神経変性疾患の原因となる異常タンパク質の分解を誘導する酵素を同定

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神経細胞内の以上タンパク質分解酵素を同定

東京大学医科学研究所、がん防御シグナル分野の李丹特任研究員(現在はハーバード大学研究員として研究中)と中西真教授、東京大学大学院医学系研究科、戸田達史教授、金沢大学がん進展制御研究所の城村由和教授らの研究グループは、神経細胞内の異常タンパク質の凝集(集まること)の分解を誘導する新たな酵素の同定に成功しました。

 

研究成果は国際学術誌である「Nature Aging」に、「LONRF2 is a protein quality control ubiquitin-ligase whose deficiency causes late-onset neurological deficits」というタイトルで掲載されました。

冒頭で研究チームのメンバーについて述べましたが、この論文の著者は、「Dan Li, Yoshikazu Johmura, Satoru Morimoto, Miyuki Doi, Keiko Nakanishi, Manabu Ozawa, Yuji Tsunekawa, Akane Inoue-Yamauchi, Hiroya Naruse, Takashi Matsukawa, Yukio Takeshita, Naoki Suzuki, Masashi Aoki, Ayumi Nishiyama, Xin Zeng, Chieko Konishi, Narumi Suzuki, Atsuya Nishiyama, Alexander Stephen Harris, Mariko Morita, Kiyoshi Yamaguchi, Yoichi Furukawa, Kenta Nakai, Shoji Tsuji, Satoshi Yamazaki, Yuji Yamanashi, Shoichi Shimada, Takashi Okada, Hideyuki Okano, Tatsushi Toda, Makoto Nakanishi」と、多数で行われた研究であることがわかります。

 

神経変性の研究は、これからの高齢化社会において重要なテーマとなるため、AMED革新的先端研究開発支援事業、AMEDムーンショット型研究開発事業、AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム、AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム、AMED難治性疾患実用化研究事業、AMED脳とこころの研究推進プログラム内の精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクト、そしてJSPS科研費の助成という、まさに「選択と集中」による研究成果です。

 

タンパク質は、DNAの配列情報をもとにしてRNA、そしてアミノ酸配列の決定後にそのアミノ酸の鎖が折りたたまれて正しい立体構造になりますが、このステップが上手くいかないと異常なタンパク質となります。

 

このようなタンパク質を特異的にユビキチン化することによって分解誘導する酵素はいくつか知られていましたが、神経疾患という領域に限っては、ミスフォールドによって形成された異常タンパク質のユビキチン化、分解誘導酵素についてはよくわかっていませんでした。

 

この研究で明らかになったことをまとめると、

  1. 神経変性疾患の原因となるミスフォールドタンパク質を選択的にユビキチン化する酵素、LONRF2を同定。
  2. これまでミスフォールドタンパク質をユビキチン化する酵素はいくつか同定されていましたが、神経細胞において特異的に、つまり神経細胞内のみで機能するユビキチン化酵素は不明でした。
  3. LONRF2を筋萎縮性側索硬化症患者由来のiPS細胞から分化させた運動ニューロンに発現させると、運動ニューロンに見られる異常が部分的に改善しました。

 

研究の背景

ある種のストレスは、タンパク質形成におけるミスフォールディングを誘導し、異常タンパク質の産生の原因となります。

これを回避するために、細胞は翻訳制御、分子シャペロンの活性化、プロテアソームやオートファジーによるタンパク質の分解などのメカニズムで、タンパク質の品質管理を行っています。

 

多くの神経変性疾患に共通する特徴は、ミスフォールドタンパク質の蓄積が原因です。

このことから、これら疾患の神経細胞ではタンパク質の品質管理システムが破綻していることが予想されます。

ミスフォールドタンパク質を選択的に分解する機構は、神経変性疾患発症に重要と考えられていますが、細胞分裂における有糸分裂後の細胞で主に機能するシステムについてはほとんど理解されていませんでした。

 

今回の研究で、LONRF2酵素が筋萎縮性側索硬化症(ALS: amyotrophic lateral sclerosis)の原因となる変性hnRNP(ヘテロリボ核タンパク質)やTDP43タンパク質を選択的にユビキチン化することが明らかになりました。

LONRF2酵素をコードする遺伝子、Lonrf2をノックアウトしたマウスは、加齢に依存してALS様症状を示し、病理学的な解析によって脊髄、大脳皮質の運動神経にTDP43タンパク質凝集体によると考えられる神経変性や、神経細胞の細胞死が観察されました。

 

さらに、特発性ALS患者の中に、LONRF2の機能を完全に喪失する原因となるバリアント遺伝子を発見しました。

このような患者から採取した細胞でiPS細胞を作製して運動神経を誘導、そして欠損しているLonrf2遺伝子を導入すると、異常であった運動神経が改善するという結果が得られました。

 

これらの結果は、Lonrf2遺伝子は、ALSなどの神経変性疾患に対する新しい治療の確立に有用な可能性を示すものです。

 

LONRF2とはどういう分子?

Lonrf2遺伝子は、RINGフィンガードメインを持つ遺伝子で、この遺伝子からタンパク質(LONRF2)が合成されると、ユビキチン化酵素になります。

Isoformは1から33種類存在している事まではこれまでわかっていましたが、その酵素的、生理的機能、病態における役割は未解明でした。

 

LONRF2タンパク質は主に細胞質と核に存在し、老化した細胞に過剰発現誘導をかけると、細胞内の異常タンパク質凝集体が減少し、逆に発現を抑制すると異常タンパク質凝集体が増加します。

 

神経細胞で主に発現しているこのLONRF2は、発現場所などについてはいくつかのデータが得られていました。

老化したマウスのデータセットを使った単一細胞解析では、LONRF2が主に成熟した神経細胞で発現していることがわかっており、TDP-43hnRNP-M1を含む神経細胞内のミスフォールディングタンパク質がALSFTLD2のような多くの神経変性疾患と関連があるという報告から、LONRF2が何らかの形で関与しているのではないかと考えられていました。

 

ヒト肺がん細胞、A549(扁平上皮ではなく、腺がんに分類される)を使った研究では、LONRF2はタンパク質が変性する環境下でのみhnRNP-M1TDP-43両方をユビキチン化しました。

またこの活性は、LonSBRINGドメインを欠失されると失われることが明らかになっています。

 

Lonrf2遺伝子が欠損したマウスでは、運動神経変性や筋萎縮と神経筋接合部欠損が起こるため、他の実験結果と併せると、LONRF2が生体内でミスフォールディングタンパク質分解に深く関与していることはほぼ確実とみられます。

 

この運動神経異常は、Lonrf2遺伝子欠損マウスの細胞を使ったiPS細胞を運動神経に分化しても観察され、この細胞で人工的にLonrf2遺伝子を復活させると異常から回復しました。

同様に、ALS患者から作製したiPS細胞でも同様の異常解消が起こるため、この知見は革新的な神経変性疾患治療方法の確立に有用であると考えられます。

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