1. ユーイング肉腫とは
順天堂大学大学院医学研究科血液内科学の安藤美樹准教授と日本学術振興会特別研究員の石井翠博士の研究グループと、東京大学医科学研究所幹細胞治療部門の中内啓光特任教授らの共同研究グループは、悪性腫瘍である骨にできる腫瘍の1つ、ユーイング肉腫に対して強力な抗腫瘍効果を持つ細胞の作製に成功しました。
この細胞は、iPS細胞から分化誘導して作製された免疫細胞です。
まず、骨にできる腫瘍について解説しましょう。
他の臓器に発生したがんが骨に転移する「転移性骨腫瘍」、そして骨自体でがんが発生する「原発性骨悪性腫瘍」です。
原発性骨悪性腫瘍は、肉腫と呼ばれる腫瘍がほとんどです。
肉腫の発生する部位は全身におよび、このうち25%が骨に発生します。
ユーイング肉腫はこの骨の腫瘍の1つで、現在はユーイング肉腫ファミリー腫瘍と呼ばれています。
骨以外にも、体内の軟部組織であれば発生する可能性があります。
そして特徴的なのは、発症者は、主に20歳以下の若年層に多いという事です。
高齢者にも発生しますがその割合は低く、多くを若年層が占めています。
主に、大腿骨、骨盤骨、脊椎に発生し、手足を構成する比較的長い骨である長管骨にも多く見られます。
症状は、疼痛、熱感、運動障害で、腫瘍塊による圧迫症状を伴う場合もあります。
原因は、遺伝子の異常で、融合遺伝子(複数の遺伝子がつながって新しい遺伝子ができてしまうこと)によって発症します。
ユーイング肉腫のリスクは、この遺伝子診断によって行えるため、正確に知ることができます。
治療は世界的に標準治療が確立されており、抗がん剤治療、手術を組み合わせて行うことが中心です。
さらに、比較的放射線に対する感受性が高いため、骨盤などの手術が難しい部位のユーイング肉腫については、放射線治療が行われています。
治療方法は確立されてはいますが、遠隔転移のないユーイング肉腫の5年生存率が約70%に対し、遠隔転移がある場合の5年生存率は約20%と低く、早期発見、早期治療が求められるがんです。
2. ユーイング肉腫に効果が期待できる免疫細胞の作成
順天堂大学を中心とした研究グループは、iPS細胞由来のネオアンチ現特異的キラーT細胞を作製しました。
このiPS細胞由来のキラーT細胞は、ユーイング肉腫モデルマウスで効果を示し、その効果は末梢血由来のキラーT細胞よりも大きく、かなり強力な抗腫瘍効果が期待できます。
マウスの生存期間も統計的に有意なレベルで延びており、生存期間の延長の効果もあることがわかりました。
ポイントとしては、
- iPS細胞由来ネオアンチゲン特異的キラーT細胞を供給できる技術を開発。
- このネオアンチゲン特異的キラーT細胞は、腫瘍細胞にしかない抗原を認識して攻撃する。
- iPS細胞由来のネオアンチゲン特異的キラーT細胞は、ユーイング肉腫の増強を抑制、マウスの生存期間を延長した。
- iPS細胞由来のネオアンチゲン特異的キラーT細胞は、他細胞由来のキラーT細胞と比べて効果が強いことが確認された。
- モデルマウスを使って実験したところ、難治性希少がんの一種であるユーイング肉腫の治療に有用である事が確認された。
ということになります。
T細胞とは、骨髄で産生された前駆細胞が、胸腺でのセレクションを経由して分化成熟したリンパ球に分類される細胞です。
細胞表面にT細胞受容体と呼ばれる受容体を備えているのが特徴であり、末梢血中のリンパ球は、約80 %がこのT細胞です。
iPS細胞由来のキラーT細胞と共にユーイング肉腫の研究に用いられたT細胞は、この末梢血中に存在するキラーT細胞です。
つまり、生体内の末梢血中に存在するキラーT細胞よりも、iPS細胞由来のキラーT細胞は、ユーイングに肉腫に対して効果が大きい、元々生体内にあるものよりも強い効果のあるキラーT細胞を人工的に作ることが可能になった、と言い換えることもできます。
T細胞は、ヘルパーT細胞、キラーT細胞など数種類に分類されます。
このうち、キラーT細胞は細胞傷害性T細胞とも呼ばれる細胞で、生体にとって異物になる細胞、例えば移植された他者の細胞、ウイルスに感染した細胞、がん細胞を敵と認識して攻撃、破壊する細胞です。
3. この研究はどう行われたのか?
