1. 幹細胞の供給安定に向けて
ヒューマンライフコード株式会社は、東京大学医科学研究所内に細胞加工施設「IMSUT-HLC セルプロセッシング施設」を建設し、2021年10月に稼働準備が整ったことを発表しました。
ヒューマンライフコードは、臍帯から抽出する間葉系細胞を使って医薬品化を目指しています。
臍帯から抽出する間葉系細胞には、間葉系幹細胞が含まれており、再生医療において臍帯由来の間葉系細胞は注目されています。
臍帯は備蓄が可能な組織であり、医療現場への間葉系細胞、または間葉系幹細胞の供給のために、備蓄・調整施設が求められていました。
今回のヒューマンライフコードの施設建設は、そのニーズに応えたものです。
ヒューマンライフコードは、東京大学医科学研究所附属病院セルプロセッシング・輸血部/臍帯血・臍帯バンク(IMSUT CORD)の長村登紀子准教授と、この件で連携しています。
この連携と関連して、白血病等の血液疾患治療時に、造血幹細胞移植後に起こる重篤な合併症である重要急性移植片対宿主病の医師主導治験をヒューマンライフコードが引き継ぎ、それと並行して新型コロナウイルス感染に伴う急性呼吸窮迫症候群に対する企業治験を進める予定です。
これらのためには、幹細胞の安定供給を確立することが研究の慎重区を効率的にするポイントですが、まさにこの施設はその目的に合致したものです。
医療用の臍帯由来間葉系細胞、または臍帯由来間葉系幹細胞を必要な時に必要量を供給するためにはそれに適した施設が必要です。
その施設は、ハイレベルな技術と厳密に管理された環境を持たなければならず、その環境基準は、国が厳しい基準を設けています。
このような施設から、臍帯由来間葉系細胞を供給するためには、その大元となるマスター細胞を持続的にその施設で生産し、備蓄しておくことが必要になります。
今回、東京大学医科学研究所内にその施設を建設した目的は、やはり物理的に近い方が供給がスムーズに行うことができるということと、幹細胞を使って治療する医師、研究する研究者、細胞の維持、品質管理を行う技術者がすぐに打ち合わせなどがしやすく、様々な出来事に対応が可能ということがあります。
2. ヒューマンライフコードについて
ヒューマンライフコード株式会社は、2017年に設立され、本社は東京都、産学協同研究室は名古屋市に設置されています。
事業内容は、再生医療等製品及び医療機器の研究開発、製造、販売で、東京大学医科学研究所をはじめとして、関西医科大学附属病院、名古屋大学医学部附属病院と連携しています。
特に名古屋大学とは関係が深く、骨格筋萎縮、筋力低下、身体機能の低下をまねくサルコペニアの治療方法開発のために、名古屋大学大学院医学系研究科に専門の研究室を運営しています。
創業者であり、現在の代表の原田雅充氏は、旧通産省工業技術院生命工学工業技術研究所で研究を始め、岐阜大学大学院農学研究科、東京大学医科学研究所で研究後、日本化薬、アムジェンで臨床開発業務に従事しています。
その後、セルジーンで臨床開発統括部長として複数のプログラムを開発し、経営者となるためにアメリカでMBAを取得、シンバイオ製薬の執行役員を経てヒューマンライフコードを設立しています。
東京大学医科学研究所は東京大学の附置研究所ですが、研究所独自の附属病院を保有し、国内最大規模の医学研究所になっています。
発祥は、北里柴三郎を迎え入れるために、福沢諭吉が私財を投入して設立した伝染病研究所です。
その後、北里柴三郎はスタッフと共に北里研究所(北里大学の前身)を設立、戦後には職員の半分を厚生省の国立予防衛生研究所に移籍させ、伝染病研究所は、がんなど幅広い疾患に対応するために、医科学研究所に改組されて現在に至ります。
附属病院だけでなく、遺伝子解析施設、奄美病害動物研究施設、ヒトゲノム解析センター、ヒト疾患モデル研究センター、先端医療研究センター、感染症国際センターなどの多くの施設を保有し、700人近い職員がこれらを運営しています。
