自閉症につながる脳発達の2つの以上パターンを幹細胞で解析

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拡大する幹細胞を使った研究

幹細胞は再生医療に使われるだけでなく、生命科学、医学の研究ツールとしても使われています。

幹細胞が研究ツールとして使われて以来、生命科学の研究は飛躍的に進歩しました。

これは、未分化状態の幹細胞を使うことによって、細胞の分化過程が詳細に解析が可能となったことが要因です。

 

アメリカのイエール大学の研究グループは幹細胞を使って脳の分化を解析し、脳の発達における2つのタイプの分化パターンが自閉症の原因となる事を明らかにしました。

脳の発達が始まってから数週間後にある2つのパターンの以上が生じると、自閉症スペクトラムの発症と関連していることが示されました。

 

この研究の概略は、自閉症と診断された子供たちの幹細胞から脳の小さなレプリカである「脳オルガノイド」を作成するところから始まります。

脳オルガノイドの形成段階を解析すると、発達が始まってから数週間後に神経発達のある部分に異常が生じ、その異常が自閉症スペクトラムの発症と関連していることが明らかになりました。

これらの結果は、国際学術誌である「Nature Neuroscience」に掲載されました。

 

自閉症とは?

「自閉症」という言葉で表現されるものは、現在では非常に幅の広い症状を示す言葉になっています。

今回の研究成果は「自閉症スペクトラム障害」をターゲットとした研究であるので、ここでの解説は自閉症スペクトラム障害に焦点を当てます。

 

自閉症スペクトラム障害(ASD: Autism Spectrum Disorder)は自閉症スペクトラム症と呼ばれる神経発症群に分類されます(精神障害の診断と統計マニュアル第5版による)。

これは「疾患名」という表現よりも「診断名」とされています。

対人コミュニケーションや言語に関する症状があり、近年の解析による知見から、軽い症状も含まれることになりました。

スペクトラムとは「連続体」という意味で、自閉症連続体という呼称もあります。

 

かつての広汎性発達障害の中で分類されていた自閉性障害、アスペルガー症候群、特定不能の広汎性発達障害、小児性崩壊性障害なども現在では自閉症スペクトラム障害の単一診断名を用いて再定義されました。

 

自閉症スペクトラム障害の診断基準は、「社会的コミュニケーションの障害」と「本人が持つ限定された興味」の2つを満たすとされています。

典型的な例は、生後2年以内に明らかになり、有病率は0.5 %から1.0 %とされています。

男児は女児と比べて症状を示す患者が4倍にのぼり、自閉症スペクトラム障害児童のうち、おおよそ30 %は知的障害を、10 %から40 %はてんかんを併発しています。

 

原因は脳機能の変異とされてきました。

今回のイエール大学による研究は、この脳機能の変異が脳の発達の段階に原因が存在することを示したものです。

親の子育て能力と自閉症スペクトラム障害は関係しないことが研究によって明らかにされており、他の神経発達症と同様に、一般的には治療方法は存在しません。

 

生涯にわたってこの症状と共に生活しなければならないため、治療よりも療育や支援に重きが置かれています。

治療のターゲット、目標は、自閉症スペクトラム障害の中核症状、関連症状を最小化して患者と家族の生活の質(QOL: Quality of Life)を最大化して患者家族のストレスを軽減することが柱となります。

 

自閉症スペクトラム障害の症状

自閉症スペクトラム障害の症状は中核症状と周辺症状に分けられます。

中核症状は、自閉症スペクトラム児童の興味の方向性に特徴があります。

限定的な行動に特別な興味を持ち、環境の変化に抵抗し、周囲にアジャストするという社会的状況への反応がないことがあります。

そして程度は人によって違いがありますが、日常的な習慣を邪魔されると強い不安を感じることがあります。

両親の子育て能力は自閉症スペクトラム障害には関係しないとされています。

しかし、自閉症スペクトラム障害児童が社会的に少しでも順応するかどうかは、周囲の行動が重要となります。

様々な療育方法が行われていますが、「何もしない」「方向性によって本人がどのような社会生活を送るのかが決まる」という点では、周囲の環境は重要なファクターです。

 

