- ヒトの身体に存在する幹細胞を「成体幹細胞」と呼ぶ
- その中の「間葉系幹細胞」は、さまざまな組織や臓器に分化できる多能性幹細胞の1つ
- 骨髄由来、脂肪細胞由来の間葉系幹細胞が治療などに用いられている
幹細胞とは、
- 自分と同じ細胞になる自己複製能
- 様々な細胞に分化する分化能
を特徴とする細胞です。
幹細胞は大きく分けて、
- 身体に存在し分化する組織に制限はあるがある程度の分化能を持つ成体幹細胞
- ほぼすべての細胞へ分化する胚性幹細胞(ES細胞)
- 人工的に作られた、ES細胞のような分化能を持つ多能性幹細胞のiPS細胞
の3つがあります。
今回の記事では、「成体幹細胞」について徹底解説します!
ES細胞、iPS細胞については、以下の記事で解説しています。
1. 成体幹細胞とは?
成体幹細胞は、体性幹細胞ともいわれ、身体の中に存在し組織や臓器を維持するために重要な役割を果たしている細胞です。決まった臓器や組織に存在し、構成する細胞に分化する性質を持っています。
成体幹細胞は、脳、骨髄、歯、骨格筋、皮膚、精巣などさまざまな組織において、幹細胞ニッチと呼ばれる幹細胞を守るための組織の中に存在しています。
その幹細胞ニッチの中で、長期間にわたり未分化状態(休止状態)を維持しており、
- 各細胞や組織が損傷をするなどして修復が必要になったとき
- 維持するために、さらに細胞が必要になったとき
などに活性化されます。
成体幹細胞には、
- 肝幹細胞や上皮幹細胞のように、1つの細胞に特化して分化する幹細胞
- 間葉系幹細胞や造血幹細胞のように複数の種類の細胞に分化する幹細胞
があります。
2. 間葉系幹細胞
成体幹細胞の中でも、軟骨細胞や骨芽細胞などの複数の細胞に分化することが可能で現在再生医療において注目を集めているが間葉系幹細胞です。
1999年に初めて骨髄から採取され、現在では脂肪組織や大臼歯の歯髄などからも採取できることが明らかになっています。他には、より幼若な間葉系幹細胞は臍帯や胎盤羊膜などの胎児付属組織から採取することができ、成体に由来する間葉系幹細胞よりも増殖性が高いことが報告されています。
3. 間葉系幹細胞の治療応用
間葉系幹細胞を活用した治療方法は、
- 多分化能を活かし、障害組織や疾患組織を置き換える細胞補充療法
- 間葉系幹細胞から分泌される免疫制御作用、抗炎症作用、血管新生作用を利用した細胞治療法
に分けられます。細胞補充療法の一例としては、患者さん自身の骨髄液から間葉系幹細胞を採取し培養後、再度体内に戻し脊髄の神経再生を促進し、脊髄損傷を治療することが挙げられます。
細胞治療法としては、骨髄移植後の移植片対宿主病に対して間葉系幹細胞を有した治療薬が開発されています。
4. 成体幹細胞が再生医療において注目される理由
幹細胞には、成体幹細胞の他にES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞があります。
ES細胞は、人間の受精卵から胚を取り出す必要があり再生医療において倫理的な問題が挙げられます。
iPS細胞は人工多能性幹細胞ですが、分化の段階での細胞のがん化が課題となっています。
ES細胞の倫理的な問題や、iPS細胞の課題などについては、以下の記事で解説しています。
これに対し、成体幹細胞は自身の細胞を活用できるため倫理的問題もなく、発がん性のリスクも抑えることができます。自身の細胞ですので、移植をする際に拒否反応が出ることもないため、現在の再生医療において非常に注目され研究が進んでいます。
さらに、当初は骨髄で発見された間葉系幹細胞ですが、近年では脂肪組織から採取することがわかり、骨髄からの採取を比較すると容易に採取できるようになったため、一長一短がありますが、再生医療へ応用するための研究が進められています。
5. 成体幹細胞に関する臨床応用
成体幹細胞はその多分化能を利用したさまざまな臨床応用、臨床研究が進められています。以下にいくつか例を記載します。
- 骨髄移植後の移植片対宿主病(GVHD)の治療において、特に重篤なステロイド抵抗性の方に間葉系幹細胞を用いた治療薬の有効性が示されている。
