既存の薬を使って新しい治療方法を開発する
様々な疾患で、新しい薬が開発されていますが、既存の薬剤を新しい方法で活用することにより、より多くの血液がん患者が造血幹細胞移植を受けられるようになる可能性のあることが、米マイアミ大学ミラー医学部のAntonio Jimenez Jimenez氏らの研究で示されました。
医薬品の開発には、20年近くの長い年月と200−300億円の資金が必要とされています。
さらに、基礎研究の段階で見つかった薬物が医薬品として世に出る確率は「3万分の1以下」です。
確率で示すと、おおよそ0.003 %ということになります。
分子生物学の解析技術の発展に伴い、何千種類もの化合物の薬効を一挙に解析する技術(ハイ・スループット・スクリーニング)や多種の化合物を効率的に合成する技術(コンビナトリアル・ケミストリー)、さらには、薬物と標的の相互作用を予測するイン・シリコ解析技術などの革新的な技術の導入にもかかわらず、最近新薬の発売件数が顕著に落ち込んでいます。
その理由の1つに主力薬品の特許切れ問題があります。この問題により製薬会社の収入が劇的に減少して、新薬開発への投資額が減ってしまっています。
このままでは、私たちの健康を守る新しい薬が生み出されない事となり、また、製薬企業はお金にならない希少疾患には目も向けない状況になる可能性もあります。
この状況を解決する一つの方法として、既存の薬を使って新しい治療方法(投与方法)を探索する研究が行われています。
この方法は、既存薬再開発(ドラッグリポジショニング)と呼ばれています。
“新しい薬物”が医薬品となる可能性が低いのであれば、「これまで安全に使われてきた”既存薬(既承認薬)”を再評価して医薬品として使おう」という方法です。
今回開発された方法は、抗がん薬の一種であるシクロホスファミドを使用すれば、ドナーが血縁者ではなく、ドナーとレシピエントの間で白血球の型が部分的にしか一致していない場合でも、造血幹細胞移植を受けられるようになる可能性を示唆する方法です。
この研究結果は、米国臨床腫瘍学会(ASCO 2024、5月31日〜6月4日、米シカゴ)で発表されました。
移植治療における免疫抑制剤の重要性
この研究のカギになる薬剤、現象はいくつかありますのでまずはその詳細を解説します。
まず免疫抑制剤という免疫系の活動を抑制する薬剤があります。
これらの薬剤は、免疫系が過剰に反応することを防ぎ、以下のような目的で使用されます。
・移植医療:臓器移植や骨髄移植の際、移植された臓器や組織が拒絶反応を起こさないようにするために使用されます。
・自己免疫疾患:体の免疫系が自己の組織を攻撃する疾患(例:全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎)を治療するために使用されます。
主な免疫抑制剤は、免疫細胞の機能を抑制し、炎症を抑えるプレドニゾロン、デキサメタゾンなどのグルココルチコイド、T細胞の活性化を阻害し、免疫反応を抑制するシクロスポリン、タクロリムスが分類されるカルシニューリン阻害剤が代表的です。
さらに、免疫細胞の増殖を阻害し、免疫反応を抑制するために使われるシクロホスファミド、メトトレキサートの抗増殖剤/代謝拮抗剤、免疫細胞の増殖と機能を抑制するシロリムス、エベロリムスのmTOR阻害剤、そして最後に特定の免疫細胞やその産物を標的とし、免疫反応を抑制するためのモノクローナル抗体に分類されるリツキシマブ、インフリキシマブがあります。
この免疫抑制剤の使用には副作用が伴い、主なものには、感染症のリスク増加、高血圧、肝臓や腎臓の機能障害、骨粗鬆症、そして糖尿病のリスク増加があります:
免疫抑制剤の使用にあたっては、医師の指導の下で適切に管理される必要があり、定期的な血液検査や健康チェックを行い、副作用の早期発見と対処が重要です。
今回の研究では、この免疫抑制剤の中でもシクロホスファミド(Cyclophosphamide)をターゲットとして研究しています。
シクロホスファミドは免疫抑制剤ですが、抗がん剤としても使われ、アルキル化剤に分類されます。
悪性リンパ腫、白血病、乳がん、卵巣がん、小細胞肺がんに一般的に使われています。
シクロホスファミドは、体内で代謝されることで活性形態に変わり、DNAと結合してその合成を阻害します。
これにより、急速に増殖するがん細胞の分裂が阻止され、腫瘍の成長が抑えられます。
シクロホスファミドの使用には副作用も伴い、一般的な副作用として骨髄抑制(白血球、赤血球、血小板の減少)、脱毛、消化器症状(吐き気、嘔吐、下痢)、膀胱炎、感染症のリスク増加があります。
HLAとは?
