コロナウイルス侵入のメカニズムを解明
京都大学のCiRA増殖分化機構研究部門の橋本里菜研究員、高山和雄講師、大阪大学大学院薬学研究科、臨床薬効解析学分野の岡田欣晃准教授、そして同分野の大学院生である高橋潤也氏らの研究グループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が、血管内皮細胞間の密着結合に関わるClaudin-5(CLDN5)の発現を抑制することで血管内皮のバリアを破壊し、ウイルスが血管内、血液中に侵入することを明らかにしました。
この研究の前面には幹細胞は出てきませんが、研究を行うためのツールにはiPS細胞が大きな役割を果たしています。
気道部分の細胞を、培養ディッシュの上で生体内と同様に再現するのは困難でした。
しかし、京都大学大学院医学研究科、医学部附属病院、工学研究科、帝京大学、そして大阪大学の研究グループは、マイクロ流体気道チップとヒトiPS細胞から分化誘導した気道上皮シートを組み合わせて、細胞間の繊毛協調運動を生体内に近い形で再現して、機能評価が可能な技術の開発に成功しました。
このシステムを使った疾患モデルは、京都大学、三重大学、富山大学の共同研究によって確立され、マイクロ流体気道チップを使ったこのシステムが有用である事を証明しました。
今回のコロナウイルスの血管侵入メカニズムの解明は、このシステムを使って解析されています。
研究の背景と概要
この研究を理解するためには、いくつかの用語の意味を押さえておく必要があります。
まず、Claudin-5タンパク質とは、細胞膜を4回貫通しているタンパク質で、肺の血管内皮バリア、脳の血液脳関門バリアの制御に関連しています。
血管内皮細胞は、血管の内側を覆っている細胞で、この細胞が互いに接着することによって血管内皮のバリア機能が産み出され、物質や免疫に関与する細胞の通過が制御されます。
フルバスタチンは、血液中のコレステロールを低下させる薬です。
高コレステロール血症の治療と、心血管疾患の予防によく使われるスタチン系の薬剤です。
アンジオテンシン変換酵素2(ACE2:Angiotensin-ConvertingEnzyme2)は、SARS-CoV-2の感染受容体であり、細胞表面に存在するタンパク質です。心臓を保護する、血管を拡張する、そして炎症を抑制する、という役割を持っています。
急性呼吸窮迫症候群(ARDS:Acute Respira-tory Distress Syndrome)は、重症COVID-19患者でよく見られる症状で、肺に液体が溜まり、血液中の酸素量が低下することで発生する疾患です。
血管を構成している血管内皮細胞は、SARS-CoV-2感染受容体であるアンジオテンシン変換酵素2の発現量が少ないため、SARS-CoV-2にはほとんど感染しません。
しかしSARS-CoV-2に感染したCOVID-19の患者では、血管炎と血管内皮バリアの破壊が観察されます。
血管内皮バリアが破壊されると、破壊された場所からSARS-CoV-2が血管に侵入し、血管の流れに乗って呼吸器から他の臓器に移動します。
さらに、肺の血管外への免疫細胞や血液成分の浸潤を誘導するため、肺炎、急性呼吸窮迫症候群などの重症化した状態を起こします。
このSARS-CoV-2による血管内皮バリアの破壊を阻止できれば、COVID-19の患者が重態することを防げるのですが、このメカニズムはほとんど解明されていませんでした。
この研究では、SARS-CoV-2に感染させた気道チップのヒト肺血管内皮細胞(HMVEC-L:Human Lung Microvascular Endothelial Cells by Lonza)の遺伝子発現を網羅的に解析し、SARS-CoV-2の血管内皮バリア破壊に関与する遺伝子として、Claudin-5(CLDN5)を特定しました。
さらに、この研究過程で研究グループは、SARS-CoV-2による血管バリアの破壊と、SARS-CoV-2が気道から血管に漏出する様子を再現することに成功しています。
研究の詳細
SARS-CoV-2による血管内皮バリア破壊の原因遺伝子の探索をこの研究では行っていますが、遺伝子の発現が減少しているグループには、細胞接着関連遺伝子が多く含まれていました。
Claudin-3、Claudin-5のClaudinファミリー、Protocadherin Beta-1、Protocadherin Beta-8、Immunoglobulin Superfamily Member 9Bの発現が特に低下しており、研究グループはこの中からClaudin-5を解析のターゲットとして選びました。
Claudin-5の発現減少は、細胞接着因子の一つであるVE-cadherinタンパク質に影響を与えます。
この影響は、Claudin-5がVE-cadherinの遺伝子発現をコントロールするものではなく、VE-cadherinの細胞結合部位が破壊され、隙間ができる、つまりタンパク質に影響しているものであるということがこの研究で明らかになりました。
人工的にClaudin-5の発現を上昇させると、SARS-CoV-2による血管内皮バリアの破壊が阻止され、VE-cadherinの細胞間接着の減弱が阻止されました。
このメカニズムは、COVID-19における薬物治療、または創薬のターゲットとなります。
実際、COVID-19患者に対してスタチン治療を施すと、死亡率が低下することが報告されています。
スタチンの一種であるシンバスタチンは、肺動脈内皮細胞におけるClaudin-5発現を増加させることにより、急性肺損傷を軽減することが報告されています。
本研究では、HMVEC-Lにフルバスタチンを作用させたところ、CLDN5の遺伝子発現量を増加できることを確認しました(図5A)。
また、SARS-CoV-2の血管チャネルへの侵入およびVE-cadherinを介した細胞間接着の減弱を部分的に防止しました(図5B, 5C)。以上の結果から、フルバスタチンはCLDN5の発現を増加させ、SARS-CoV-2による血管内皮バリア破壊を抑止することが示唆されました。
患者の肺でも同じ事が起こっている
COVID-19とClaudin-5の関係を調べるために、健康な人とCOVID-19患者の肺の検体を使ってClaudin-5の遺伝子発現、タンパク質の発現をそれぞれ解析しました。
COVID-19患者の肺では、Claudin-5の遺伝子発現量が低下、そしてClaudin-5タンパク質はほとんど消失していました。
Claudin-5タンパク質を供給する細胞は血管内皮細胞です。
おそらく、血液中のClaudin-5の量と、血管内皮細胞におけるClaudin-5の発現量は相関しており、気道チップを使った解析結果がそのままヒトの生体に応用できることが確認されました。
この研究から発展することは?
この研究で明らかになったことを大きくまとめると以下の3点になります。
- 1新型コロナウイルス、SARS-CoV-2はClaudin-5の発現を抑制し、呼吸器の血管内皮バリアを破壊する。
- 京都大学が中心になって開発した気道チップとiPS細胞を使ってSARS-CoV-2による呼吸器の血管内皮バリア破壊の段階を解明した。
- フルバスタチンによって、SARS-CoV-2による呼吸器の血管内皮バリアの破壊を治療できる。
この研究によって、気道チップが生体を反映した結果を示したことから、今後の気道へのウイルス感染メカニズムを、動物実験などをせずとも気道チップシステムで解析できることが確認されました。
新型コロナとの闘いはしばらく続くと考えられますが、今回、解析するための新しい方法が確立され、創薬、治療方法の開発が今後さらに効率的に行うことができると予想されます。