武田薬品工業と京都大学がiPS医療のバイオベンチャーを設立、2026年上場へ

目次

1. 武田薬品工業と京都大学がベンチャー、2026年上場へ

武田薬品工業と京都大学は、iPS細胞を用いた再生医療の新薬開発を目的としたバイオベンチャーを設立したと発表しました。

これは、ベンチャー企業に、武田薬品と京都大学、そしてSMBCベンチャーキャピタルが出資するというかたちで行われ、出資額は約60億円になります。

このベンチャー企業は、武田薬品の子会社としてではなく、独立した企業として研究開発を行い、2026年までに株式上場を目指しています。

ベンチャー企業は、「オリヅルセラピューティックス株式会社」で、本社は京都市(京都大学国際科学イノベーション棟内)、事業所は神奈川県藤沢市に置かれます。

事業内容は、「細胞移植による再生医療等製品の開発」「iPS細胞関連技術を利活用した創薬研究支援および再生医療研究基盤整備」としており、プレシード、シードの段階で京都大学と武田薬品工業、SMBCベンチャーキャピタルが出資、そしてシリーズAでは、三井住友フィナンシャルグループ、三菱UFJ銀行、メディバルホールディングス、三井住友信託銀行、日本ベンチャーキャピタルが出資します。

役員は、代表取締役が野中健史博士、取締役に小川慎志博士、社外取締役に上野博之博士、現在社員は60名で、この中にはT-CiRAで研究開発に携わってきた武田薬品やCiRNAの研究者、技術者が40名含まれます。

代表取締役の野中健史博士は心臓外科が専門で、2002年から企業を中心に、糖尿病C型肝炎、炎症性腸疾患、血液がん、感染症領域の臨床開発に携わっています。

さらに、外資系の製薬企業でR&D本部長を複数回務めた経験があり、実用化への道筋のつけかた、ステップを踏んだ研究・事業の拡大については豊富なノウハウを持っています。

2. バイオベンチャー設立の背景と今後の流れ

このオリヅルセラピューティックスへの出資に至るまでには、京都大学と武田薬品との共同研究があります。

武田薬品と京都大学は、この件に関して2015年に共同研究をスタートしています。

このプログラムを「T-CiRA」と名付けて実施、このプログラムで得られたiPS由来心筋細胞などに関連する知財・データ、T-CiRAで育成中のシーズ、技術をオリヅルセラピューティックスに移管し、細胞移植による再生医療等製品開発、iPS細胞関連研究基盤の整備を行うとしています。

シーズ、技術はオリヅルセラピューティックスに移管しましたが、T-CiRAは共同研究の相手として研究開発を継続し、プロジェクトの段階としては「前臨床開発及び探索的臨床開発」のフェーズに入ります。

このフェーズの次の段階は、検証的臨床開発、条件付き早期承認、海外展開などのフェーズに入りますが、この段階でもオリヅルセラピューティックスは関与し、後期開発、製造販売などの事業展開を視野に入れた活動をするとしています。

具体的には、「細胞移植による再生医療等製品開発」については、一定段階まで研究開発を行った新薬候補化合物、細胞などの特許権などを他者に使用を許諾する「ライセンスアウト」、または希望する製薬企業との共同開発を軸に行います。

「iPS細胞関連研究基盤整備および創薬支援」については、他の事業を行っている会社からの業務の委託、またiPS研究の基盤開発を行うとしています。

京都大学、武田薬品のサポートが入っているので、これらの活動では、臨床研究は京都大学医学部附属病院、細胞製造委託は京都大学iPS細胞研究財団、が協力する体制を構築しています。

3. ターゲットとする疾患

京都大学と武田薬品の共同研究では、重度心不全と1型糖尿病をターゲットとし、治療用の細胞の開発を行ってきました。

具体的には、iPS細胞由来の心筋細胞と膵島(すいとう)細胞の開発、これらを用いた再生医療の臨床有効性・安全性データの収集を目指した研究を実施しています。

膵島細胞の膵島とは、膵臓の内部に島のように散在する細胞群を指します。

ランゲルハンス島という呼び名もあり、こちらの名前を聞いたことのある方は多いかもしれません。

尿病患者への治療において、ドナーから摘出した膵臓からランゲルハンス島を分離して移植するということはよく行われます。

これを膵島移植と呼ばれ、カナダの研究グループがステロイドを用いずに免疫抑制するエドモントンプロトコールという方法が導入されてからランゲルハンス島の患者への生着率が飛躍的に向上しました。

