幹細胞からお米のもとになる胚珠をつくる遺伝子を発見

目次

1. 幹細胞研究は植物でも行われている

幹細胞は、再生医療の分野で注目され、新しい医療を創出すると期待されています。

一方で、幹細胞の研究は、ヒト、動物だけでなく植物でも行われています。

この記事で紹介する研究は、医療、動物生命科学ではなく、農学分野の研究成果です。

今回の研究成果は、広島大学大学院統合生命科学研究科の田中若奈博士、東京大学大学院理学研究科の平野博之博士、そして明治大学農学部の川上直人博士らで構成される研究チームによって行われました。

研究成果のポイントをまとめると、

  1. イネの花の幹細胞を維持するために必要な遺伝子の発見。
  2. その遺伝子によって幹細胞が維持され、このメカニズムが米のもとになる胚珠の形成に必須である事を証明。
  3. 一般的なモデル植物であるシロイヌナズナと異なり、イネは独自の胚珠形成の遺伝的なメカニズムが存在することを証明。

この3つになります。

2. イネはどんな植物か?

イネは日本人にとってなじみの深い植物ですが、イネ科イネ属には23種、77系統が含まれており、かなりの多様性を有しています。

23種の中で2種のみが栽培型の種で、アジア栽培イネとアフリカ栽培イネに分かれます。

アジア、ヨーロッパ、アメリカ大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸の多くで栽培されているのはアジア栽培イネで、アフリカ栽培イネは西アフリカの一部でのみ栽培されているだけで、「イネ」という場合、アジア栽培イネを指すことがほとんどです。

そしてアジア栽培イネには、耐冷性の高いジャポニカ種(日本型)と耐冷性の低いインディカ種(インド型)の系統があります。

近年の品種交配によって、この2つを交配した中間的な品種群も存在しています。

一般的日本人が食している米は、「うるち米」に分類されるもので、このうるち米は品種改良が頻繁になされています。

農作物は、収穫量が気候に大きく影響されます。

そして気候は人為的にどうにかできるものではありません。

化学の分野でハーバー・ボッシュ法によってアンモニアの大量生産が可能となり、その結果化学肥料が大量生産できるようになって農業は大きく変わりました。

収穫量は以前のような肥料を使っていた頃とは比べものにならないくらいに増加し、多くの国で「飢饉」は昔の話となりました。

しかし、気候による影響は避けようがなく、1993年の米不足によるタイ米輸入を覚えている方も多いかと思います。

医療に関わる研究成果は我々の生活に直結しているとして、大きな報道になる事がありますが、それに比べると植物の研究成果についてはやや地味である事が否めません。

幹細胞研究においても、再生医療につながる動物生命科学分野の成果は一般のニュースとして報じられることもありますが、植物の幹細胞研究はほとんど報じられることがありません。

報じられることはありませんが、実は植物においても幹細胞研究は盛んに行われています。

この研究は、農作物の収穫量増加につながる品種改良を目標にしたものが中心ですが、さらに将来を展望すると、植物の幹細胞から各種の農作物を工場で作れるようにして、食糧の安定供給を目指すという目的も含んでいるのです。

3. イネの幹細胞

イネは、我々にとって非常に重要な農作物です。

日本では、紀元前1000年頃、また研究によっては約6000年前あたりから稲作が始まったと考えられ、それ以来日本列島に住む人々の主食として重きをなしてきました。

また、古くから税を納める際には農作物などで納めるケースが多く、必然的に主食である米は、税制、そして経済の中心となる作物でした。

近世になると、イネは農作物としてだけでなく、単子葉植物のモデル植物として研究に多く用いられています。

雄しべと雌しべが受粉すると、雌しべの内部に存在する胚珠が種子、つまり米になるために発生を始めます。

これらに関与する、雄しべ、雌しべ、胚珠は花器官と呼ばれ、イネの花に存在します。

この花器官全ては、若い花芽に含まれている、花の幹細胞から作られます。

植物は動物とは異なり、幹細胞は生涯にわたって維持され、発生・成長をし続けます。

樹木は毎年年輪を刻みながら肥大成長を行っています。

この肥大成長の時には、形成層と言われる分裂組織に存在する維管束幹細胞が増殖し、道管を含む木部細胞と、篩管を含む篩部細胞へと分化することで植物の体は成長していきます。

