iPS細胞から誘導した肝星細胞で感染以下の治療薬候補を同定
東京大学は4月19日、ヒトiPS細胞から静止期および活性化肝星細胞への誘導に成功し、活性化肝星細胞を脱活性化し正常な静止期状態に戻す薬剤のスクリーニング系の開発に成功したと発表しました。
研究成果は論文として、「Scientific Reports」に「Development of a high throughput system to screen compounds that revert the activated hepatic stellate cells to a quiescent-like state」というタイトルで掲載されました。
この研究は、同大定量生命科学研究所の中野泰博特任研究員(研究当時)、木戸丈友特任講師、伊藤暢特任准教授(研究当時)、宮島篤特任教授、国立国際医療研究センターの田中稔研究室長らの研究グループによるものです。
肝線維症とその治療
肝線維症(Hepatic Fibrosis)は、肝臓の正常な組織が線維性結合組織に置き換わる状態を指します。
これは肝臓の損傷に対する反応であり、肝硬変の初期段階として見られることが多く、肝臓疾患のきっかけとして医療現場では注意が払われています。
肝線維症の主な原因には、B型肝炎、C型肝炎などの慢性肝炎、アルコール性肝疾患、非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD:Nonalcoholic fatty liver disease )、自己免疫性肝疾患、遺伝性疾患(ウィルソン病、ヘモクロマトーシス)など、多岐にわたります。
肝線維症そのものには特有の症状がないことが多く、静かに進行します。
そしてかなりの段階にまで進行すると疲労、食欲不振、体重減少、腹部の不快感や痛み、黄疸(皮膚や眼の黄変)、浮腫(むくみ)、腹水(腹部に液体が溜まる)などの症状が現れることがあります。
肝線維症かどうかについては、血液検査による肝機能を評価するための検査(ALT、AST、アルブミン、ビリルビンなど)、画像検査による腹部超音波、CTスキャン、MRIなどで肝臓の状態を確認、肝臓の組織を採取して顕微鏡で調べる肝生検、そして肝臓の硬さを測定する非侵襲的な方法であるエラストグラフィーによって診断されます。
肝線維症の治療は、基本的には肝線維症の原因となる疾患の治療に焦点を当てます:
B型肝炎やC型肝炎の治療のための抗ウイルス療法、生活習慣の改善**:アルコールの制限、健康的な食事、運動などの生活習慣の改善、そして特定の状況で使用される抗炎症薬や抗線維化薬が使われるケースもあります。
治療には定期的なフォローアップが必要で、病状の進行を監視し、必要に応じて治療法を調整する事が必要です。
予防方法としては、B型肝炎のワクチン接種、アルコールの制限、バランスの取れた食事、適度な運動、体重管理、さらに肝臓の健康状態を定期的にチェックすることが重要です。
肝線維症は早期発見と適切な治療によって進行を遅らせることが可能な疾患です。
東京大学は4月19日、ヒトiPS細胞から静止期および活性化肝星細胞への誘導に成功し、活性化肝星細胞を脱活性化し正常な静止期状態に戻す薬剤のスクリーニング系の開発に成功したと発表した。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
肝障害は、しばしば肝線維症を経て肝硬変や肝がんを引き起こし、肝硬変患者は全国で40〜50万人と推定されています。
しかし肝硬変そのものに対する有効な治療薬は存在しません。
そのため、研究グループは治療薬の創出を目的とした本研究を行いました。
この研究は、科研費「組織線維化の筋線維芽細胞におけるリバイバル機構の解明」、「遺伝子改変ヒトiPS細胞を利用した新規肝疾患モデルの開発と線維化メカニズムの解析」、そして日本医療研究開発機構(AMED)の「ヒトiPS細胞由来静止期肝星細胞を用いた肝疾患治療薬の開発」、「全身性強皮症に対する抗線維症活性分子群の創出」および、ISM株式会社、ロート製薬株式会社の支援など、多方面から協力を得ており、このことからもこの研究の重要性がわかります。
治療薬のための研究
肝臓の構成細胞の一つである肝星細胞は、肝細胞の障害に応答して活性化して、コラーゲンなどの細胞外マトリクスを産生する肝線維症・肝硬変のドライバーとなります。
そのため、肝線維症治療薬としては、活性化肝星細胞を不活化して正常に近い状態である脱活性化肝星細胞へと誘導する薬剤が必要です。
しかし均一なヒト活性化肝星細胞を安定的に得られないことや、脱活性化状態をモニターする手法がないことが、研究開発の妨げとなっていました。
