iPS細胞を使った「頭頸部がん」新治療法の臨床研究実施へ

目次

iPS細胞を使った頭頸部がんの新しい治療方法

頭頸部がんとは、頭頸部、頭部と頸部にできるがんの総称であり、毎年約1万5000人が発症します。

頸部とは首を指し、頭頸部とは頭部、首の領域を指す言葉です。

 

この部分にできるがんは多種多様です。

副鼻腔周辺に発生する上顎洞がん、口腔内の舌がん、口腔粘膜腫瘍、口腔底がん、咽頭部に発生する上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん、喉頭部の喉頭がん、前頸部の甲状腺がん、そして唾液腺の耳下腺腫瘍、顎下腺腫瘍などが頭頸部がんに分類されます。

 

扁平上皮がんが多数を占めますが、甲状腺がんなどの例外も存在します。

耳鼻咽喉科で発見、診断されることが多いのですが、頸部悪性腫瘍に含まれる悪性リンパ腫は血液腫瘍の一つとして血液内科で診療されることが多くなっています。

また、眼神経のがん、皮膚腫瘍は頭頸部がんには含まれません。

つまり、視神経腫瘍、悪性黒色腫、有棘細胞がんは頭頸部がんには分類されません。

 

頭(頭部)と首(頸部)にできるがんという分類ですが、ヒトの頭部と頸部には様々なタイプの細胞が存在しています。

そのため、頭頸部がんは似たような場所にできるがんの分類となっており、特徴は多岐にわたっています。

 

2023年3月、厚生労働省は頭頸部がん患者の治療のために、iPS細胞から作成した免疫細胞と、この細胞を活性化させる別の免疫細胞を投与する臨床研究の開始を了承しました。

この頭頸部がんを目的としたiPS細胞による治療方法の臨床研究が行われるのは世界初です。

行う研究グループは、千葉大学と理化学研究所のチームです。

 

治療に使うiPS細胞由来の免疫細胞

研究計画では、まず他人由来のiPS細胞を分化させ、がんを攻撃するナチュラルキラーT細胞(NKT cell: Natural killer Tcell)を作成します。

 

ナチュラルキラーT細胞はT細胞に分類される細胞ですが、T細胞は免疫において重要な役割を果たす細胞です。

T細胞はリンパ球の一種で、骨髄で幹細胞からT細胞の前駆細胞が分化します。

その後、この前駆細胞は胸腺で選択され、選ばれた細胞がT細胞へと分化します。

 

T細胞の特徴は、細胞表面にT細胞受容体(TCR: T cell receptor)が存在し、末梢血中のリンパ球のうち約80 %を占めています。

T細胞は、ヘルパーT細胞、キラーT細胞、γδT細胞に分類でき、ナチュラルキラーT細胞はキラーT細胞に含まれています。

 

ナチュラルキラーT細胞は、T細胞に分類される細胞群の中で、T細胞とナチュラルキラー細胞両方の特徴を持つ細胞です。

ほとんど全てのナチュラルキラーT細胞は、他家由来、つまり異物と認識される脂質、糖脂質と結合する抗原提示分子であるCD1dを認識します。

数はそれほど多くなく、末梢血中に存在するT細胞の約0.1%がナチュラルキラーT細胞です。

 

T細胞の性質を持つためT細胞受容体を発現していますが、その他にも特徴的な分子マーカーを発現しています。

そしてナチュラルキラーT細胞の中でもさらに細分化されており、以下のように分類がされています。

 

1型ナチュラルキラーT細胞:別称に古典的ナチュラルキラーT細胞、インバリアントナチュラルキラーT細胞、そしてマウスではVα14iナチュラルキラーT細胞、ヒトではVα24iナチュラルキラー細胞とも呼ばれています。

1型ナチュラルキラーT細胞はT細胞受容体がVα14-Jα18: Vβ8.2, 7, 2(マウス)、Vα24-Jα18: Vβ11(ヒト)のタイプになっています。

 

2型ナチュラルキラーT細胞:別称は非古典的ナチュラルキラーT細胞、多様ナチュラルキラーT細胞、そしてT細胞受容体のレパートリーは多様であり、様々な種類のT細胞受容体が発現しています。