このために、維管束に存在する維管束幹細胞は生涯にわたって維持され続けなければなりません。

イネにおいても同様であり、イネの幹細胞は、最後の花器官である胚珠が形成されるまでは花芽の中で常に一定数存在するように維持されなければなりません。

先に述べましたが、イネは単子葉植物のモデル植物として研究材料になっています。

植物の幹細胞数が一定数に維持されるシステムは、シロイヌナズナのような真正双子葉植物では研究が進み、理解が深まっていますが、単子葉植物では不明な点が多く存在していました。

例えば、シロイヌナズナの胚珠は花の幹細胞から作られるのではないため、この点でイネとは異なります。

また、シロイヌナズナで明らかになったメカニズムは、イネには応用できないということになります。

意外と双子葉植物と単子葉植物の間では異なっている部分が多く、こういったことも単子葉植物を研究するしなければならない理由です。

4. 研究グループが明らかにした内容

雌しべ内部にあるはずの胚珠が欠失しているイネの解析が、この研究成果の足がかりとなりました。

このイネは、胚珠が欠失しているために米を作ることができないイネで、TAB1という遺伝子の機能が失われていました。

TAB1遺伝子の機能が失われたイネを、tab1変異体と呼びますが、この変異体では、幹細胞が全くないわけではなく、雄しべ、雌しべが作られる時期には幹細胞の存在が認められ、胚珠が形成される時期になると幹細胞が消失していることがわかりました。

TAB1遺伝子は、植物の発生に重要な遺伝子として認知されており、TAB1遺伝子から合成されるタンパク質は、ミトゲン活性化プロテインキナーゼキナーゼキナーゼ7相互作用タンパク質1という名前で、ヒトにも存在しています。

キナーゼが3つ続いているのは、キナーゼは基本的にリン酸化酵素で、Aという物質をリン酸化するのがAキナーゼ、このAキナーゼをリン酸化するのがAキナーゼキナーゼ。

そしてAキナーゼキナーゼをリン酸化する酵素がAキナーゼキナーゼキナーゼという命名の約束から、3つのキナーゼを並べた名前になっています。

さて、この結果は、TAB1遺伝子は、雄しべ、雌しべの形成時期には幹細胞維持の役割を持っていないが、胚珠形成時期になると幹細胞維持のために必須となることがわかります。

この発見は、これまでのシロイヌナズナなどとは異なる、イネ独自のしくみであり、胚珠形成にはイネ独特の遺伝的な仕組みが存在することを示したことになります。

しかしこれによってイネの花器官における幹細胞のメカニズムが明らかになったわけではありません。

胚珠の形成時期に幹細胞を維持するためにはTAB1遺伝子が必要である事はわかりましたが、雄しべ、雌しべ形成時期にどうやって、またどんな分子が幹細胞数維持をコントロールしているのかは不明のままです。

今後は花器官において、全ての成長ステップでどうして幹細胞数が維持され続けているかの全容解明が重要なポイントとなります。

5. イネの改良に向けた研究成果の蓄積

日本の農業研究期間では、常に品種改良がされ、環境に適応した品種、味が優れている品種が開発され続けています。

それと並行して、地球の気候変動によって日本が将来どのような気候になるのかを予測し、その環境に合わせた品種の改良も行われています。

昔ながらの掛け合わせで新しい品種を作る方法も行われていますが、幹細胞などの細胞工学的、分子生物学的な研究手法で得られた知見を品種改良に活かそうとする動きも活発になっています。

米が主食の日本では、このイネの研究は非常に重要です。

我々日本人の生活に関わる「食糧」にすぐに反映される研究のため、多くの公的研究機関、また一部の民間研究機関で活発に行われています。

特に幹細胞関連の研究は、研究人員、研究資金がかなり投入されており、将来的には、田んぼを使わずに工業的に幹細胞から米を生産するという時代がやって来るかもしれません。

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