この2つの機関、企業の連携によって見込まれる医療への影響は、施設自体が周産期付属物由来細胞供給事業(AMED:国立研究開発法人日本医療研究開発機構による大規模事業)の拠点となる条件である、GCTP準拠施設である事から、事業推進だけでなく、臨床研究用細胞の共通製造施設としての活用も考えられます。
この事業での周産期付属物とは、臍帯のことであり、日本医療研究開発機構が事業化するほどの期待が臍帯に寄せられています。
3. 臍帯と幹細胞
臍帯はへその緒のことですが、機能的な説明をすると、「胎児と母体をつなぎ、胎児が母体から酸素、栄養分を受け取り、老廃物を排出のために母胎側に渡すために存在する部分」です。
臍帯内には2本の臍帯動脈と1本の臍帯静脈があります。
ひも状のため、時に胎児の身体に巻き付くこともありますが、重要な器官です。
英語では、Umbilical cord(アンビリカルコード)と呼ばれ、命綱、空気供給ホース、潜水艇などの電源など、重要なものを供給するためのコード類を表す単語、Umbilical cable(アンビリカルケーブル)の語源になっています。
出産時には新生児の直近で切断されます。
一般家庭で、へその緒として保存されているのはこの切断後、新生児に残っている臍帯が自然に脱落したものです。
臍帯自体は保存されている部分からは想像しにくいですが、かなり長いものです。
そして、切断直後にこの臍帯から採取された臍帯血は、造血幹細胞を多量に含んでいます。
現在では、すぐに採取されて処理され、白血病などの難治性疾患治療に使われています。
使用方法は主に移植ですが、これを臍帯血移植と呼びます。
造血幹細胞は、赤血球、白血球、血小板に分化する能力を持ち、血液関連の疾患においては、治療方法の中で重要な位置を占めます。
しかし、造血幹細胞は基本的に骨髄内にあるために、採取が容易ではありません。
採取するとなると、提供側に身体的な負担をかけるため、どうしても造血幹細胞は不足気味になります。
その解決策として、出産時の臍帯を提供してもらい、臍帯から採取される臍帯血から造血幹細胞を抽出して、保存しようとする動きが最近盛んです。
造血幹細胞移植の際は、提供側と患者側のHLAが一致していないと、移植した造血幹細胞が拒否反応によって攻撃されてしまう可能性があります。
HLAとは、Human Leukocyte Antigenの略で、日本語ではヒト白血球抗原と呼ばれています。
主要組織適合遺伝子複合体(MHC:Major Histocompatibility Complex)の産物であり、HLAは約16000種類の型が存在していると言われています。
もし、骨髄からの移植で行うのであれば、一般の提供者をかなり多く集めないと、HLAの型が限られてしまいます。
移植したとしても生着しなければ造血幹細胞としての役割を果たすことができず、疾患の治療が進みません。
しかし、少子化と言われる現在でも、国内では年間数十万件の出産が行われています。
このうち、10 %程度の出産で臍帯を回収し、臍帯血を確保できれば数万件になり、かなり多くのHLAの型をそろえることができます。
こうした事情から、臍帯は非常に注目される器官になっています。
実際、ヒューマンライフコードは臍帯に特化した事業を行おうとしており、これは民間のコマーシャルベースでも十分事業としてやっていけるという見通しがあるからと予想されます。また、そういった施設が充実すれば、災害時にも必要な幹細胞を供給することができます。
多くの災害で問題となっていますが、災害によって輸送手段が遮断され、定常的に受けていた治療が止まってしまう、緊急性のある疾患の治療に必要なツールが供給できないというケースは東日本大震災も含めて非常に多く見られます。
国内で施設が充実していれば、自衛隊などの輸送手段さえ確保できれば医療に必要な幹細胞などをスムーズに供給できることから、こういった施設を全国に分散したかたちで作っておくということは非常に重要です。
今後、このような産学協同のプロジェクトによって、幹細胞供給施設が作られていくのではないかと予想されています。