iPSから作製、筋肉修復する幹細胞を効率よく選別!京大などが開発

目次

1. 筋肉の修復はなぜ重要か?

「筋肉の修復」は、運動後の筋肉の修復などのスポーツの分野に多く見られる言葉です。

運動によって傷害された筋肉を修復するためのノウハウはスポーツ科学にとって重要ですが、疾患が原因の「筋肉の崩壊」を「修復」するための研究は、まだ端緒についた段階です。

鍛えた筋肉を修復するスポーツの分野とは異なり、疾患の場合は生体の維持に必要な筋肉の崩壊をまねきます。

生体の維持に必要な筋肉が崩壊したまま修復されないと、歩行などの通常生活に支障が出るだけでなく、呼吸障害、心筋障害、嚥下機能障害など生命に関わる障害が出ることがあります。

筋ジストロフィーは、骨格筋の壊死、再生を主な病変とする筋疾患で、遺伝子異常によって引き起こされ、原因遺伝子は現在までに50以上が特定されています。

症状としては、骨格筋障害に伴う運動機能障害が主で、先に述べた呼吸障害、中枢神経障害などが全身で見られる疾患です。

この疾患は心臓にも影響し、心臓の筋肉、つまり心筋細胞が壊死すると、心不全などを引き起こし、死に至る可能性が高くなります。

つまり、生命の維持に必要な筋肉もこの疾患では影響を受け、壊死によって機能に影響が出てしまうため、かなり深刻な疾患なのです。

筋ジストロフィーにはいくつもの病型があり、代表的なものにジストロフィン異常型。肢体型筋ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、筋強直性ジストロフィーなどがあります。

これら全ての病型は遺伝子異常が原因ですが、いずれも筋肉の機能に不可欠なタンパク質の設計図となる遺伝子に変異が起こり、その結果タンパク質に異常が起こることが原因です。

原因遺伝子がコードするタンパク質が異常となると、筋肉の細胞が正常機能を維持できなくなり、筋肉が変性、壊死を起こします。

この結果、筋萎縮や、筋肉部分の脂肪、線維化が生じ、筋力が低下して運動機能などの各機能障害をもたらします。

幹細胞が医療に使われるようになってから、筋ジストロフィーの治療方法として、幹細胞を使って筋肉細胞を復活させる方法が模索され始めました。

2013年には、京都大学、名古屋大学を中心として、計8つの研究機関による共同研究によって、ヒトiPS細胞から筋肉細胞を作成する方法が開発されました。まず、この研究から紹介します。

2. iPS細胞から筋肉細胞を作るのは難しい

iPS細胞、ES細胞などの幹細胞から筋肉細胞を作製する試みは2013年以前より行われてきましたが、筋肉細胞に分化するまでの効率が高くなく、さらに再現性が低いことが問題となっていました。

同じ方法で筋肉細胞を作ろうとしても、iPS細胞、ES細胞の株が変わると筋肉細胞の出来具合が変わってしまい、臨床にはとても使うことができません。

そこで研究グループは、発言すると細胞運命を骨格筋細胞に誘導する事が知られている転写因子MyoD1をヒトiPS細胞に発現させ、骨格筋への誘導処理を行いました

すると、約90 %の効率で骨格筋細胞に分化させることに成功しました。

この方法を使って、三好型筋ジストロフィー患者からiPS細胞を作製し、そのiPS細胞を骨格筋へと誘導する実験を行いました。

三好型筋ジストロフィー患者では、細胞膜の膜タンパク質、ジスフェリン異常が起こりますので、この実験では患者のiPS細胞でジスフェリンを過剰発現、つまり補充してやりながら骨格筋細胞へ誘導すると、細胞膜の異常が緩和され、骨格筋細胞の修復に目途がつく研究成果が得られました。

