京都大学がiPS細胞から免疫抑制細胞作成に成功
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の金子新教授らは、iPS細胞から免疫を抑制する「制御性T細胞」と同様の働きを持つ細胞を作製したことを報告しました。
この細胞は免疫の抑制効果を発揮する細胞で、免疫の暴走を防ぐために必要な細胞です。
ヒト身体の免疫機能が異常なレベルで活性化すると、リウマチ、炎症性腸疾患などの免疫疾患につながり、多くの疾患が有効な治療方法が存在せず、一度罹ってしまうと長い治療期間を必要とします。
現在は、免疫抑制剤によって治療を行うのが一般的ですが、免疫機能を抑制する制御性T細胞を使う方法が模索されています。
この研究は、アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校などでiPS細胞からヘルパーT細胞を作る方法を発展させ、制御性T細胞の作製に成功したということが中心になっています。
リウマチ、炎症性腸疾患とは?
リウマチ(関節リウマチ、RA: Rheumatoid Arthritis)は、自己免疫疾患の一種で、主に関節に炎症を引き起こし、痛みや腫れ、こわばりを伴う慢性疾患です。
リウマチは体の免疫系が誤って自身の組織を攻撃することによって引き起こされる疾患です。
リウマチは主に関節の内膜(滑膜)に炎症を引き起こし、痛み、腫れ、こわばりをもたらします。
特に手指、手首、足などの小さな関節に多く見られますが、膝、肘、肩などの大きな関節にも影響を及ぼすことがあります。
そしてリウマチの特徴的な症状として、左右対称に関節が侵されることが多く見られます。
リウマチの炎症が進行すると、関節の変形や破壊が生じ、機能障害や可動域の制限を引き起こすことがあります。
さらに全身症状も見られ、疲労、発熱、体重減少などの全身症状が現れることもあります。
リウマチによる炎症が持続すると、軟骨や骨が破壊され、関節の変形や機能障害が生じます。
この結果、痛みや関節のこわばりにより、日常生活動作(例えば歩行、手作業など)が困難になることがあり、日常生活に支障が出るケースが多く見られます。
リウマチは関節の症状が注目されがちですが、関節外症状として、心血管疾患、肺疾患、皮膚疾患、目の病気など、関節以外の部分にも影響を及ぼすことがあります。
リウマチの診断は、血液検査(リウマトイド因子、抗CCP抗体など)や画像診断(X線、超音波、MRIなど)を用いて診断されます。
治療には薬物療法(抗リウマチ薬、ステロイド、免疫抑制薬など)や物理療法、作業療法、外科手術などが用いられます。
リウマチは完治が難しい疾患であり、適切な治療と管理により症状をコントロールし、生活の質を向上させることが目的の治療が行われます。
炎症性腸疾患(IBD: Inflammatory Bowel Disease)は、腸に慢性的な炎症を引き起こす疾患の総称です。
主にクローン病(Crohn’s Disease)と潰瘍性大腸炎(Ulcerative Colitis)の2つの疾患が含まれます。
クローン病は、どの部分の消化管にも影響を及ぼす可能性がありますが、主に小腸や大腸に影響を与えるケースが多く見られます。
炎症が消化管の全層に及び、病変部位が散在的であることが特徴であり、症状には腹痛、下痢、体重減少、発熱などがあります。
潰瘍性大腸炎は、主に大腸(結腸)と直腸に限定される炎症を引き起こします。
炎症が大腸の内層(粘膜)に限定され、連続的に広がることが特徴で、症状には血便、腹痛、下痢、便意切迫感などがあります。
炎症性腸疾患の正確な原因はまだ完全には解明されていませんが、遺伝的要因、免疫システムの異常、環境要因などが複合的に関与していると考えられています。
内視鏡検査(大腸内視鏡や小腸内視鏡)、画像診断**(CTスキャンやMRI)そして血液検査や便検査で診断されます。
治療は、症状の軽減と再発の防止を目的とした薬物療法、栄養療法、手術療法などがあります。
薬物療法では、メサラジンなどの抗炎症薬、アザチオプリン、メルカプトプリンなどの免疫抑制剤、抗TNFα抗体などの生物学的製剤、そしてステロイド剤が使われます。
炎症性腸疾患は慢性的な病気であり、治療や管理が必要ですが、適切な治療を受けることで症状をコントロールし、生活の質を向上させるということを目的として治療されることがほとんどで、根治治療方法はまだ確立されていません。
免疫抑制細胞の医療への可能性
免疫抑制細胞とは、免疫応答を抑制し、過剰な免疫反応を防ぐ役割を持つ細胞の総称です。
これにより、自己免疫疾患の発生を抑制したり、免疫系のバランスを保ったりすることができます。
主な免疫抑制細胞には、制御性T細胞、ミエロイド由来抑制細胞、抑制性樹状細胞があります。
制御性T細胞は、他の免疫細胞の活動を抑制することにより、免疫応答の過剰反応を防ぎます。
