一部が外からの空気に触れる臓器です。そのため、外から入ってくる物質によって損傷を受けることがあります。その損傷が肺がんの原因になる場合があるのですが、多くの場合は損傷した肺の細胞は修復されます。この肺細胞の修復過程で、幹細胞が肺細胞に分化する現象が確認されています。
基礎研究と臨床研究の間で常に問題となることですが、生体内で起こっていることのシステムを分子レベルで解析し、そのシステムに従って人工的に再現しようとすると上手くいかない現象がよく見られます。現在肺においては、幹細胞の投与による免疫システムの調節については予測に近い形で幹細胞が役割を果たすと予想されています。しかし、肺細胞の修復のための幹細胞分化については予想通り動いているとは言い難い状況です。
現在は、肺、そしてそれにつながる気管を構成する細胞治療のために幹細胞を投与した場合に、分化がコントロールできるか、分化した先が修復に必要な細胞になるためにはどういったコントロールが必要について研究が進められています。