1. HIV感染者、幹細胞移植によって寛解

エイズウイルス(HIV)に感染した患者が、幹細胞移植を受けた後に、エイズウイルスが体内から検出されない状態、つまり寛解状態となり、その状態を維持しているという症例研究が発表されました。

この幹細胞移植後にエイズが寛解状態になる症例は、これで3例目であり、新たな幹細胞を使った治療になり得るのではないかと注目されています。

この症例は、アメリカ、カリフォルニア大学ロサンゼルス校以下大学院のイボンヌ・ブライソン博士らによって発表されました。

幹細胞移植は、エイズ治療のためではなく、エイズウイルスに感染したという診断を受けた後に急性骨髄性白血病を発症し、その治療として行われたものです。

患者は中年の女性で、両親は人種が異なります。

急性骨髄性白血病と診断された後、患者は化学療法を受け、その治療によって血液細胞が破壊されてしまいました。

そのため、家族(成人)から幹細胞を移植し、一時的に血液細胞を補い、産婦の胎盤とへその緒から採取された臍帯血の移植を受けました。

この産婦と患者の間に血縁関係はありません。

白血病患者に臍帯血を移植する治療は、臍帯血に含まれている造血幹細胞を使うことが目的です。

移植された造血幹細胞は、1ヶ月ほど経過すると正常な血液細胞となり、白血病を根治することができます。

アメリカには、この臍帯血を供給するバンクが存在し、この患者へ移植した臍帯血は、エイズ耐性の変異を持つ臍帯血が使われています。

エイズウイルスへの感染が発覚してから急性骨髄性白血病の発症までに4年、そしてその治療後、4年以上白血病は再発していません。

さらに、エイズウイルスが検出されなくなったことから、それまで投与していた抗HIV薬については投与を中止しています。

移植完了から抗HIV薬投与中止までが3年、そして現時点で1年数ヶ月が経過していますが、現在もエイズウイルスは体内から検出されていません。

エイズウイルスに感染した患者が、幹細胞移植によって治癒したとされるケースは、これまでに2人報告されており、今回の症例で3人目となります。

いずれのケースもHIV耐性をもつドナーからの移植でした。

このHIV耐性とはどういうことなのでしょうか。

2. エイズとHIV耐性

まず、HIVはエイズウイルス(Human Immunodeficiency Virus)のことを指します。

HIVはヒトの免疫細胞に感染して細胞を破壊し、最終的に後天的免疫不全症候群(Acquired immune deficiency syndrome)を発症させます。

