受精卵から胎盤が生まれる仕組み、東北大学などが解明

目次

1. 人工胎盤の可能性につながるiPS細胞研究

東北大学大学院の有馬隆博教授を中心とする、九州大学、東京医科歯科大学の研究グループは、ヒトの受精卵から胎盤が発生するメカニズムの一部を解明しました。

この技術が応用されれば、人工的に胎盤を作ることが可能となり、妊娠期に発症する疾患の解明、治療薬の開発につながると予想されています。

例えば、通常妊娠すると、風邪などの感染症に対する免疫機能を保ちつつ、母体が胎児を異物として認識しないようにする現象、「免疫寛容」が起こります。

この研究を、人工的な胎盤、または胎盤を構成する細胞を作り出して研究することによって、免疫寛容のメカニズム解明、そして免疫に起因する副作用が少ない免疫抑制剤などの開発に結びつきます。

2. 胎盤とは?

胎盤は、胎児の生命維持装置としての機能を持つ臓器であり、胎児とは臍帯(へその緒)でつながっています。

機能と役割は、胎児へ酸素を送り、二酸化炭素を受け取って排出するという呼吸器としての機能、胎児へ栄養分を送り、胎児の老廃物を受け取るという消化器としての機能、妊娠と胎児の成長を維持するためのホルモンを分泌する内分泌器官としての機能、そして、母体から有害な物質が胎児に行かないようにするフィルターとしての機能、非常に多くの機能を持つ臓器です。

分子量が大きな物質は、基本的に胎盤を通過することができません。

そのため、一部の薬、細菌、ウイルスなどの多くは胎盤でシャットアウトされ、胎児にまでは届かないようになっています。

一方で、栄養分は分子量が小さいため、胎盤を通過して胎児に届きます。

ただし、アルコール、たばこに含まれているニコチン、一部の魚介類に含まれている水銀などの重金属は分子量が小さいために胎盤を通過してしまいます。

胎盤は子宮の内側に付着していますが、正常であれば子宮の上の方に付着しています。

胎盤は、母体由来の部分と、受精卵、つまりは胎児由来の部分によって構成されています。

つまり、完全に母体由来でもなく、かといって完全に胎児由来でもありません。

外見は円盤状で、内部は絨毛という細かい毛が収まっています。

この絨毛が非常に重要な部分で、中には細かい血管が張り巡らされており、母体の血液と胎児の血液が混じり合わないようになっています。

この血管網を使って、血液を母体と胎児が共有することなく、酸素、二酸化炭素、栄養、老廃物の受け渡しを行っています。

3. 胎盤の成長

胎盤は胎児と共に大きくなりますが、胎児の発育が悪いと胎盤の発育も悪い状態になります。

胎盤は最初から完成された形で存在するのではなく、安定期と呼ばれる約16週周辺に完成します。

出産直前は約500グラムから600グラムほどの大きさになり、出産後に子宮からはがれ落ちて体外に排出されます。

妊娠初期、受精卵が子宮内膜に着床して妊娠が成立すると、ヒト絨毛性ゴナドトロピンというホルモンが分泌され、着床した部分に絨毛ができはじめます。

この絨毛が徐々に厚みを帯び、胎盤の形が作られ始めます。

この時期は、胎盤が完成していませんので、フィルター機能を発揮することができず、母体の血液中の物質はそのまま胎児に移行します。

胎盤が完成すると妊娠も安定期に入り、リスクも比較的少なくなります。

受精卵から胎盤が作られる過程を考えると、受精卵は着床後に将来胎児になる細胞と、胎盤になる細胞、2つのタイプに分かれます。
つまり、細胞の「運命決定」がなされます。

このメカニズムの詳細はわかっておらず、着床しにくいなどの不妊症に悩む人達にとって、運命決定のメカニズムを解明して治療方法を確立することは非常に重要でした。

この頃の受精卵には、胚性幹細胞(ES細胞)が出現しており、このES細胞が後に胎児の身体を形成します。

一方で、栄養膜幹細胞という細胞が出現し、この細胞が胎盤を構成します。

つまり、運命決定とは大まかに言えば、ES細胞と栄養膜幹細胞のどちらになるか、ということなのです。

4. 研究の概要

研究グループは、このメカニズムを解明するために、ES細胞と栄養膜幹細胞の遺伝子発現、そして遺伝子の作用を調べました。

身体の中には様々なタイプの細胞がありますが、細胞内の遺伝子の働きは細胞の役割ごとに違っている部分があります。

細胞を維持したりする遺伝子の働きは多くの細胞で共通ですが、与えられた役割を果たすための遺伝子の働きはそれぞれが違い、そのことがそれぞれの細胞の特異性と言われています。

