1. 世界初の再生膵島移植について報告

2022年6月、第82回アメリカ糖尿病学会学術集会で、世界初となるヒトへの再生膵島移植の結果が報告されました。

発表は、アメリカ マサチューセッツ総合病院のJames Markmann氏によるものです。

 

マサチューセッツ総合病院は、マサチューセッツ州ボストンにある総合病院です。

こうした研究成果の発表は、大学などの研究機関、または附属病院という印象が強いのですが、このマサチューセッツ総合病院も、大学の関連施設です。

ハーバード・メディカルスクールの関連施設であり、世界トップレベルの研究を行っている病院です。

この病院で教育を受けた、または働いていた研究者の中から10人以上のノーベル賞受賞者を輩出しています。

 

研究報告は、「ヒト幹細胞由来膵島細胞の投与により、1型糖尿病のインスリン産生および血糖コントロールが回復した」という内容で発表されました。

 

2. 1型糖尿病の詳細

1型糖尿病は、膵臓のβ細胞が破壊されることが原因で起きる疾患で、各種糖尿病のうち5 %から10 %を占めます。。

膵臓のβ細胞はインスリンを分泌しており、β細胞が破壊されるとインスリンが分泌されず、体内のインスリンが欠乏します。

 

生活習慣病として例に挙げられる糖尿病ですが、これは2型糖尿病であり、1型糖尿病は生活習慣とは無関係に発症します。

1型糖尿病は自己免疫疾患が原因とされ、原因は異なりますが症状は2型糖尿病と同様の症状を示します。

 

体内の血糖値を下げるためには、インスリンというホルモンが必要ですが、このインスリンこそが血糖値を下降させる唯一のホルモンです。

膵臓のβ細胞が破壊されることによるインスリン欠乏は、そのまま直接糖尿病の原因となり、血糖値の上昇をまねきます。

 

この高い血糖によって糖尿病性昏睡などの急性症状から、糖尿病性腎症などの慢性のものまで様々な合併症を引き起こします。

当然これらの症状が改善されないと死を招くという重い疾患です。

インスリンによる治療が20世紀前半に確立されるまでは、かなり厳しい食事制限を必要とする疾患で、致死的な疾患の一つとして知られていました。

 

発症の予防法は現時点ではわかっておらず、根治治療方法は存在しません。

そのため、対症療法が行われ、患者は常に注射薬であるインスリンを携帯し、1日に5回自己注射する必要があります。

 

近年、世界的に1型糖尿病の発症率増加が報告され、環境要因との因果関係が予想されています。

日本では、0歳から14歳では10万人当たり1.5人が患者で、17歳まで拡げると、10万人に2人の患者がいると報告されています。

 

3. 膵島移植とは

膵島は膵臓の中に存在しますが、膵臓自体はアミラーゼ、リパーゼなどの消化酵素を分泌する外分泌細胞と、インスリン、グルカゴンを分泌する内分泌細胞の二種類の細胞から構成されています。

この内分泌細胞を膵島と呼びます。

膵島は、直径が0.1mmから0.3mmの球状細胞塊で、膵臓の中に点々と散らばっています。

成人1人当たり、約100万個の膵島があり、膵臓全体の約1 %程度です。

膵島を構成する細胞のうち、血糖を上昇させる作用を持つグルカゴンを分泌するのがα細胞、血糖を低下させる作用を持つインスリンを分泌するのがβ細胞です。

 

1型糖尿病の場合、この膵島が自己免疫疾患によって破壊されるため、血糖を調節するホルモンが分泌できなくなります。

そのため、膵島を移植して治療する、これが膵島移植です。

膵島は、肝臓の門脈から点滴で細胞を移植することによって行います。

膵臓をそのまま移植するという膵臓移植は手術が必要ですが、膵島移植の場合は手術の必要がなく、合併症も比較的少なくなります。

そのため、移植を受ける患者にとっては負担が少ない治療方法です。

 