このAcquired immune deficiency syndromeはAIDS(エイズ)と略され、この言葉が一般的に知られているエイズの語源です。

エイズは、性行為による感染、輸血などの血液を介した感染、母子感染が主な感染経路として挙げられます。

エイズウイルスが感染したとしても、すぐにエイズが発症するわけではありません。

まずエイズウイルスに感染すると、数週間の間にエイズウイルスは体内で急激に増殖し、ヒトの免疫細胞であるCD4陽性リンパ球を破壊していきます。

この破壊によって、発熱、喉の痛み、だるさ、下痢といった、風邪やインフルエンザに似た症状が表れます。

人によっては、筋肉痛、皮膚の湿疹が出る場合もあります。

これらの症状は、数日、長くても数週間で解消しますが、体内のエイズウイルスが消えたわけではありません。

この時期は、急性期と呼ばれる時期です。

急性期が過ぎると、症状が何も出ない時期、無症候性キャリア期に入ります。

この時期がどれくらい続くかは個人差がありますが、数年から10年程度と言われています。

短い人では2年、長い人では15年間、この無症候性キャリア期が続きます。

自覚症状が全くないため、エイズウイルス感染の有無を確認する検査を受けない限りは、エイズウイルスへの感染を確認することができません。

この間、エイズウイルスは体内で増殖をしており、CD4陽性リンパ球は徐々に破壊されていきます。

この結果、感染者の免疫能力も徐々に低下していきます。

ある程度までCD4陽性リンパ球が破壊されると、長期の下痢、急激な体重減少がみられ、帯状疱疹、口腔カンジダ症などの病気に罹るケースがあります。

そしてエイズ期という時期に入ります。

エイズ期では、通常感染しても免疫によって撃退してしまう病原体によって感染症が引き起こされたり、悪性腫瘍、神経障害などの疾患を発症します。

厚生労働省の基準では、エイズの診断基準の中に発症する可能性のある疾患を23指定しています。

エイズウイルスへの感染が確認され、かつこれらの疾患のいずれかを発症するとエイズ期として認定されます。

3. エイズウイルス耐性を持つ人がいる

一方で、エイズウイルスに感染しても、エイズウイルス耐性を持つために発症しない人もいます。

エイズウイルスが感染するCD4陽性細胞の表面には、CCR5という受容体があります。

エイズウイルスは、このCCR5を利用してCD4陽性細胞内に入り込み、増殖をして発症を誘導します。

この細胞侵入の足がかりとなるCCR5がなければ、エイズウイルスは細胞何侵入することができません。

エイズウイルス耐性を持つ人は、このCCR5遺伝子に異常があり、正常なCCR5を作れないケースが多く見られます。

正常なCCR5でないと、エイズウイルスは細胞侵入の足がかりにすることができません。

そのため、CCR5遺伝子に異常のある人は、エイズウイルスが体内に侵入しても、CD4陽性細胞に入り込むことができなくなるため、エイズウイルスの増殖、エイズの発症が起こらないのです。

このCCR5遺伝子異常は、北ヨーロッパの白人に多く見られ、全体の16 %が遺伝子異常を持つとされています。

以前、ヨーロッパでは天然痘が何度も大流行しましたが、天然痘ウイルスもこのCCR5を使って細胞内に侵入します。

その大流行では、CCR5遺伝子の異常を持っている人が多く生き残ったため、これだけの割合の北欧人が遺伝子異常を持つに至ったと予想されています。

4. 幹細胞のドナーがエイズウイルス耐性を持っていた

今回の症例での患者は、異なる人種の両親を持つ、とされています。

つまり、父親か母親かのどちらか、もしくは両方が白人ではないと言うことになります。

先ほど説明したCCR5遺伝子異常によるエイズウイルス耐性は、白人以外の人種で見つかる可能性は非常に低く、患者が元々英字ウイルス耐性を持ったとは考えにくい状況です。

今回の例も含めて、3人の患者が幹細胞の移植によってエイズウイルスが体内から消えていますが、いずれの場合も幹細胞のドナーはヨーロッパ在住の白人で、すべてエイズウイルス耐性を持つドナーでした。

臍帯血移植は、成人からの幹細胞移植と比べると適合の許容範囲が広いため、異なる人種間でも移植が可能です。

しかし、やはり他家の細胞ですので、過去の2例では移植片対宿主病(GVDH)が見られました。

今回の症例が報告されるまでは、このGVDHがエイズウイルス除去に効果があるのではないかと仮説を立てる研究者もいました。

今回の場合、このGVDHは起こらなかったため、現時点ではGVDHによるエイズウイルス除去の仮説は否定される結果となりました。

この結果から、エイズ治療の方法として、臍帯血移植が有効ではないかと思われますが、現時点では、エイズウイルス感染者に幹細胞移植が適用されるのは、白血病などの血液癌で移植を必要とする一部のケースに限られます。

つまり、エイズの治療目的での幹細胞移植は行われていません。

理由は、移植後、最大20 %の患者が死亡し、合併症のリスクもある治療のため、このようなリスクの下で行うのは、白血病などに限られると規定されているからです

アメリカ国立アレルギー感染症研究所の所長であるファウチ博士は、「この患者にはたまたま幹細胞移植を必要とする疾患があったが、エイズウイルス患者にこの幹細胞移植が幅広く適用されることは現時点では考えにくい。」と述べています。

しかし、今回の症例をヒントとして、さらに分子生物学的な解析によってエイズ患者への治療方法が確立される可能性は十分あり、今後はこのCCR5遺伝子に着目した研究がいくつか立ち上げられると考えられます。

たまたま幹細胞移植が必要だったエイズウイルス患者に幹細胞を移植した結果、エイズウイルスが体内から消えた、という偶然にも近い症例報告ですが、今後のエイズ対策に幹細胞が持つ役割が明らかになっていくかもしれません。