しかし、治療はこれで終わりというわけではなく、1人の患者に複数回のランゲルハンス島移植が必要な場合が多くなっています。

とはいえ、インスリン治療から離脱する患者は少数で、膵島移植の方が治療成績が良いために日本では高度医療評価制度の適用を受けています。

膵臓をそのまま移植するわけでは泣く、分離したランゲルハンス島(細胞群)を門脈内に注入するだけなので、患者にかかる負担が小さいことも、この治療方法が多く使われる理由です。

しかし日本においては臓器などの提供者が少なく、治療に十分な量のランゲルハンス島を入手することが難しいのが現実です。

治療にかかる費用も高額となるため、一般的にもっと受けやすい治療方法の開発が望まれています。そのために期待されているものがiPS細胞です。

iPS細胞でランゲルハンス島を作り、糖尿病患者に移植しようという治療方法が考えられています。

患者自身から得られた細胞を使ってiPS細胞を作製するため、自己免疫機能による細胞死を防ぐことができます。

しかし、やはり費用面では高くなってしまうため、現在は「臨床での実用化は困難」とされています。

この問題を解決しようと京都大学と武田薬品は共同プロジェクトを立ち上げ、5年以上かけて、今回のベンチャー企業への出資、商業化を目標とした事業化を目指すというところまでたどりつきました。

さらにもう一つの疾患として重度の心不全をターゲットとしており、この疾患の治療に使うために、iPS細胞由来の心筋細胞を開発することも目標の1つとしています。

iPS細胞から心筋細胞を作製する研究は、今までいくつかの研究チームが挑戦し、業績を挙げていますが依然として「iPS細胞から心筋細胞への分化誘導は、方向性は上手くいくが心筋細胞として成熟度が低く、治療に使えるレベルではない」というレベルでした。

しかし、2021年6月に、T-CiRAの研究業績として、iPS細胞から新生児のレベルまで成熟した心筋細胞の作製に成功しました。

この分化誘導した心筋細胞は、構造的、代謝的、電気生理学的なデータが取られ、新生児レベルまで成熟したことが確認された心筋細胞であり、さらにこの細胞の作製が短期間で効率的に行うことができるプロトコールも併せて開発されました。

この発表は、オリヅルセラピューティックスへの出資が動き始めた時期と一致するため、この知見が今回のオリヅルセラピューティックスへの出資を後押しした可能性があります。

糖尿病と心不全は、多くの人々が罹患する疾患であり、生命が助かったとしても生活の質(QOL)が低下し、本人、家族に大きな負担を強いたり、悪化を防ぐのが精一杯で、根治が望めないというケースも多々見られる疾患です。

4. 基盤となる研究成果とこれからの展開

オリヅルセラピューティックスのホームページでは、先に述べた心筋細胞を開発した京都大学准教授の吉田善紀博士の技術と、膵島細胞の技術開発を担当している京都大学iPS細胞研究所講師の豊田太郎博士の技術をベースにすると掲載されています。

心筋細胞については先に述べたように、新生児レベルまで成熟した心筋細胞を得ることができたという画期的手業績を挙げています。

一方で、膵島細胞については、豊田博士がすでに膵分化誘導法を開発しています。

これは2015年にすでに発表されているもので、直後に立ち上がったT-CiRAで、この方法を土台にさらに技術を進歩させ、現在はiPS細胞由来の膵島細胞を安定して作製できるレベルまで達しています。

多くの出資先が参加していることからも、これらの技術が実際に臨床応用される可能性は大きいのではないかと期待されます。

現在は再生医療関連に生命科学の人材が多く集まる傾向があり、このことも今後の治療方法開発に追い風になると思われます。

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