ダウン症も治療可能に。iPS細胞にゲノム編集、国内外で進む研究

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ダウン症と幹細胞

ダウン症またはダウン症候群は、体細胞(生殖細胞以外の細胞)の21番染色体が通常よりも1本多く存在することで発症する先天性疾患、つまり遺伝子疾患です。

通常は染色体は同じものが2本ずつ細胞の核内にありますが、時に同じ染色体が3本というケースも見られ、これはトリソミー症と総称されています。

この染色体の本数異常は、第一減数分裂時、減数第二分裂時に起こるため、胎児の時点ですでにダウン症を発症する要素を持つことになります。

 

この染色体の本数が多くなることによってなぜダウン症になるかについては研究が進んでいます。

ヒト21番染色体には、タンパク質合成のために保存されている遺伝子が約300個あります。

通常であれば21番染色体は2本なのですが、3本になることで染色体数が1.5倍になり、約300遺伝子の発現量も1.5倍になります。

そのために様々な症状が表れると現在は考えられています。

 

例を挙げると、21番染色体には血液の増殖に関わる遺伝子が存在します。

ヒトが生きるためには当然必要であり重要な遺伝子なのですが、この遺伝子の発現量が1.5倍になることによって、一過性骨髄異常増殖症という以上増殖を伴う合併症が見られます。

 

さらにダウン症の患者は、40代以降にアルツハイマー病を発症する人が少なくありません。

21番染色体にはAPPという遺伝子がありますが、この遺伝子によって、アルツハイマー病の発症にかかわるアミロイドβが、脳内にたまりやすいためと考えられています。

この研究は、ダウン症患者から作成したiPS細胞を使った研究によって、京都大学iPS細胞研究所の研究チームが明らかにしたものです。

 

また、ダウン症の患者は脳内の神経細胞が少ない一方で、神経細胞の働きを支える「アストロサイト」という細胞は多くなっています。

これは21番染色体にある「DYRK1A」という遺伝子の働きが強まっていることが原因と考えられています。

DYRK1Aという遺伝子の働きが多すぎるとダウン症となりますが、この遺伝子の働きを抑えすぎると自閉症のリスクが出てきます。

 

現在ダウン症と幹細胞の関係は、こうした分子生物学的な知見を得るために、患者の細胞からiPS細胞を作成して解析する、というケースが多くなっています。

つまり、幹細胞、iPS細胞を使って治療するというものではなく、iPS細胞をダウン症患者の細胞から作成して、遺伝的、分子的なメカニズムを明らかにするという研究が圧倒的に多いということです。

この研究によってダウン症の治療ターゲットを模索しているのが現在の状況ですが、その中で大きな研究成果が発表されました。

 

ダウン症の原因が消失した?

広島大学原爆放射線医科学研究所の松浦伸也教授、Silvia Natsuko Akutsu助教、埼玉県立小児医療センター遺伝科の大橋博文部長らのグループは、iPS細胞を使ってダウン症の治療につながる大きな研究成果を挙げました。

 

ダウン症の原因となる常染色体トリソミー症候群の患者細胞を採取し、この細胞からiPS細胞を作成したところ、過剰だった染色体数が修正され、正常に自己修正される者が現れる、という内容がこの研究成果です。

21番染色体が過剰な数になるとダウン症の原因になりますが、この染色体過剰は他の染色体にも見られます。

 

研究チームは、21番染色体だけでなく、18番染色体、13番染色体、9番染色体の過剰染色体を持つ患者からの細胞で確認しました。

研究に使った全ての細胞は2本あるはずの染色体が3本ある、というトリソミーです。

 

21番染色体のトリソミーはダウン症がよく知られていますが、他のトリソミーも様々な疾病の原因となります。

18番染色体トリソミーは圧倒的に女性に多い現象です。

これは、18番染色体トリソミーが男性だった場合、生まれてくることができない、つまり流産するケースが多いためです。

 

