iPS細胞から作製した心筋細胞を患者の心臓内に移植、世界初の治験

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幹細胞移植の方法

現在再生医療として行われている幹細胞移植には大きく分けると2つの方法があります。

1つは、幹細胞、iPS細胞から目的の細胞を人工的に分化させて体内に移植する方法、もう1つは幹細胞をそのまま移植し、体内で目的の細胞に分化させる方法です。

 

分化させて体内に移植する場合をさらに細かく分けると、目的の細胞に完全に分化させてから移植する場合と、目的の細胞の一歩手前、前駆細胞という細胞に分化させて移植する場合があります。

前駆細胞にまで分化させて移植する場合は、前駆細胞から目的細胞への分化は体内で行われるので、この方法は1と2の中間的な方法と言えます。

 

そして最近新たに開発された技術が、iPS細胞から細胞を分化させ、その細胞群を臓器、器官にまで成長させる、または臓器、器官のもととなる細胞塊を作って移植するという方法です。

細胞塊は、「オルガノイド」と呼ばれることもあり、幹細胞関係のニュースではこのオルガノイドという言葉が入っている記事が増えています。

 

慶應大学発のベンチャー企業、ハートシードが今年発表した幹細胞移植も、iPS細胞から作成した細胞塊を移植するというもので、心臓疾病の治療が大きく進歩するものとして注目を浴びています。

 

ハートシードとは

ハートシードは慶應大学医学部内科学(循環器)教室教授である福田恵一博士によって2015年に起業されました。

福田恵一博士は1990年代半ばから心臓の再生医療につながる研究を始め、その研究をもとにしてこの企業は設立されています。

 

主な目的は、心不全の治療にiPS細胞を用いた治療を取り入れ、これを実用化することです。

現時点で心不全は心臓の移植手術しか治療方法がありませんが、iPS細胞を使うことによってドナーの出現を待つ心臓移植ではなく、誰でも受けることのできる治療を目指そうというものです。

「当たり前の治療」を目指し、誰もがいつでも容易に受けられる治療を目指し、iPS細胞由来の心筋細胞を安定して届けることができる技術を確立し、今後の発展が期待されている企業です。

 

iPS細胞を使った研究業績

福田教授はこれまでに難治性心不全の治療方法確立を研究の柱としてきました。

難治性心不全は心臓移植以外に治療手段がないため、再生医療などでの代替療法の開発が切望されています。

 

当然、iPS細胞は期待されていましたが、iPS細胞からの樹立は時間がかかることと、細胞ゲノム内に挿入遺伝子が残存してしまうために腫瘍化の確立が大きな事が問題となってきました。

福田教授のグループはこの解決のために、末梢血Tリンパ球とセンダイウイルスを用いて、1滴の血液に含まれる細胞から1ヶ月でまずiPS細胞を樹立させることに成功しました。

 

この方法で樹立したiSP細胞は、人工的に心筋を含む3つの胚葉系(内胚葉、中胚葉、外胚葉)に分化し、15回継代を繰り返すと残存ウイルスは完全に消滅し、細胞ゲノムに以上が確認できないレベルになります。

この細胞は多分化能を有しており、さらにこの研究の過程でマウス胎児胚心臓予定領域に発言する重要な分子の同定に成功しました。

 

研究グループはこの研究を基盤としてさらに、未分化幹細胞から前方中胚葉への誘導にはNogginという分子、早期心筋細胞の細胞分裂を誘導するために重要である分子、G-CSFを同定することに成功しています。

心不全の現状とハートシードが目指すもの

心不全は、心筋梗塞などによって心臓の組織が壊死を起こしてしまう疾病です。

心臓は身体中に血液を送り出すポンプ機能を担っていますが、この心不全によってポンプ機能が停止、完全に停止しなくとも機能の低下によってうまく血液を送り出すことができなくなります。

 

日本では現在約130万人、アメリカでは約500万人がこの疾病で苦しんでいるとされていますが根治させる治療方法は存在せず、心臓移植が唯一の治療方法です。

心臓移植はドナーが存在しないと実行できないため、多くの患者が移植の順番を待っているという状況です。

 