これらから、中核症状は次の2点となります。

・社会的コミュニケーションや社会的相互作用(Social Interaction)における持続的な欠陥。

・本人の興味が限定的、行動が反復的。

 

周辺症状は以下のものが挙げられます。

・気分と感情の不安定性

・感覚刺激に対する反応

・多動と不注意

・関連性のある身体所見、耳の奇形、皮膚紋理

・軽度の感染症と消化管障害(自閉症スペクトラム障害患者は上気道感染症、過度のゲップ、便秘・下痢などの有病率が高い)

・早熟の細胞(例としてサヴァン症候群が挙げられる)

・てんかん(自閉症スペクトラム障害患者の4 %から30 %はある時点で大発作を起こすとされている)

・言語の発達障害、使用障害。自閉症スペクトラム障害患者のおおよそ半数は有効な会話能力が発達しない。

・自閉症スペクトラム障害児童の約30 %は知的障害に該当すると言われている。この中には軽度、中度、重度の知的障害を含む。知的に問題がない場合もある。

・易刺激性、攻撃性、自傷行為、かんしゃくなど。

・不眠症状

 

イエール大学の研究内容

研究チームは13名の自閉症スペクトラム障害と診断された子供から細胞を採取してiPS細胞を構築し、そのiPS細胞を使って人工的に脳オルガノイドを作成しました。

この脳オルガノイドは、胎児における神経細胞の成長を人工的に模倣となります。

そしてこれらの脳の発達に焦点を当てて、彼らの父親の脳との比較を行っています。

 

以前の統計学的な研究によって、自閉症スペクトラム障害の約20 %において、出生時の頭部サイズが「巨頭症」と呼ばれる状態にあり、より重度になる傾向にあります。

脳オルガノイドを解析すると、自閉症スペクトラム障害と巨頭症の子供達は、父親と比べて興奮性ニューロンの過剰な成長を示していました。

一方で、巨頭症でない自閉症の子供では、興奮性ニューロンの欠損を示していることを研究チームは発見しました。

 

つまり、興奮性ニューロンが「欠損している」状態であると、自閉症スペクトラム障害となる可能性が高くなるが、一方で「過剰な成長」をした場合でも自閉症スペクトラム障害のリスクが存在する、「欠損」と「過剰な成長」という2つの以上が原因となっていることがこの研究で明らかになったのです。

 

こうした症状は「診断基準」をまずはっきりさせることが治療方法の開発に不可欠です。

自閉症スペクトラム障害は出生後18ヶ月から24ヶ月で症状が表れます。

この場合の診断は、言語能力、行動などから診断されるケースが多いのですが、この研究知見を応用すると、分子メカニズム的に診断すること可能であると研究チームは論文で述べています。

 

また、今回明らかになった原因の一つである「興奮性神経細胞の過剰な発達」については、これを緩和するために既存の薬が効果を発揮する可能性もあります。

根治は難しいとしても、自閉症スペクトラム障害の症状が軽減されれば、先ほど述べました患者、そして患者の家族の生活の質の最大化に大きく近づくことになります。

しかし論文では、この研究結果を活用できるのは巨頭症をもつ自閉症スペクトラム障害の患者であり、巨頭症を持たない患者には効果的ではない可能性が高いとしています。

 

自閉症スペクトラム障害は、個人によって症状が異なったりするため、どうしても治療よりも対処のための療育が中心となってしまいます。

研究チームは論文内で、昨今推し進められている個別化医療については「11人の幹細胞バイオバンクを作る」という手段が不可欠かもしれない、そこからiPS細胞を構築して解析することによってその人に適した治療を提供できるかもしれない、と述べています。

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