研究グループが着目したのは、C19MCと言われる遺伝子です。

一般的に、遺伝子配列(DNA配列)の情報は、メッセンジャーRNAに転写され、そのメッセンジャーRNAのもつ配列情報を基にアミノ酸鎖が合成されてタンパク質が作られます。

作られたタンパク質は与えられた機能に従って、細胞、身体の中で働くのですが、このC19MCはそういったメカニズムで働く遺伝子ではありません。

C19MC遺伝子は、C19MCマイクロRNAクラスターとして知られています。

このクラスターは、46個の遺伝子からなるマイクロRNAクラスターです。

マイクロRNAとは、タンパク質を作るための情報は持たないが、RNAのままで細胞内・身体内での役割と作用を持っている分子です。

つまり、「タンパク質としての機能はない」が、「機能分子としての作用はある」という細菌発見された分子です。

C19MCは、ヒトを含む霊長類のDNAにのみ存在します。

発現する場所はほぼ胎盤に限られますが、精巣、胚性幹細胞、一部の腫瘍、そして栄養細胞由来の小胞でも発現しています。

発現レベルだけで見れば、胎盤での発現が最も高く、妊婦の血清中にも存在している事が確認されています。

こうしたマイクロRNAは、ヒト胎盤に存在するトロフォブラスト細胞に高い発現が見られ、胎盤の発生や、恒常性維持に関与していることが解っています。

このC19MC遺伝子は、ES細胞で機能が低下しており、栄養膜幹細胞では作用が強くなっていることがわかっています。

研究グループはここに焦点を当て、人工的にES細胞でC19MC遺伝子の作用を強めてみました。

その結果、ES細胞は、栄養膜幹細胞に変化したことが確認されました。

つまりこれは、C19MC遺伝子機能の増強によって、ES細胞から栄養膜幹細胞へ分化転換(リプログラミング)したということになります。

ES細胞でリプログラミングできたのであればiPS細胞ではどうだろう、と解析を進めたところ、iPS細胞でC19MC遺伝子の作用を強めると、ES細胞と同様に栄養膜幹細胞に分化転換されることが確認されました。

5. 分化転換が成功したということは?

ES細胞、iPS細胞からは分化誘導という言葉がよく使われますが、今回の場合は栄養膜幹細胞という幹細胞への変化のため、分化転換という言葉が使われます。

この分化転換が成功したということは、ES細胞、またはiPS細胞を使って栄養膜幹細胞を作成し、そこから人工的に胎盤を構築するための技術が一歩進んだ、ということが言えます。

この技術によって人工胎盤が構築できれば、胎盤の疾患研究が大きく進みます。

昔と比べると出産は安全になったと言えますが、まだまだわかっていないことが多く、リスクが高いということには変わりありません。

特に胎盤が関係する疾患については、なかなか研究が進んでいませんでした。

例を挙げると、絨毛性疾患が挙げられます。

絨毛性疾患は、胎盤を作る栄養膜細胞(絨毛細胞、トロホブラストとも呼ばれる細胞)の疾患で、大きく分けると3つに分けられます。

1つめは、異常妊娠の1つである胞状奇胎、そして2つ目が胞状奇胎の後に発生する腫瘍である侵入胞状奇胎、そして3つ目の悪性腫瘍である絨毛がんです。

妊娠した子宮内にぶどうのような形状のつぶつぶが多数生じる疾患で、日本では妊娠500例につき1症例、分娩300例につき1症例で発生するとされています。

この割合はかなり高い割合で、少子化の昨今でも一定割合で起こり続けている疾患です。

統計的には高齢になると発生確率がやや高くなるとされています。

胞状奇胎の原因は、妊娠成立時の精子と卵子の受精異常によって起こることがわかっていますが、受精異常がなぜ起こるのかについてはまだ不明です。

垂直、つまり親から子へ遺伝する疾患ではないことと、一度期待を経験した患者がもう一度胞状奇胎になる確率はおおよそ2 %であるという事はわかっていますが、疾患を光kっることはできても、治療はできないという疾患です。

少子化対策においては、子供を育てることができる環境作りも重要ですが、子供を育てる準備が経済的、社会的にそろった場合に、なんらかの身体の原因で妊娠できない、出産できないという人達への解決策の提示も重要です。

つまり、子供が欲しい人達が健康面の不安、疾患で子供が作れないというケースを少しでも減らすという手段も少子化対策に重要です。

今回の研究はそういった少子化対策に貢献できる大きな一歩と言えるでしょう。

目次