一般的に、インスリン注射が必要とならなくなるまでには、数回の移植が必要です。

しかし、1回目の移植から血糖値は安定し始め、重症低血糖発作が減少することがあります。

ただ、他の人の細胞を移植するため拒絶反応の可能性があるので、免疫抑制薬が必要です。

この膵島移植は、2020年度に保険適用となりました。

しかし、移植はどこでもできるというわけではなく、移植実施施設は一定の条件を満たすことが求められています。

 

2021年の時点で移植実施施設は、東北大学病院、京都大学医学部附属病院、国立研究開発法人国際医療研究センターなど、10数カ所のみです。

 

この移植は、膵島の細胞を供給する膵臓を準備する必要があります。

しかし、移植に使いための膵臓の確保は、現在ではドナーの出現に頼らざるを得ません。

さらに、他人の膵臓細胞ですので、先に述べたように拒絶反応が起こる可能性は高く、このことが原因で定着に失敗、つまり移植が失敗に終わる可能性もあります。

4. 自分の細胞から膵島の細胞を作る

こういった、「移植すれば根治が見込めるが、他人の細胞のために拒絶反応がおこって定着しない」という現象は、膵島移植だけでなく、全ての臓器移植で起こる可能性があることです。

こういったことの解決策として、現在は幹細胞が注目されています。

 

自分の体細胞を採取し、まずはiPS細胞を構築します。

採取される体細胞にはそれほど制約がないので、手術などの大がかりな治療は必要ありません。

採取した体細胞に遺伝子を組み込み、脱分化してiPS細胞を作った後に培養し、ある程度増えた細胞を保存しておけば、その後の治療にも使えます。

自分の細胞で作ったiPS細胞を、一部を保存、そして他の細胞を分化誘導して膵島のβ細胞を作ります。

 

しかしここで問題となるのは、β細胞は自己増殖能力を持たないことです。

予め必要数のiPS細胞を準備して分化誘導することが解決策の1つでしたが、東京大学のグループが、成熟した膵島細胞を増殖させることに成功しています。

 

これは、膵島細胞でMYCLという遺伝子を発現させることによって活発な自己増殖能力を誘導させます。

実際に、MYCL遺伝子の発現誘導によって生体外で自己増殖した膵島細胞を準備しモデルマウスに移植してマウスの糖尿病の治療に成功しています。

 

マウスに移植した膵島細胞内のβ細胞からインスリンが分泌されており、この研究はヒトの膵島移植による治療、しかもiPS細胞から作ったβ細胞を使った糖尿病治療に大きな期待を持たせるものでした。

ではすぐにこれが臨床応用できるかというと、現時点では慎重に進める必要がありそうです。

 

なぜなら、MYCL遺伝子は、MYC遺伝子ファミリーの1つです。

このMYC遺伝子ファミリーには、c-Myc遺伝子、N-Myc遺伝子、L-Myc遺伝子などがあります。

これらの遺伝子は、核内のDNAに結合して遺伝子発現を誘導する転写因子というタンパク質をコードする遺伝子です。

これらの遺伝子は以前から細胞増殖を活性化させるという機能を始めとして、様々な機能を持つことが知られていましたが、iPS細胞を構築する過程でも重要な役割を持つ遺伝子なのです。

 

そのため、安全性などを確認するための基礎研究を重ね、臨床に使えるかどうかを慎重に判断しなければなりません。

今回、マサチューセッツ総合病院でiPS細胞から作った膵島細胞移植によって1型糖尿病が改善するというエビデンスが得られました。

このことをきっかけにして、iPS細胞から作る膵島細胞の細胞数確保、つまり自己増殖によって膵島細胞を多数確保、患者に移植することによって1型糖尿病を治療するという具体的な両方の開発が一気に加速する可能性があります。

 

アメリカのマサチューセッツ総合病院と、日本の東京大学で、異なったアプローチで1型糖尿病を治療するために重要な方法が発表されたことは、幹細胞治療においては日本とアメリカが激しく競争している証拠とも言えます。

この競争によって、根治治療が不可能と言われていた1型糖尿病の治療方法開発に大きく近づいていると考えられます。