18番染色体トリソミーは、口唇裂、口蓋裂、耳介低位付着、そして手が握られたまま、という奇形と呼ばれる現象が多く見られます。

また、先天性心疾患の可能性も高く、心室中隔欠損症、心内膜床欠損症などが顕著な例です。

発見者の名前からエドワーズ症候群とも呼ばれ、予後が非常に悪いことが知られています。

 

生存率は生後2ヶ月で50 %、2歳で5 %という調査結果が出ています。

別の調査では生存期間の中央値は出生後4日、1週間生存は全体の64 %、1歳までの生存率は1 %とされています。

2000年以降には18番染色体トリソミーの患者の症状に対して対処療法を行った結果、平均余命は152日、最高で1786日という報告もあります。

 

13番染色体のトリソミーも18番染色体トリソミーと同様に、男児は流産するケースが多いため女児が圧倒的に多くなっています。

発見者の名前をとって、パトー症候群(または、バトウ、プット、ペイトーという表記もあり)と呼ばれています。

このトリソミーは出生数自体が非常に少ないために、統計学的に有効な調査が行われていません。

 

これらのトリソミーがiPS細胞を確立することによって解消される、という研究はこれまでに全くなかったものです。

 

研究の詳細

まず、この研究成果をまとめます。

まず第一に、常染色体トリソミー症候群の患者細胞からiPS細胞を樹立すると、過剰染色体が喪失して染色体数が正常化することを明らかにしました。

解析を進めてみると、初期胚で知られている現象に類似しており、このステップはヒトの細胞が元々持っている修正機構によって行われた可能性があります。

 

研究グル−プは、21番染色体トリソミー、18番染色体トリソミー、13番染色体トリソミーを、ヒトにおける主要な常染色体異数性疾患として着目し、研究に着手しました。

これらは主に母体の減数分裂における染色体の非分裂に由来し、余分なトリソミック染色体はいくつかの先天性奇形を引き起こす可能性があります。

 

トリソミーによって染色体数が1.5倍になり、それらの染色体からの遺伝子発現量が1.5倍になることは、様々な病気の発生に複雑に関与しており、根本的な治療法はまだ確立されていません。

しかし近年、培養した患者細胞で余分な染色体を補正する染色体治療が開発されており、ダウン症患者由来の線維芽細胞がiPS細胞へのリプログラミング中に、トリソミーに偏った染色体消失という現象により余分な21番染色体を失うことが報告されました。

 

そこで研究グループは、リプログラミングの初期段階におけるトリソミーを修正するための基礎的なメカニズムについて、今後の治療ターゲット探索に有用な知見を得るために、21番染色体トリソミー、18番染色体トリソミー、13番染色体トリソミーの患者の皮膚線維芽細胞をiPS細胞にリプログラミングし、分子細胞遺伝学的手法により個々のiPS細胞のゲノムを評価しました。

 

その結果、21番染色体トリソミー、18番染色体トリソミー、13番染色体トリソミー患者から作成されたiPS細胞株のいずれにおいても、細胞初期化によりトリソミーから正常な染色体数にに自然修正されている細胞株が出現しました。

染色体の重複などの異常によって3本が2本になったのではなく、結果的に正常な染色体が2本になったことが確認されており、本数だけでなく遺伝子の配列も正常のまま修復されたことが確認されました。

 

これに似た現象は、受精卵が着床し、そこから発生する前胚の初期における核型補正に類似しており、同じメカニズムで修正が行われているのではないかと研究グループは考えています。

研究グループは論文において「自律的な核型補正のメカニズムを解明し、異数性疾患の基礎・臨床研究への応用につながるものである。」と述べていますが、この文章にはこれまで治療が不可能とされていた疾病に対しての治療可能性が含まれています。

 

ダウン症の研究に使われているiPS細胞は、再生医療に使うようなiPS細胞が直接の治療ツールになるものではありません。

このようにiPS細胞のメカニズムを解析することによって疾病の治療ターゲットを探し出すという目的でiPS細胞は使われています。

こうした研究にもiPS細胞を大きな役割を果たしており、ダウン症治療が今後どのような方向に進むかを決める際にもiPS細胞を使った研究が重きを成すと考えられています。

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