1. 皮膚老化のメカニズムに新しい知見
京都大学医生物学研究所の一條遼助教、豊島文子教授を中心とする研究グループは、皮膚老化の新しいメカニズムを発見しました。
この研究は、マウスを使って行われた研究で、7月11日に国際学術誌のオンライン版で発表されています。
今回発見された経路で重要な役割を果たすタンパク質は、マウスの皮膚だけでなくヒトの高齢者の皮膚にも存在するタンパク質です。
このタンパク質は、ヒトの皮膚老化治療のシーズとなる可能性があり、今後のアンチエイジング技術の発展に貢献すると考えられています。
2. 皮膚の老化
ヒトの体表を覆っている皮膚は、外界から体内を守る防御壁として機能している重要な組織です。
皮膚は表皮の新陳代謝によって細胞が供給されており、防御壁の維持を行っています。
表皮の新陳代謝は表皮幹細胞の増殖と分化が必須であり、この増殖と分化が制御できていないと皮膚の老化などのトラブルを誘導します。
この制御されている表皮幹細胞の増殖と分化は、加齢と共に表皮幹細胞の機能が低下することによって活性が落ち、老化など、肌のトラブルの原因となります。
加齢がどのようなメカニズムで表皮幹細胞機能の低下を誘導するかについては、細かい事はよくわかっていません。
まず、皮膚の構造を見てみましょう。
皮膚は、表皮、真皮、皮下組織という構造を作っています。
このうち、表皮は分化ステップの異なる複数の細胞層によって構成されており、外側に近い層から、角質層、顆粒層、有刺層、基底層となっています。
最も内側にある基底層は、基底細胞と呼ばれる単層の細胞層であり、基底膜に結合することで表皮幹細胞としての機能を維持しています。
表皮幹細胞は常に増殖していますが、基底膜から離れると分化が開始されます。
細胞は基底膜から外側に移行していきますが、この移行と共に分化が進行し、最後は皮膚表面で垢となってはがれます。
このステップを繰り返すことが表皮の新陳代謝であり、分化する細胞が次々と現れることによって皮膚は若さを維持しています。
しかし、表皮幹細胞は加齢によって機能が低下し、基底膜との接着が弱くなり、細胞分裂、細胞増殖に障害が出ることが知られています。
表皮幹細胞の加齢による機能低下は、酸化ストレスの蓄積などによるDNA損傷などの細胞内部の変化が要因であると考えられています。
表皮幹細胞そのものの加齢も問題になりますが、周囲の環境も問題となることが徐々にわかり、本研究を行ったチームは、表皮の裏打ちをしている真皮に着目しました。
3. 研究の詳細
研究チームは、マウスの足底部表皮の若齢マウスと高齢マウスの違いをまず解析しました。
その結果、高齢マウスは若齢マウスと比べて、足底部表皮の表皮幹細胞において、基底膜と幹細胞の接着を支える分子、ヘミデスモソームが減弱化していること、基底膜に対する縦方向に分裂する状況の増加、そして老化分子マーカーの異所的発現という加齢変容が見られました。
この違いを遺伝子発現レベルで解析するために、表皮幹細胞での遺伝子発現パターンを若齢マウスと高齢マウスで比較しました。
高齢マウスにおいては、カルシウムシグナルに関する遺伝子発現が上昇しているという結果がこの解析で明らかになりました。
老化において、カルシウムはケラチノサイトの分化、ヘミデスモソームの乖離を誘導するという結果がすでに報告されており、研究チームはこれらの結果をもとにカルシウム動向の解析を行いました。
解析方法は、生体マウスの足底部表皮幹細胞のカルシウムイメージングを行いました。
この方法ですと、体内のカルシウム動態がどこでどうなっているということがはっきりします。
この結果、高齢マウスではこの部分で20秒以上のカルシウムパルスが頻発していることがわかりました。
この頻発は若齢マウスには見られない現象で、高齢マウス特異的なものです。
このカルシウムパルスの原因として、研究チームは物理的な力を予想し、細胞にかかる物理的な力、つまり力学変化を細胞が感知することによって活性化する細胞のイオンチャネルが関与していると仮説を立てました。