これにより、自己免疫疾患の発症を防ぎ、免疫系のバランスを保ちます。
ミエロイド由来抑制細胞は、癌や慢性感染症の際に増加し、T細胞やNK細胞などの効果細胞の機能を抑制することにより、免疫応答を制御します。
そして抑制性樹状細胞は、免疫応答を活性化する代わりに抑制する働きを持ち、自己免疫反応を防ぐ役割を果たします。
これらの細胞は、免疫系の過剰な反応を防ぎ、健康を維持するために重要な役割を果たしています。
しかし、一部のがんや慢性感染症では、これらの細胞が過剰に働くことで、病原体やがん細胞に対する免疫応答が弱まり、病状が進行する原因にもなります。
今回の研究で細胞株樹立に成功した制御性T細胞は、免疫系の重要な調節役を果たす特殊なT細胞の一種です。
これらの細胞は、他の免疫細胞の活動を抑制することで、免疫応答の過剰反応を防ぎ、自己免疫反応を抑制し、免疫系のバランスを保つ役割を担っています。
制御性T細胞はCD4陽性(CD4+)であり、特定の分子マーカーとしてCD25(IL-2受容体α鎖)と転写因子Foxp3を高発現しています。
Foxp3は制御性T細胞の発生、機能、維持に必須の役割を果たしています。
制御性T細胞は胸腺で分化する自然発生型制御性T細胞と、末梢の免疫応答中に分化する誘導型制御性T細胞に分類されます。
制御性T細胞はサイトカイン(例えばIL-10、TGF-β)を分泌し、炎症反応を抑制する作用があり、これにより、免疫系の過剰な反応を制御し、炎症性疾患の進行を防ぎます。
また、他の免疫細胞(例えばエフェクターT細胞やB細胞)の活性化を抑制し、免疫応答の過剰反応を防ぎます。
こうした機能は移植免疫の抑制に重要で、移植された臓器に対する免疫反応を抑制し、移植片の拒絶反応を防ぐ役割を果たします。
自己免疫疾患、がん免疫、移植医療に重要な役割を果たす制御性T細胞は、当然医学において重要な研究対象になっていました。
制御性T細胞は、免疫系のバランスを保つ上で不可欠な役割を果たしており、その機能や調節機構の理解は、自己免疫疾患やがん、移植医療の治療戦略において重要な意義を持っています。
iPS細胞からの分化
iPS細胞を使って研究対象細胞を作製する研究が盛んですが、iPS細胞から制御性T細胞に分化させるプロセスは、高度に専門的な手法を必要とする複雑な手順です。
このプロセスは、以下のようなステップで進行します。
- iPS細胞の作製
まず、体細胞からiPS細胞を作製します。
このプロセスには、通常、以下のステップが含まれます:
1-1. 遺伝子導入:オクタマー結合転写因子3/4(OCT3/4)、SOX2、KLF4、c-MYCなどのリプログラミング因子を導入し、体細胞を多能性幹細胞に再プログラムします。
1-2. 培養:再プログラムされた細胞を適切な培地で培養し、iPS細胞を増殖させます。
- iPS細胞の前駆細胞への分化
次に、iPS細胞を制御性T細胞の前駆細胞である造血幹細胞(HSCs)に分化させます。
これには以下の手順が含まれます:
2-1.メソダーム誘導:iPS細胞をメソダームへ誘導するために、適切な成長因子(例えば、BMP4、FGF2、Activin Aなど)を用いて培養します。
2-2. 造血幹細胞誘導**:さらに、メソダーム細胞を造血幹細胞へ分化させるために、他の成長因子(例えば、SCF、FLT3L、TPOなど)を使用します。
最後のT細胞への分化ステップでは、造血幹細胞をT細胞の前駆細胞であるリンパ球前駆細胞(CLPs)へ分化させ、その後、T細胞への分化を誘導します。
この過程には、胸腺のような環境を再現するための特殊な培養条件が必要です。
分化時の分子的な条件もわかってきています。
まずNotchシグナル経路の活性化が必要で、これは胸腺の環境を模倣するためにDelta-like ligand 4(DLL4)などを使用して達成されます。
そしてIL-7とSCFなどのサイトカインを含む培地で培養することで、リンパ球前駆細胞からT細胞への分化を促進します。
さらにTGF-βとIL-2を含む培地でT細胞を培養し、Foxp3の発現を誘導します。
Foxp3は制御性T細胞のマーカーであり、その発現が制御性T細胞への分化を示します。
また、レチノイン酸も制御性T細胞の誘導に役立つことが示されています。
作製された細胞は、制御性T細胞の特性評価を受け、制御性T細胞であるかどうかが確認されます。
まずマーカーの発現です。
フローサイトメトリーを用いて、CD4、CD25、Foxp3の発現を確認します。
次に機能評価が行われます。
抑制機能を持っていることを確認するために、in vitroでの抑制アッセイを行います。
iPS細胞から制御性T細胞への分化は、多段階にわたる複雑なプロセスであり、各ステップで特定の条件と因子が必要です。
最適化されたプロセスは1つのパターンとは限らず、今回の研究成果はそのうちの1つを明らかにしたものです。
このプロセスは、再生医療や免疫療法の分野での応用が期待されます。