この研究を行ったグループは、2013年に末梢血由来のキラーT細胞からiPS細胞を作製し、このiPS細胞からウイルス抗原特異的キラーT細胞を作製しました。
つまり、キラーT細胞を脱分化していったんiPS細胞を作製、そのiPS細胞を再分化させてキラーT細胞を作ったわけです。
なぜそんなことをするのか?元々キラーT細胞なのだからそのまま使えば良いのではないか?と思われるかもしれませんが、いったん脱分化した後に再分化させることによって、細胞が機能的に若返るという効果があります。
この研究をベースにして、今回の研究が行われています。
ユーイング肉腫の患者は、遺伝子異常を持ち、融合遺伝子が存在します。
そのため、まず健常人から末梢血由来のT細胞を使って、ユーイング肉腫ネオアンチゲン特異的キラーT細胞、つまり、ユーイング肉腫特有のタンパク質を認識するキラーT細胞を作製しました。
さらに、このユーイング肉腫特有タンパク認識キラーT細胞からiPS細胞を作製します。
これは、機能的な若返り効果を狙ったものです。
そして、キラーT細胞由来のiPS細胞から、再度キラーT細胞に分化させ、iPS細胞由来、かつ機能的に若返ったユーイング肉腫を専門に攻撃するキラーT細胞を作製したわけです。
研究グループの狙い通り、こうして作製したキラーT細胞は、通常のキラーT細胞よりも効果が大きくなりました。
考えられる治療方法は以下の流れになります。
まず、健常人から誘導したネオアンチゲン特異的キラーT細胞からiPS細胞を作製します。
作製されたiPS細胞は、必要な時期まで冷凍保管されており、治療に使う場合はこの冷凍ストックから使います。
解凍されたiPS細胞からネオアンチゲン特定的キラーT細胞を分化誘導します。
この段階で、ネオアンチゲン特異的キラーT細胞は、大元のキラーT細胞よりも機能的に若返っており、さらに今回の技術ではこの細胞を無限に作製することができます。
手術などで除去が難しいユーイング肉腫に対して、このキラーT細胞を注入するという治療方法は大きな効果が期待できます。
しかし、元々は健常人、つまり患者の細胞由来iPS細胞から作るわけではないので、免疫拒絶反応を防ぐ処理が必要になります。
健常人から作製するiPS細胞は、予め何種類かのHLA遺伝子型を準備しておき、患者のHLA遺伝子型と一致した健常人由来のiPS細胞を使うことによって、免疫拒絶反応を最小限に抑制することが可能です。
4. 今後の研究展開と、実用化への目途は?
今後の研究展開は、ユーイング肉腫専門である、ネオアンチゲン特異的キラーT細胞が持つ受容体の遺伝子配列を、患者のT細胞に導入することを研究グループは狙っています。
これが可能になれば、免疫拒絶反応を避けるためのHLA遺伝子型を一致させる段階を省略することができ、治療のハードルが1つクリアできます。
おそらく、健常人由来iPS細胞から作製したネオアンチゲン特異的キラーT細胞を使った治療のための臨床試験が近いうちに始まると予想されます。
現時点では、同じ哺乳類とはいえ、マウスでのみの試験のため、ヒトにどのような影響が出るかを注意深く調べなければなりません。
マウスでの試験では、マウスのユーイング肉腫ではなく、ヒト由来のユーイング肉腫で行ったので、おそらくユーイング肉腫に対しての効果は大きく期待できるのですが、副作用が起こるかどうかは、実際にヒトで試験しなけれなわかりません。
並行して、患者のキラーT細胞をそのまま使うための遺伝子配列の研究、そしてその配列の細胞への導入研究も進めると考えられます。
免疫拒絶反応は、こういった治療において大きなハードルとなり、治療の成否を左右します。
最終的には、患者のキラーT細胞を形質転換してネオアンチゲン特異的キラーT細胞の作製、治療のための注入を目標に研究が進められていくと考えられます。