新型コロナ感染を2酵素阻害で抑えられる、京大がiPS細胞で確認

目次

1. iPS細胞を使った研究でコロナ抑制を目指す

京都大学iPS研究所の橋本里菜特定研究員と、高山和雄講師らの研究グループは、iPS細胞を使った研究により、新型コロナウイルスへの感染を抑制するカギとなる経路を発見しました。

これは、2種類の酵素を阻害する薬剤を投与することによって、感染したコロナウイルスの量を大幅に減少させることに成功し、酵素機能が抑制された2つの酵素がコロナウイルス感染時に重要であることが明らかになったことによるものです。

この酵素阻害剤は、分化細胞での効果、毒性の検証と、影響を受ける関連分子の特定などの実用化検討段階に入ります。

2. コロナウイルスの増殖メカニズム

研究グループの報告を解説する前に、コロナウイルスの増殖メカニズムを解説します。

コロナウイルスは、偏性細胞内寄生性という特徴を持ち、宿主の細胞内のみで増殖します。

この増殖ステップは、大きく分けると7つのステップから構成されています。

まず、体内に侵入したコロナウイルスは、ヒトなどの動物細胞表面の受容体に結合します。

コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質が、ヒト細胞表面にあるACE2(アンジオテンシン変換酵素2)という受容体が結合ターゲットになります。

ウイルスは、ACE2のような受容体を利用して細胞内に侵入します。

コロナウイルスはACE2を利用しますが、インフルエンザウイルスはシアル酸糖鎖という構造、エイズウイルスはCD4が利用されてしまいます。

ACE2はもともと、血圧を調節するホルモンの分解に関係します。

ウイルスは、ヒトが持っている酵素が切断するアミノ酸配列をスパイクタンパク質に持っており、自分のスパイクタンパクをヒトの酵素に切断させて、ACE2により強く結合するという性質を持っています。

次のステップで、コロナウイルスは細胞内に侵入します。

コロナウイルスのスパイクタンパク質がACE2と結合した後に、細胞表面にあるTMPRSS2(II型膜貫通型セリンプロテアーゼ)が手助けをすることによってコロナウイルスは細胞内への侵入を開始します。

侵入後は、脱殻というステップに入ります。

ウイルス粒子は分解され、ウイルスのRNAが露出し、ヒトの細胞内に放出されます。

このRNAはウイルスを構成するタンパク質、つまりウイルスのパーツを作る設計図です。

作られたパーツは、ウイルスの内部に組み込まれるもの、外側を構成するものに分けられた後、ウイルス粒子を形成して細胞外に放出されます。

3. この研究でターゲットにしたメカニズム

今回の研究成果でターゲットとした部分は、ウイルスが細胞に侵入するメカニズムです。

コロナウイルスは、自分の細胞表面上にあるスパイクタンパク質を、ヒトの細胞に切断させて、ヒト細胞表面に結合しやすくしてもらいます。

そのため、タンパク質を切断する酵素、分解する酵素はヒトの分子でありながらコロナウイルスに有利に働いてしまいます。

このメカニズムをターゲットにする時、さらにターゲットを絞り込むと、これらのタンパク質を分解、切断する酵素が適しています。

この酵素を絞り込む、また酵素に効果のある化合物をテストするために、研究グループは、iPS細胞の遺伝子を改変し、新型コロナウイルスと結合するタンパク質であるACE2を大量に発現させることによって解析のツールとしました。

ACE2が大量に存在するわけですから、コロナウイルスは容易に細胞内に侵入する足がかりを得られます。

あとは、この細胞侵入を助ける分子を阻害する化合物を使って、コロナウイルスが減少するものを探し出せば目的は達成されます。

TMPRSS2は、日本語ではII型膜貫通型セリンプロテアーゼと呼ばれますが、正式名称は、Transmembrane protease, serine 2です。

その他に、研究グループは、カテプシンBにも着目しました。

カテプシンBはシステインプロテアーゼに属する酵素で、様々な同部首に存在するタンパク質分解酵素です。

TMPRSS2は先に述べましたが、カテプシンBもコロナウイルスの細胞内侵入に利用されてしまう酵素です。

当初、TMPRSS2のみがコロナウイルスの細胞内侵入に重要という予想でしたが、研究が進むにつれて、いくつかのタンパク質がコロナウイルスの細胞内侵入に利用されていることが解明されました。

