培養上清miRNAを用いた移植用心筋細胞の品質評価法を開発

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少量の培養液を調べるだけで細胞の状態を簡便に把握

細胞を人工的に培養する場合、細胞は培養液中で培養され、培養液中の物質を細胞は取り込んで分裂、成長します。

一方で、培養液中には細胞から様々な物質が排出されます。

この物質は、細胞の生育によって不要となった老廃物、そして細胞同士が相互に情報を交換するための物質などが含まれています。

細胞同士の情報交換に使われる物質は、細胞の同期的な成長、分化に必要な物質が多く含まれており、幹細胞を分化する上で重要な情報を提供します。

 

また、細胞が分泌する物質は細胞の状態によって変化するため、細胞の状態を把握するためにも重要です。

特に幹細胞の分化過程では、それぞれのステップで細胞が排出する物質が異なるため、排出されている物質を把握することはその細胞の状態を知る上で重要な情報になります。

 

慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)の遠山周吾講師、関根乙矢助教らの研究グループは、シスメックス株式会社、Heartseed株式会社との共同研究で、培養液中に分泌される様座な種類のmicroRNAを検出することによって、iPS細胞から移植用の心筋細胞を作製する工程のモニタリング手法を開発しました。

 

この研究成果は、国際科学誌であるStem Cell Reportsに、Seamless and Non-Destructive Monitoring of Extracellular MicroRNAs during Cardiac Differentiation from Human Pluripotent Stem Cells(日本語タイトル:ヒト多能性幹細胞から心筋細胞分化過程での経時的で非破壊的な細胞外microRNAのモニタリング)というタイトルで掲載されました。

 

microRNAとは?

生物は、核酸と呼ばれる物質を遺伝情報の保存、受け渡しに使っています。

ヒトの場合、この核酸に分類されるDNARNAを持っていますが、インフルエンザウイルスのようなウイルスは、DNAを持たずにRNAのみを持っています。

糖成分がリボースである核酸がRNA、デオキシリボースである核酸がDNAで、一般的にDNAを鋳型として合成され、その遺伝情報からタンパク質の合成を行うとされています。

 

RNAには、アミノ酸鎖の合成に必要な遺伝情報をもつメッセンジャーRNA、タンパク質を合成する翻訳の際に、アミノ酸をリボソーム内へと導入するRNAはトランスファーRNAと呼ばれています。

教科書的に有名なRNAはこの2つですが、他にもタンパク質合成を行うリボソームを構成しているリボソームRNA、そしてタンパク質の翻訳に関与しないノンコーディングRNAというRNAも存在します。

 

microRNA(マイクロRNA)はこのノンコーディングRNAに含まれるRNAで、当初は機能や役割がわからず、不要なものではないかという予想もありました。

その後の研究で、線虫からヒトに至るまでの多くの後生動物で見られ、他の遺伝子の制御に重要な役割を果たすことがわかりました。

さらに近年の研究で多くの減少に関与することが示唆されており、注目を浴びているRNAです。

 

特に、触媒作用を持つ点は研究が盛んです。

ある種のmicroRNAは酵素活性を持ち、リボザイムと呼ばれています。

RNA鎖の切断や結合を行うRNA触媒も存在しており、ペプチド鎖の合成を行うリボソーム(一般的には“タンパク質合成を行うリボソーム”と言われます)の中でもRNAが触媒活性中心になっています。

 

今回の研究では、あるmicroRNAの検出によって、分化後、移植語に腫瘍化(がん化)する可能性がある未分化幹細胞が混入しているかどうかが判断できることを示しています。

この研究結果は様々な幹細胞の治療、研究に応用できる事が予想されますが、特にヒトiPS細胞を用いた心臓再生医療の発展に寄与すると予想されます。

 

心臓移植の現状

重症心不全患者の根本的な治療は心臓移植ですが、ドナーの不足が慢性化しており、移植待機期間は延長の一途を辿っております。

そんな中で、ヒトiPS細胞を用いた心臓再生医療が注目されています。

 

しかしiPS細胞を使った治療には大きなハードルがあります。

ヒトiPS細胞を分化誘導しても、未分化のiPS細胞が混入していることがよくあります。

この未分化iPS細胞は、移植後にがん細胞化する可能性があるため、iPS細胞を使った移植では未分化iPS細胞をいかにして最小、がん化のリスクを最小にするのかが問題でした。

 

さらに、心筋細胞移植治療では、数億個の人工心筋細胞が必要とされます。

そのため心筋細胞が効率良く作成できない場合は、例えある程度の心筋細胞があったとしても、残ったiPS細胞の移植後のリスクを考えて廃棄してしまいます。

これは、心筋細胞を作成する処理を行った後に廃棄するために、コストがかなりかかる結果になります。

 

しかし、培養早期の段階で心筋細胞の作成効率が評価でき、未分化のiPS細胞がどのくらい混じるのかがわかれば、コストがかさむ前に再度の思考が可能になります。

これまでの方法、つまり品質の評価方法は、移植用の細胞を採取して破壊して解析せざるを得ませんでした。

この方法では解析のための細胞ロスがあるため、移植に必要な数以上に心筋細胞を作製しなければならず、これもコストがかさむ原因となっています。

 

行った研究内容

研究グループは多層培養プレートを用いて、ヒトiPS細胞から一気に10億個以上の新規細胞を含む細胞を分化誘導し、未分化幹細胞を除去して心筋細胞だけにする手法を作ってきました。

しかし、細胞評価のために全ての細胞を一度培養皿から引きはがす必要があり、さらにこの評価方法では未分化iPS細胞を全て検出できてないという可能性がつきまとっていたため、細胞を破壊せず、かつ正確に評価する方法の確立が求められていました。

 

これを実現させるために、研究グループは細胞内で合成されて細胞外に排出、分泌されるmicroRNAに着目しました。

microRNAは細胞の分化状態によって発現する種類、パターンが変化することから、培養液(培養上清)中に存在するmicroRNAを同定して検出することによって移植用心筋細胞の品質検査が可能ではないかと考えました。

 

培養上清は細胞維持のために除去され、新しい培養液と交換されるので、解析に使っても問題がありません。

研究グループは、ヒトiPS細胞から中胚葉、心筋分化、成熟化に至る各段階でmicroRNAの同定、解析を行う方法を確立するために研究を実施しました。

 

まずは未分化iPS細胞、中胚葉に分化した状態、幼若心筋細胞、そして成熟した心筋細胞の状態における培養上清に含まれているmicroRNAを回収し、どのようなタイプのmicroRNAがそれぞれの段階で分泌されているのかを解析しました。

 

この結果、培養上清に分泌されるmiR-302b-3pというmicroRNAが分化過程に合わせて分泌量が増減しており、未分化iPS細胞に特異的なマーカー(指標)であるOCT4SSEA4の量ともリンクしていました。

この結果からmiR-302b-3pを測定することで、、非破壊的(非侵襲性)に残存している未分化iPS細胞の有無を検出できることが示されました。

 

細胞を破壊せずに、廃棄する予定の培養上清を採取するだけで経時的(時間経過を追って)、かつ簡易に評価ができる方法がこの研究で確立されました。

この方法は、心筋細胞の製造コストを削減するだけでなく、移植後の有効性、安全性の評価につながる可能性があります。

移植待機をすることが常態化している心不全患者への心臓移植ですが、この研究がそういった状況を改善する一助となるかもしれません。

 

現時点では社会実装化、産業化に必要な大規模心筋細胞製造に耐えられる段階ではありませんが、今後の改良によって産業的にも使うことのできる評価方法へ発展すると期待されています。

 

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