肝星細胞は間葉系であり、活性化肝星細胞はコラーゲン等の細胞外マトリクスを産生する肝線維症・肝硬変のドライバーとなる細胞であることはわかっていました。
研究グループは、活性化肝星細胞の調整・脱活性化誘導剤スクリーニング系を確立、有力な化合物をこの研究で同定しようとしました。
この課題に対して、研究グループはヒトiPS細胞から調製した静止期肝星細胞を培養系で増幅し、活性化肝星細胞を大量に調製する技術を確立することから着手しました。
その後、活性化肝星細胞を脱活性化状態へと誘導する化合物群の組み合わせを見出し、これらの化合物群をコントロールとして、384ウェルプレートを用いて、脱活性化誘導剤のハイスループットスクリーニング系の開発に成功しました。
さらに、約4,000種の既知薬理活性物質/既存薬ライブラリーから、単独で脱活性化を誘導する化合物を複数同定することに成功し、その中のひとつであるGZD824(Olverembatinib)が、活性化肝星細胞の線維化マーカーを強力に抑制するとともに、肝再生因子の発現を誘導することを明らかにしました。
つまり、この化合物が肝線維症の治療薬の核となる可能性を持つ化合物であることが明らかとなったのです。
この研究のポイントは以下の3つです。
- 1. ヒトiPS細胞を用いた臓器線維症治療薬のスクリーニング系を開発した。
- 2. 線維化をもたらす細胞を正常な状態へ戻す薬剤の探索を可能にした。
- 肝硬変のみならず様々な臓器線維症の治療薬の開発に期待。
このうち、3の肝臓以外の臓器に起こる線維化の治療にも応用できる可能性は今後の肝疾患の治療に大きな役割を果たすと期待されています。
脱活性化肝星細胞は、細胞外マトリクスの産生を停止し、PleiotrophinやMidkineなどの肝細胞の環境因子を発現します。
そのため、脱活性化誘導剤のハイスループットスクリーニング系から同定した化合物は、線維化改善のみならず肝組織の正常化を促進することが期待されます。
そして線維化は肝臓のみならず、さまざまな臓器に起こりますが、その中心となる細胞は活性化肝星細胞と類似した筋線維芽細胞ということがわかっています。
ということは、肝線維症の線維化抑制・改善薬は、肺線維症、腎線維症、膵線維症、全身性強皮症などの臓器線維症治療薬として適応拡大の可能性が存在します。
肝臓疾患の現在
肝臓は体内で重要な役割を果たす臓器であり、多くの疾患に罹ることがあります。
肝臓の疾患には以下のようなものが挙げられます。
- 1. 肝炎:肝炎は肝臓の炎症を指し、ウイルス性、アルコール性、薬剤性、自身の免疫系による自己免疫性などがあります。
1-1. ウイルス性肝炎:A型、B型、C型、D型、E型の肝炎ウイルスによる感染が原因です。
特にB型とC型は慢性化しやすく、肝硬変や肝臓がんのリスクを高めます。
1-2. アルコール性肝炎:過度のアルコール摂取によって引き起こされます。
1-3. 自己免疫性肝炎:自己免疫系が肝細胞を攻撃することによって生じます。
- 脂肪肝
肝細胞に過剰な脂肪が蓄積する状態で、非アルコール性脂肪肝疾患(アルコール摂取に関係なく脂肪が蓄積する病態)とアルコール性脂肪肝(過剰なアルコール摂取による脂肪蓄積)に分類されます。
- 肝硬変:肝臓が慢性的な損傷を受け、正常な肝組織が線維化してしまう状態です。
肝硬変になると肝臓の機能が大幅に低下しますが、主な原因は慢性ウイルス性肝炎、アルコール性肝疾患などです。
- 肝臓がん:肝細胞がんが最も一般的なタイプです。慢性肝炎や肝硬変の患者で発症リスクが高まります。
- ウィルソン病:銅の代謝異常により、体内に銅が過剰に蓄積し、肝臓や他の臓器に障害を引き起こします。
- ヘモクロマトーシス:鉄の代謝異常により、体内に鉄が過剰に蓄積し、肝臓や他の臓器に障害を引き起こします。
- 肝膿瘍:肝臓内に膿が溜まる状態です。細菌、寄生虫、または真菌による感染が原因で発生します。
- 胆道閉鎖症:新生児に見られる先天性疾患で、肝臓から胆汁を運ぶ胆管が閉鎖または欠如している状態です。
早期に手術を行わないと致命的になることがあります。
- 肝静脈閉塞症:肝静脈が閉塞することにより、肝臓から血液が戻らなくなる状態です。バッド・キアリ症候群とも呼ばれます。
- 薬剤性肝障害:薬物の副作用によって肝臓に損傷が生じる状態です。
特定の薬物やハーブサプリメントが原因となることがあります。
これらの肝疾患のうち、いくつかが今回の研究結果の恩恵を受けることができると期待されていますが、iPS細胞からの誘導方法確立については、今後用いる研究機関が増えることが見込まれ、研究開発はさらに加速すると考えられます。