この心不全に対して、iPS細胞が樹立されたときから治療に使うことが模索されてきました。

iPS細胞から心臓の細胞を分化させて心臓組織に移植させるというのが目指す方法ですが、福田教授はまず骨髄間葉系幹細胞から心筋細胞を作成できることを世界で初めて報告しています。

この研究は1995年にされたもので、iPS細胞出現前です。

 

心臓の細胞を幹細胞から作り出そうという研究はそれほど古くから行われてきたのですが、その後間葉系間採用を中心に患者に投与する臨床研究が多く行われてきたにも関わらず、十分な効果を得ることができませんでした。

 

そこで福田教授が考えたのは、心筋細胞を大量に作成して移植する方法です。

有効な治療方法を行うには、数少ない細胞を移植するよりは、大量の細胞を移植するしかないと考えたのです。

 

今年になって発表された研究成果では、ヒトiPS細胞から作成した心筋細胞を移植する際に、個々の細胞として移植するのではなく、心筋細胞の塊、つまり心筋細胞塊として移植した場合に重い心不全患者の中に心臓の状態が改善した患者が現れたというものです。

現時点では合併症は見られずに順調であるということで、これまでの個々の細胞移植と比べてはっきりとした効果が表れました。

この改善が、移植した細胞の成長によって異常、または壊死した心筋が再生していれば心臓移植に代わる心不全の根本的な治療方法になる可能性があります。

今回の臨床研究の詳細

今回行われた臨床研究の対象は、心筋に血液が行き渡らなくなる虚血性心疾患を起こした20代から80代の心不全患者10人です。

いずれも重症に分類される患者で、心臓移植が必要なレベルの患者も含まれています。

 

狙いとしては、移植した細胞塊が心臓の一部として一体化し、もともと存在している正常な心筋細胞と同様の拍動をすることで心臓の機能改善です。

昨年12月中旬に、最初の症例として60代の男性への移植手術を東京女子医科大学附属病院で行なわれました。

 

まずiPS細胞を準備しますが、このiPS細胞は患者の細胞由来ではなく他人の細胞から樹立したiPS細胞です。

樹立した他人からのiPS細胞を心筋細胞に分化させ、心筋細胞の細胞塊「心筋球」を5万個作成します。

心筋球は分化した心筋細胞1000個で作られており、この手術の準備に必要な心筋細胞は約5000万個になります。

作った心筋球は、心臓に直接注入されることで移植されます。

 

移植前は心臓のポンプ機能検査では明らかに低下しているという結果が出ていましたが、、移植後約1ヶ月でこの検査の結果に改善に見られました。

 

iPS細胞由来の心筋細胞移植は、2020年に大阪大学が心筋細胞をシート状にして心臓の外側に貼り付けるという手術を行っています。

この大阪大学の方法は現在も臨床研究が続けられており、福田教授、ハートシードの方法が確立されれば、2つ目の効果が期待できる臨床研究の結果となります。

 

福田教授、ハートシードのグループはこの後1年以上かけて細胞の成長、移植部分の変化を追跡調査し、今回の移植手術の効果を確認します。

また、2024年までに10人の心筋移植を実施する予定としています。

 

今回発表された福田教授、ハートシードの方法と大阪大学の移植方法の共通点は、「個々の細胞を移植するのではなく、細胞の塊(大阪大学の場合はシート状)にして移植する」という点です。

基礎研究分野では、がん細胞、iPS細胞に代表される幹細胞を使って臓器・器官に近い細胞塊、オルガノイドを作って解析する研究が盛んに行われています。

 

細胞は単体でいる場合と、細胞塊として集団で存在する場合では性質が変わると言われており、実際にそういったデータが相次いで報告されています。

今後は今回の臨床研究と、分子生物学を中心とした基礎生命医学の分野の結果を統合することによって、さらに効率化、移植後定着の高確率化した心不全治療方法が確立されていることが期待されています。

 

また、こういった研究は大学発のベンチャーが行うことが増えてきており、こうした状況は以前の日本における技術開発とは異なった展開になりつつあります。

これがどのように日本の医療技術発展に貢献するかはすぐに判断できるものではありませんが、一時期低迷した日本の科学分野が、近年回復するかもしれないという動きを見ると、医療・科学の発展において期待できるシステムなのではないかと思われます。

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