この技術は、2つの大きな可能性があります。

まず、患者からiPS細胞を作り、細胞レベルで疾患の状態を実験室内で再現し、研究することです。

この研究によって、効果のある化合物の探索、創薬、そして治療方法の開発に発展することが期待されています。

2つめは、疾患によって失われた細胞の機能をiPS細胞を分化させた細胞によって補う治療方法が確立できるかもしれない、ということです。

3. iPS細胞から作った筋肉の幹細胞の選別

iPS細胞を骨格筋細胞に分化させる場合、iPS細胞から直接骨格筋細胞に分化するわけではありません。

筋肉を修復するためには、それに適した幹細胞が必要です。

つまり、iPS細胞から筋肉を修復するための幹細胞に分化させ、そして最終的に筋肉細胞に分化させ、目的の筋肉細胞の分化誘導が完了します。

iPS細胞から分化誘導した場合、全てが筋肉修復用の幹細胞に分化できるわけではありません。

そのため、実験室内でiPS細胞に誘導をかけた後に、目的の筋肉修復用幹細胞のみを取り出さなければなりません。

京都大学iPS細胞研究所の桜井英俊准教授らの研究チームは、この幹細胞の選別を効率的に行う手法を開発しました。

研究チームは、この方法を使った治験開始の目標を6年後としています。

この研究チームは、2020年7月に、ヒトのiPS細胞から作製した筋肉修復用の幹細胞を、筋ジストロフィーのモデルマウスに移植し、マウスの筋力が回復することを確認し、研究成果として発表しています。

この段階では、作製途中で様々な細胞が混入してしまうことがあり、それを避けるためには遺伝子の改変を行って、それをマーカーとして選別しなければなりません。

この研究では、Myf5(Myogenic factor 5 )というタンパク質をマーカーとして、筋肉修復用の幹細胞を選別しました。

しかし、Myf5を選別マーカーとして使うためには、遺伝子改変をしなければならず、遺伝子改変によって幹細胞に悪影響が出る可能性があるなどの安全性に問題がありました。

その研究を、臨床用に使える様にするために、研究チームは、遺伝子改変をせずにマーカーとして使える分子として、CDH13(Cadherin 13)、FGFR4(Fibroblast growth factor receptor 4)という2つのタンパク質を見出しました。

この2つのタンパク質を指標として目的の幹細胞を選別したところ、95 %まで正確に選別できることが明らかになりました。

この方法によって幹細胞を選別し、2013年の研究と同様に筋ジストロフィーのモデルマウスに投与したところ、モデルマウスの筋肉が再生されました。

4. 治療を目指す筋ジストロフィーの病型は?

これまでの方法で懸念されていた安全性の問題も、この方法によってクリアすることができると考えられ、この方法をベースとして、ヒトの筋ジストロフィー治療方法の確立が期待されています。

しかし、筋ジストロフィーには多くの病型があり、全ての病型にこの方法が適用できるわけではありません。

この方法が適用できる筋ジストロフィーの病型はある程度限られ、現在はDuchenne型筋ジストロフィーが、この方法を発展させた治療方法が有効な病型であると考えられています。

Duchenne型筋ジストロフィーは、幼児期から始まる筋力低下、動揺性歩行を特徴とする疾患です。

筋ジストロフィーの中では最も発症頻度が高い病型で、原因遺伝子はX染色体上のジストロフィン遺伝子変異である事がわかっています。

典型的な例では、2歳から3歳で四肢の筋力低下が始まり、いったん歩行が可能になりますが、その後次第に転びやすくなるなどの症状が出始めます。

症状は進行性であり、10歳ころには車椅子が必要となり、15歳ことに臥位、そして20歳前後で呼吸障害、心不全で死亡します。

このDuchenne型筋ジストロフィーは、心筋にも影響を及ぼすため、心不全を発症する確率が非常に高く、根治するため、またはこの疾患の進行を止めるための治療方法が求められています。

この研究は、この疾患を解決するための大きな一歩とされており、研究チームが予定している6年後に開始される知見に期待が寄せられています。

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