 

ナチュラルキラーT様細胞:ナチュラルキラーT様、という名前が付いていますが、特徴的には完全にナチュラルキラーT細胞です。

別名は、NK1.1+ T細胞 、CD3+ CD56+ T細胞と呼ばれています。

1型ナチュラルキラーT細胞と2型ナチュラルキラーT細胞の拘束分子がCD1dに対し、ナチュラルキラーT様細胞は拘束分子がMHCとなっており、他の分子も拘束性を持つことが示唆されています。

T細胞受容体は多種多様なタイプのものを持っており、これは2型ナチュラルキラーT細胞と似ています。

 

記憶免疫様ナチュラルキラーT細胞:記憶免疫様ナチュラルキラー細胞は、CD1d発現細胞の誘導により免疫記憶機能を持つようになったナチュラルキラーT細胞です。

2014年に理化学研究所の藤井眞一郎博士らのチームが発見しましたが、肺において9ヶ月以上の長期にわたって存在し、KLRG1(Killer cell lectin-like receptor G1)、接着分子であるCD49D、グランザイムAなどを発現しています。

さらに、ナチュラルキラー細胞やマクロファージの活性化、T細胞の分化など、自然免疫や獲得免疫に関与し抗腫瘍効果を示すサイトカインを大量に産生しています。

この細胞の発見によって、ナチュラルキラーT細胞が長期の抗腫瘍効果を示すのは免疫記憶機能を獲得できるからと考えられています。

 

ナチュラルキラーT細胞は不足したり機能障害が起こると、自己免疫疾患、がんを引き起こすことが示されています。

さらに、近年では喘息との関連性も示唆されており、今後の研究展開によっては様々な疾病の治療方法確立に重要な分子となると考えられています。

ナチュラルキラーT細胞は様々なサイトカインを分泌しますが、この性質は今後重要な臨床研究につながることが期待されています。

 

今回発表された研究も、その部分とやや関係しています。

 

研究の詳細

研究チームの計画では、他人のiPS細胞に分化誘導をかけて、ナチュラルキラーT細胞を作成します。

この細胞のみではやや活性が弱くなる傾向が見られるので、患者本人の血液を採取し、その血液中からナチュラルキラーT細胞を活性化させる作用を持つ樹状細胞を取り出します。

この樹状細胞も免疫細胞に分類される細胞で、免疫応答に重要な役割を持っています。

 

患者本人の血液から採取した樹状細胞だけでは数が不足するため、取り出した樹状細胞は培養によって細胞数が増やされます。

増やされた樹状細胞は、ナチュラルキラーT細胞を移植する前に患者に投与されます。

投与の方法は鼻から注入する方法ですので、大がかりな手術などは必要ありません。

 

樹状細胞を鼻から注入した後、5日間待ちます。

この5日間という時間は、樹状細胞が体内に定着する時間ですので、ナチュラルキラーT細胞が移植されるときには樹状細胞がナチュラルキラーT細胞を活性化させるために待ち受けている状態になります。

 

そして5日後、ナチュラルキラーT細胞を移植しますが、この方法もがんがある患部の動脈に投与するという方法を使うので、大がかりな手術は必要ありません。

 

研究チームは2020年からナチュラルキラーT細胞のみを投与する治験を進めてきました。

そして今回の方法でナチュラルキラーT細胞を活性化させるための方法を併用して、効果を上げることを計画しています。

発表された内容では、今回の治験は患者2名から6名を対象にして、まず安全性の検証を行い、その後有効性を検証するとしています。

 

研究チームの本橋新一郎・千葉大教授は、「相乗効果を確認し、治療としての提供を目指す」と述べており、実用化を目指す研究としてはかなり期待が持てる内容の治験です。

ただし、慶応大教授の田野崎隆二博士が「他人の細胞を入れることによる拒絶反応の影響を慎重に確認するべき」とも述べています。

これはiPS細胞、またはiPS細胞から分化させた細胞を移植する際に、大元のiPS細胞が他家、つまり他人の細胞由来だった場合に常につきまとう問題ですが、今回の場合は免疫細胞ということで、さらに慎重な治験が求められています。

 

 

目次