細胞培養のコストを低減!京大発スタートアップが基礎培地を販売

目次

1. 幹細胞研究で大きな負担となる細胞培養コスト

EC細胞、iPS細胞の研究発展により、幹細胞研究がニュースとしてメディアに出てくることが増え、「細胞培養」というキーワードが一般の人々の耳に入る機会が増えてきました。

「細胞を培養する」とは、体内にある細胞を体外で人工に成長、増殖させる、または維持させることです。

研究で、ヒト、動物、植物の個体から取り出した細胞をそのまま人工的に培養するケースもありますし、関連メーカーから培養細胞を購入して細胞培養を行う場合もあります。

細胞培養を行う場合、細胞を培養する容器内には、細胞に供給する栄養などを含んだ培養液を入れておく必要があります。

培養されている細胞は、この培養液中に含まれている栄養を、細胞膜を通じて取り込み、細胞生命を維持、または成長、増殖します。

培養液は、細胞の種類、培養の用途ごとに様々な種類があり、価格も安いものから高いものまで様々です。

安いものですと、1リットルで数千円、高いものになると、1リットルで数十万円になることもあり、細胞培養は意外とコストがかかる実験手法なのです。

細胞培養時に用いる培養液には、アミノ酸、グルコースなどの細胞の維持、成長、増殖に必須な物質が含まれています。

これだけで細胞が培養できるのかというとそうではなく、ほとんどのケースでは仔牛などの血清を培養液に加えます。

血清中には多くの成長因子が含まれており、この成長因子群がないと細胞の成長、増殖の効率が悪い、または成長、増殖しなくなります。

この血清も決して安いものではなく、通常の大学の研究室では2年から数年くらいおきに、研究が活発な研究室では1年に1回以上、数十万円から数百万円単位の血清をまとめて購入します。

日本全体でみると、研究予算は官民共に縮小傾向にあり、多くの研究機関が財政上の問題を抱える今、研究コストの削減は重要な課題です。

特に、ES細胞、iPS細胞、またはそれらから分化誘導される細胞は特化された培養液を使うことが多いため、研究コストがどうしても高くつく、という欠点があります。

2. 細胞培養のコストを低減する基礎培地を開発

この幹細胞培養のコストダウンを狙った培地開発をしているマイオリッジという企業は、京都大学発のバイオベンチャーで、本社を京都市左京区に置いています。

マイオリッジは、自社で低分子化合物、培地成分データベース、培地成分の探索技術などの特許技術と独自ノウハウを持ち、培地開発サービスを行っています。

これらは、再生医療等製品、バイオ医薬品、培養食品の開発に伴う培地コスト、有用細胞収量、生物由来原料の含有などの課題解決が目的です。

培養食品などの場合、培養コストを下げれば下げるほど販売価格を下げることができたり、会社の利益が大きくなるため、コストダウンは非常に大きな課題です。

また、培養の結果、得られる細胞などの品質は商品の質に反映されるため、安ければいいというものではなく、より安く、そしてより質の高い、という事が重要になります。

マイオリッジのHP上に書かれている、マイオリッジの開発課題とその背景に、「生命が食事をすることによって摂取されるアミノ酸、ビタミン、ミネラル」に加えて、「体内で合成される生理活性物質などの多種多様なタンパク質」はそれぞれ細胞の増殖に必要なために、ほとんどの培地に添加されている、と書かれています。

これらの物質は、生物から生成される場合でも、大腸菌の組換体を使って生産する場合でも、コストがかかります。

こういったコストがかかる物質の集合体が培養液のため、どうしても培養液は高価になることが避けられません。

このコストを下げることによって、研究費のコストダウンと、細胞培養の多様性に対応できる環境を作ることがマイオリッジの目標であり、これまで多くの培地開発を行って知見を蓄積してきました。

マイオリッジはこれらのノウハウを活かして、様々な細胞の培養に使える基礎培地を今回開発しました。

一般的に使われている培養液中の血清、タンパク質の中にコストがかかる原因があることから、マイオリッジはこれらを複数の低分子化合物に置き換えた結果、これまでと比べて半分のコストで培養できるようになりました。

また、この開発を発展させるために、最適な低分子化合物の組み合わせを予測する人工知能(AI)の開発も同時して行っています。

実験によって試行錯誤を繰り返して製品を開発するとどうしても開発費がかさみます。

そのため、AIで予め可能性の高い組み合わせをピックアップして、成功可能性の高い組み合わせのみを実験室で試験することで、開発コストも大きく抑えることが可能です。

これらによって、iPS細胞の研究が多くの研究室で行えるくらいのランニングコストになれば、さらなる研究の発展が見込めます。

そしてマイオリッジが行っている開発は、iPS細胞などの幹細胞に限らず、一般的な細胞にも影響を与えています。

それは、マイオリッジの培地の特長に記されている「無血清」というキーワードです。

3. 無血清培地の有用性

細胞培養には仔牛などからの血清が必要である事は先に述べました。

これは、幹細胞も例外ではなく、培養液に血清を加えないと、細胞増殖などに影響が出てしまいます。

しかし、実験に使う血清はちょっと厄介な部分があります。

血清には、細胞の成長に関わる分子、免疫に関する分子など、多くの分子が含まれています。

この血清は、個体ごとに細胞に与える影響が異なります。

つまり、「血清には個体差あがる」ということになります。

血清は、採取された個体ごとにロットナンバーが与えられます。

血清を購入する研究者は、試薬メーカーや代理店にコンタクトを取り、それぞれのロットナンバーからサンプルを入手します。

このサンプル使って、自分が使っている細胞をテスト培養します。

血清のロットナンバーによっては、細胞がうまく育たないロットナンバーもあります。

研究者は、うまく育った血清サンプルのロットナンバーを購入するわけですが、しょっちゅうこのロットナンバーが変わってしまうと、実験結果に影響します。

そのため、購入するときには、そのロットナンバーの血清をまとめて購入します。

500ミリリットルのボトルに入れられた血清を同じロットナンバー、つまり同一個体からの血清を、まとめて20本以上購入します。

20本ですと、10リットル、40本ですと、20リットルを一気に購入することになります。

このため、血清購入の際には、かなりの出費を覚悟しなければなりません。

数十万円から数百万円かかるという理由はここにあります。

さらに、テスト培養でうまくいったロットナンバーの血清であっても、突然培養がうまくいかなくなる場合もごく稀に起こります。

こういった実験上のトラブルを避けるために、無血清でも細胞を培養できるように成分調整した培地があります。

すでに商品として売られている無血清培地ですが、血清に含まれる分子の代替物質が入っており、これが現時点ではコストがかかるために、培地自体が割高になっています。

マイオリッジはこの無血清培地のコストダインにも挑戦しており、血清を使わず、かつ価格の安い培養液の開発を行っています。

また、動物由来物質を極力抑えるという目標も設定されています。

動物由来物質は、どうしても細胞の形質に影響を与えるため、培養を続けているうちに、この物質が原因で細胞の形質が変わってしまうおそれが常にあります。

幹細胞のように、外界に敏感な細胞であれば、なおさら影響は大きいため、、動物由来物質を極力減らし、理想としてはゼロにした培地の開発は再生研究分野で期待されているのです。

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