カテプシンBはそのうちの1つですが、カテプシンBとTMPRSS2には大きな違いがあります。

カテプシンBはエンドサイトーシス経路を使ってコロナウイルスが細胞内に侵入する時、TMPRSS2は、エンドサイトーシス経路を使わずに侵入する時に利用されることがこの研究で示されています。

つまり、どちらかの経路が使えなくても、残った経路でコロナウイルスは細胞内に侵入できるシステムを備えているということです。

これは、治療という観点からは非常に厄介なメカニズムです。

なぜなら、TMPRSS2を抑制したとしてもカテプシンBを使ってコロナウイルスは細胞何侵入できる、つまり、完全に細胞内侵入を抑制するためには、TMPRSS2、カテプシンB両方を抑制する必要があるからです。

実際は、どちらか一方を抑制すると、コロナウイルスの感染効率は減少します

ですので、もしどちらかの抑制剤を単独投与したばあいでも、効果が全くないわけではありません。

実際に、この研究では、特定した抑制剤を単独投与してもコロナウイルスの減少効果が確認されています。

4. 候補となる抑制剤

この研究で効果が期待される薬剤、化合物として特定されたのが、カモスタットという薬剤と、CA-074Meです。

カモスタットは、TMPRSS2の阻害剤で、セリンプロテアーゼ阻害剤に分類されています。

すでに、HeLa細胞(ヒト子宮頸がん細胞)でコロナウイルスの部分的な感染ブロックが証明されています。

さらに、肺細胞でも感染現象が報告されており、今回の研究ではTMPRSS2を発現させたiPS細胞で効果が証明されたことから、コロナウイルス感染の抑制剤として大きな期待が寄せられています。

ジェネリック医薬品メーカーである日医工は、2020年11月に「カモスタットメシル酸塩」をコロナ治療薬として第2臨床試験をアメリカで開始しています。

CA-074Meは、まだ化合物、または薬剤のシーズという段階ですが、カテプシンBの阻害剤として薬品化が進められている化合物です。

カテプシンには12のグループがありますが、CA-074Meは、カテプシンLはチオールが存在している時にのみカテプシンLを阻害することができます。

カテプシンBの阻害も条件が必要で、CA-074Meが細胞内のエステラーゼによってCA-074に変換された時のみカテプシンBを阻害することができます。

研究結果によっては、CA-074Meを使うよりも、CA-074をそのまま使った方がカテプシンBの阻害効果が期待できるとしているものもあり、論文も発表されています。

こういった研究は、「創薬」に分類されます。

細胞、または培養環境によって結果が異なることがよくあり、特に化合物が細胞内で代謝を受けて生成する中間代謝物が酵素活性を持つ、抑制効果、促進効果を持つ場合は、さまざまな結果が出ます。

今後、こうしたデータは動物実験、または培養条件を一定にした研究によって整理され、創薬シーズとして有効かどうかが判定されます。

カモスタットはすでに医薬品として流通しているため、安全性がある程度確保されているので効果のみの検証が今後必要です。

しかし、CA-074Meについては、投与方法、また活性型であるCA-074を投与した方がいいのか、CA-074Meの方がいいのかなど、試験において検証しなければならない点は比較的多くなります。

今回の研究結果では、これまで予想されていた、コロナウイルス感染におけるTMPRSS2の抑制効果が証明され、2つの感染抑制薬剤の候補が示されましたが、もっとも大きなインパクトを与える結果は、TMPRSS2のみの抑制では感染抑制は不十分である可能性があり、コロナウイルスのタンパク質に働きかけるヒト細胞内のタンパク質と、TMPRSS2の同時抑制によって大きな効果を発揮する、という点です。

コロナウイルスに対する治療法、創薬は、まだ端緒についたばかりなので、研究結果があちらこちらから発表されていますが、この2点同時抑制によるコロナウイルス感染抑制という結果は、今後のコロナウイルス対策を探っていく点において、重要な指針となるでしょう。

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