HLA(ヒト白血球抗原、Human Leukocyte Antigen)は、免疫系において重要な役割を果たす遺伝子群およびその産物であり、主要組織適合性複合体(MHC:Major Histocompatibility Complex)とも呼ばれます。
HLA分子は、体の細胞表面に存在し、免疫系が自己と非自己を区別するのに役立ちます。
HLAの主な役割の1つは抗原提示であり、HLA分子は、体内の異物(病原体由来のペプチドなど)を免疫細胞に提示します。
これにより、免疫系は病原体を認識し、適切な免疫応答を開始することができます。
一方で、この機能が不利に働くこともあります。
臓器移植や骨髄移植の成功には、ドナーとレシピエントのHLA型が適合することが重要ですが、HLA型が一致しないと、移植された臓器が拒絶反応を引き起こす可能性があります。
また、特定のHLA型は、自己免疫疾患(1型糖尿病、関節リウマチ、強直性脊椎炎)に対する感受性と関連しています。
HLA分子は、主にクラスIとクラスIIの二つのカテゴリーに分けられます。
HLAクラスI分子にはHLA-A、HLA-B、HLA-Cなどが含まれます。
これらは、ほとんどの体細胞の表面に存在し、細胞内のペプチドを細胞の外部に提示します。
主にキラーT細胞(CD8+ T細胞)に抗原を提示し、感染細胞やがん細胞を認識・破壊する役割を果たします。
HLAクラスII分子にはHLA-DP、HLA-DQ、HLA-DRなどが含まれます。
主に抗原提示細胞(APC:マクロファージ、樹状細胞、B細胞)の表面に存在し、外部から取り込まれたペプチドを提示します。
また、ヘルパーT細胞(CD4+ T細胞)に対して抗原を提示し、免疫応答を助けます。
HLAは遺伝的多様性を持っており、同じHLA型を持つ人はほとんどいません。
この多様性は、免疫系がさまざまな病原体に対して効果的に反応できるようにするための進化的な適応と考えられています。
そのため、HLAを検査することは疾患治療においては重要な意味を持つときがあります。
まずは移植適合性の評価です。
臓器や骨髄移植の際、ドナーとレシピエントのHLA型を比較して適合性を確認します。
そして自己免疫疾患の診断に置いても重要です。
特定のHLA型が特定の自己免疫疾患と関連しているため、疾患の診断やリスク評価に使用されます。
さらに薬剤反応の予測にも使われ、特定のHLA型が薬剤の副作用と関連している場合、そのリスクを評価するために使用されます。
HLAは免疫系の重要な構成要素であり、自己と非自己を区別する能力を持つことで、感染症から体を守り、移植医療や自己免疫疾患の理解にも役立っています。
HLAの部分一致と完全一致
HLAの部分一致(パーシャルマッチ、partial match)とは、移植医療においてドナーとレシピエントのHLA型が完全には一致しないが、ある程度一致している状態を指します。HLAの完全一致が理想的ですが、部分一致でも成功する場合があります。
完全一致(フルマッチ、full match)とは、ドナーとレシピエントのHLAクラスI(HLA-A、HLA-B、HLA-C)およびクラスII(HLA-DR、HLA-DQ、HLA-DP)のすべてのアリルが一致することです。
特にHLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-DRが重要です。
一方で、部分一致(パーシャルマッチ、partial match)は、ドナーとレシピエントのHLA型が一部一致するが、すべてのアリルが一致するわけではない状態です。
部分一致の程度によっては、拒絶反応のリスクが増加することがあります。
現在は、完全一致していなくとも、部分一致の状態で移植に踏み切る場合があります。
部分一致の移植が行われる理由や考慮点には以下のようなものがあります:
最初に挙げられるのがドナー不足です。
完全一致するドナーが見つからない場合、部分一致のドナーを使用せざるを得ないことがあります。
特に、希少なHLA型を持つ患者や緊急度の高い患者では部分一致のドナーを受け入れることが多く見られます。
親や兄弟姉妹は、部分一致のドナーになることが多く、親子の場合、通常50%の一致(半合致、haploidentical)があり、兄弟姉妹では約25%の確率で完全一致します。
ドナー不足の場合、部分一致する親族をドナーとして選ぶことが多く見られます。
今回の研究成果は、この部分一致での移植に大きく貢献するため、ドナー不足の解消に貢献することが期待されています。
今回の研究に加え、最近の免疫抑制療法の進歩も部分一致での移植を後押ししています。
免疫抑制剤の使用により、部分一致移植の成功率が向上しており、拒絶反応を効果的に管理できるようになっています。
しかし、部分一致の影響はいまだに問題となっており、治療時に気を配らなければならない問題も依然存在します。
拒絶反応のリスクは依然として存在しており、 HLAが部分一致している場合、完全一致の場合よりも拒絶反応のリスクが高まることがあります。
拒絶反応は、移植された臓器や組織が受け入れられず、体がそれを攻撃する反応です。
そして、特に骨髄移植や幹細胞移植において、ドナーの免疫細胞がレシピエントの体を攻撃するGVHDのリスクが増加する可能性があります。
そのため部分一致移植では、拒絶反応やGVHDを防ぐために、通常よりも強力な免疫抑制療法が必要になることがあります。
部分一致の移植は、完全一致の移植に比べてリスクが高まる可能性があるものの、適切な免疫抑制療法と綿密な管理により、成功することが十分可能です。
移植の成功率や患者の予後は、ドナーとレシピエントのHLA適合性、患者の状態、使用される免疫抑制療法など、多くの要因に依存します。
今回の研究成果によって、部分一致での移植に有用な要素が1つ加わり、移植治療に新しい流れが生まれるものと期待されています。