細胞への力学的な刺激を与える現象として、組織全体が硬くなっているのではないかと考えた研究チームは、観察によって高齢マウスでは若齢マウスよりも真皮が硬くなっていることを明らかにしました。
分子メカニズム的には、こうした基質の硬さによって変化する分子がいくつか知られています。
そのうち、メカノイオンチャネルであるPiezo1という遺伝子に着目し、この遺伝子を表皮特異的、つまり表皮のPiezo1発現のみを抑制する実験を行ったところ、加齢で誘発される長期カルシウムパルスが抑制されました。
つまり、高齢マウスの表皮は硬くなるが、それを感知するPiezo1が存在しないために、カルシウムパルスが起こらなくなっているという状況になったわけです。
この状況下では、表皮は硬くなるという老化現象が見られるのですが、表皮幹細胞は加齢変容、つまり老化が抑制されるという結果になったのです。
ここまでの結果をまとめると、加齢によって真皮が硬化、この硬化による物理的刺激が表皮基底細胞でPiezo1の持続的活性化を誘導します。
その結果、カルシウムが細胞内に連続的に流入することで表皮幹細胞が老化するということがわかりました。
次に、研究チームは表皮幹細胞に物理的な刺激を与える真皮の硬化がなぜ起こるのかを解析しています。
この解析の結果では、高齢マウスの真皮では血管が減少しているという事が明らかになっています。
この血管減少を遺伝子操作によって解消させる、つまり高齢マウスの真皮の血管数を減少させないという状況を作ると、加齢による真皮の硬化が抑制されました。
その結果、表皮幹細胞の加齢変容も抑制され、老化が抑制されるという結果を得ることができました。
一方で、若齢マウスを遺伝子改変によって真皮の血管が少なくなるように操作すると、若齢マウスで老化現象が誘導できることがわかりました。
では、この血管減少の原因は何かということですが、高齢マウスではある繊維芽細胞の割合が増加しています。
ある繊維芽細胞とは、Pentraxin 3という遺伝子の発現が高くなっている繊維芽細胞です。
通常は、Pentraxin 3 の発現はそれほど高くないのですが、高齢マウスではこの遺伝子発現が上昇している繊維芽細胞が多く見られるようになります。
Pentraxin 3は、血管新生阻害作用をもつ分子です。
血管新生とは、がん細胞が成長して細胞塊を作る時に、その細胞塊の中に血管を引き込んでがん細胞塊の中心部に酸素、栄養を送り込めるようにする現象です。
がんに有利な現象ですが、動物が身体を構築している時期、胎児などの時期では身体の血管網を構築するために重要な現象です。
高齢マウスでPentraxin 3が高い発現を示しているということは、高齢マウスの表皮が新陳代謝で新しい細胞になったとしても、血管網は更新されないケースが多くなるということです。
結果的にその真皮では血管が少なくなり、硬化を誘導してしまうということが今回の研究で明らかになりました。
高齢マウスでこのPentraxin 3の発現を抑制すると、血管の減少が抑制され、研究チームが解析していた老化現象が見られなくなりました。
ヒトの皮膚を解析してみると、マウスと同様に高齢者の真皮でPentraxin 3の発現が若年層の真皮よりも高くなっていることがわかり、マウス、ヒトに共通の老化現象の原因であることが示唆されています。
4. 医療、美容への応用へ
この研究で、Piezo1を介したカルシウムの長期流入、パルス誘導が表皮幹細胞の加齢変容を誘導する事がわかり、皮膚の老化機構の新しい経路が明らかになりました。
このメカニズムをターゲットとすれば、ヒトの表皮に見られる加齢現象を抑制するための治療法、美容法の開発に大きく前進すると考えられます。
ビジネス的にも大きな市場となる皮膚の老化については、美容だけでなく創傷治癒などの治療方法確立も求められています。
今回見つかった経路は、今後創薬のターゲットになるなど、臨床応用の為に重要な経路となる事は間違いありません。