- 全身性エリテマトーデスやクローン病患者に間葉系幹細胞を移植することで、患者自身の制御性T細胞を誘導し炎症を抑制することが可能となり、腎臓や腸の障害を軽減することが報告されています。
- 造血幹細胞移植において、間葉系幹細胞を共移植することで、骨髄における造血前駆細胞の増殖と分化が支持されることが分かっています。
- 糖尿病患者に胎盤由来間葉系幹細胞を移植すると、インスリンとC-ペプチドが増加し腎機能や心機能が回復することが報告されました。
- 多発性硬化症、メニエール病、筋委縮性側索硬化症、神経麻痺などの神経疾患に対しても骨髄由来間葉系幹細胞の移植が効果的であることが示されています。
- 肝硬変やB型肝炎による肝不全に対しては、骨髄由来間葉系幹細胞移植が肝機能改善に効果的であると報告されています。
- 脂肪細胞由来間葉系幹細胞を用いて、乳がん術後の乳房再建術の臨床研究がすすめられています。
このように、成体幹細胞はその多分化能を利用してさまざまな臨床応用、臨床研究が進められています。
6. 成体幹細胞の臨床応用におけるメリットとデメリット
成体幹細胞の臨床応用におけるメリットは、これまでにも書いた内容と重複する部分もありますが、
- ガン化するリスクが低く安全性が高いこと
- 脂肪吸引法などの採取法が確立され、比較的容易に採取することができること
- 培養技術が確立していること
- 脂肪組織由来間葉系幹細胞などは培養しなくても細胞治療に用いることが可能であること
- 臓器の障害や機能低下を修繕し、回復する治療効果を有していること
などが挙げられます。さらに、ES細胞のように受精卵を犠牲にするなどの倫理的な問題もなく、臨床研究や応用をすすめやすいことも非常に注目される理由の1つとなっています。
成体幹細胞の臨床応用におけるデメリットとしては、
- 臓器そのものや立体的な器官形成が困難であること
- 資源としては有限
- 自発的分化能に欠ける
という特徴があり、最終的な目的とする分化細胞まで分化誘導をすることが困難であることが、多くみられます。
また、研究開発から治験、さらに臨床化に至るまでに大量の開発費用が必要であることも挙げられます。これは、成体幹細胞だけに限られたことではなく、再生医療に関するすべての事象においての課題とも言えます。
7. 成体幹細胞に関する今後の見通し
成体幹細胞のうち、特に間葉系幹細胞はさまざまな細胞に分化することが可能なため、これからの再生医療に大きな成果をもたらす可能性があります。
海外では、再生医療に挑戦するベンチャー企業に対して日本とはケタ違いのお金が出資され、切磋琢磨しながらさまざまな研究が続けられています。それと比較すると、日本ではそういったベンチャー企業に対する出資が少なく、消極的な印象を持ちます。
これは、実用化に向けての品質管理や安全性に対する明確な基準が示されていなかったことが一因となっていましたが、近年は法整備も整いつつあり、再生医療を進めるベンチャー企業への投資が期待されます。
また、現在の治療に用いられているのは、最初に発見され研究されてきた骨髄由来の間葉系幹細胞がほとんどです。しかし、近年は脂肪細胞由来の間葉系幹細胞が、
- 骨髄由来間葉系幹細胞よりも含有量が多いこと
- 臓器修復能が高いこと
- 免疫抑制能が高いこと
- 高齢者の脂肪細胞からも増殖させることができること
などが示され、自家細胞を使った治療では主流となりつつあります。これらのことから、成体幹細胞に対する臨床応用の幅はさらに広がり、これからの再生医療において重要な役割を担うと言えます。
8. まとめ
成体幹細胞は人間の身体の中に存在し、多分化能を有している幹細胞です。
成体幹細胞の1つの間葉系幹細胞は、複数の細胞に分化することが可能であることが分かってきており、さまざまな臨床研究・応用がすすめられています。
その中でも脂肪由来の間葉系幹細胞は、再生医療において多くのメリットを有しており、自家細胞を使った治療においては、研究のさらなる進展、医療への応用が進められています。