- 間葉系脂肪幹細胞の治療への応用は、美容外科が先駆けた
- 美容外科だけではなく、腱の再生と糖尿病の根治などの研究も始まっている
国内における幹細胞治療の中で、もっともメジャーといえるのが間葉系脂肪幹細胞による治療です。
本記事では、間葉系脂肪幹細胞の治療方法や、広がりつつある用途に関して解説します!
1.間葉系幹細胞とは
間葉系に属する細胞には、骨細胞、心筋細胞、軟骨細胞、腱細胞、脂肪細胞などがあります。これら間葉は中胚葉性組織に分類され、間葉系幹細胞(MSC:Mesenchymal stem cell)は、これらの間葉系幹細胞へ分化する能力を持つ体性幹細胞です。さらに、中胚葉以外の内胚葉、外胚葉由来の神経細胞、肝臓実質細胞に分化するという報告もあります。
間葉系幹細胞は、ヒトの成体内に存在し、骨髄、臍帯、脂肪などの様々な組織から採取することができます。採取する組織によって、間葉系幹細胞の特性は異なり、目的に合わせた選択ができます。
この間葉系幹細胞は、ヒトの成体から採取できる、つまり患者自身の間葉系幹細胞を治療に使うことが可能です。これは拒絶反応を避けることができるという大きな利点です。
また、採取も様々な組織からできることから、ES細胞などと比べると準備段階でのコストがかなり抑えることができます、さらに目的によって採取する組織を変えることが可能というのも利点の一つです。
現在は、iPS細胞、ES細胞に比べると、間葉系幹細胞は実用化において一歩進んでいる状態で、多くの医療機関、研究機関で医療への応用について研究、治験が進んでいます。
2. 間葉系脂肪幹細胞
脂肪組織は、脂肪細胞によって構成された組織で、エネルギーを脂肪の形で蓄積、外界からの衝撃の緩和による内臓などの保護、体温維持といった機能を持っています。皮下に存在し、白色脂肪組織と褐色脂肪組織の2種類があります。脂肪組織のほとんどは白色脂肪組織で、細胞内に中性脂肪をエネルギーとして貯蔵し、褐色脂肪細胞は、血液中の遊離脂肪酸を取り込んで熱を作ることでエネルギーを放散させます。
この脂肪組織の中にあるのが脂肪幹細胞です。脂肪細胞の寿命は、一般的に2年から3年程度と言われています。脂肪細胞が寿命によって細胞死を迎えると、脂肪幹細胞から分化した脂肪細胞がこれを補います。
3. 脂肪幹細胞の医療への応用
脂肪幹細胞の医療への応用の先駆けは美容外科です。脂肪を腹部、大腿部から吸引して細胞を抽出し、幹細胞の濃度を高くする処理をした後に患部に移植する方法が行われてきました。
吸引した脂肪組織は、遠心分離によって脂肪細胞、脂肪幹細胞を含む層と、液体層に分離します。ここから脂肪幹細胞を含む層を抽出して治療に用います。脂肪の吸引は脂肪採取の際に吸引細管を使うことによって、最小限の傷しか残らないことと、吸引した脂肪の重さだけ体重が減少するという痩身効果もあります。
脂肪組織は、体内の組織の中では比較的量を確保できるので、幹細胞の量の確保も期待できます。他の組織由来の幹細胞は、このステップの後に人工的に培養して増殖させ、幹細胞の数を増やす必要がある場合がほとんどですが、脂肪組織の場合は脂肪幹細胞も比較的大量に採取できるので、培養せずに治療に用いる場合が多くなっています。これは、治療の時間短縮にも大きな利点です。
この脂肪幹細胞抽出の過程には大きな問題があります。それは、機械などによる自動化が難しいことです。脂肪組織の状態は個人差が大きく、脂肪幹細胞の抽出は経験を積んだ技術者のテクニックが必要です。熟練の技術者の目が必要ということから、職人技に近いとまでされています。
抽出された脂肪幹細胞は、身体の目的の部分に移植されます。美容外科の分野では、乳房というケースが多いようです。実際に、乳房への脂肪細胞の注入は昔から行われてきましたが、いったん大きくなった乳房がすぐに縮小したり、部分的な効果が見られたりするケースがありました。これは脂肪細胞が移植前の処理過程でダメージを受け、修復しきれていないからと考えられています。
この脂肪移植法は、1980年代から行われてきました。しかし、美容外科的な見地での効果が持続しないことと、乳房内で石灰化がおこり、乳がん検診などで正確な検診が阻害されるという問題が指摘されていました。
しかし、脂肪幹細胞を移植した場合、乳房のボリュームは幹細胞が分化し、供給され続ける脂肪細胞によって維持されます。また、幹細胞は血管新生にも関与するので、乳房内に網羅的に血管が形成され、乳房の効果を防ぎます。
この移植方法は、臨床研究を経て、2006年に脂肪幹細胞移植として国から認定されました。しかし、美容外科におけるこの治療は、民間医療においては臨床研究が不十分であり、国が認定していないことから日本再生医療学会が安全性について注意喚起を行っています。
4. 多様化する脂肪幹細胞の用途
美容外科において脂肪幹細胞は、脂肪組織に移植されることが基本であり、これによって乳房の維持、顔に注入することによるアンチエイジングなどが行われてきました。
しかし、ここ最近では脂肪幹細胞の用途が広がりつつあります。2014年には、京都府立医科大学、福島県立医科大学のグループが、末梢神経損傷に対して脂肪幹細胞移植治療の可能性を探った論文を発表しています。
末梢神経が損傷した場合、修復のためにはシュワン細胞の機能による神経軸索伸長、再髄鞘化が必要でした。神経再生にはシュワン細胞が不可欠なものですが、自分のシュワン細胞を使う場合、シュワン細胞を採取することによって、採取された場所に障害が残ってしまいます。修復しなければならない場所と、シュワン細胞を採取して障害が残る場所、どちらを選択するかについては、非常に難しい問題であり、生活の質などを考慮して慎重に行わざるを得ませんでした。
しかし、脂肪幹細胞がシュワン細胞に似た細胞に分化されることが報告され、この細胞を神経損傷部に移植した場合に、再生効果が確認されました。自分の脂肪組織から採取した脂肪幹細胞をシュワン様細胞に分化させて移植し、神経を再生させることができれば、シュワン細胞採取に伴う障害を避けることができます。
現在、この研究は臨床を視野に、実用化に向けて研究が行われている段階であり、神経障害の再生治療において大きな期待が寄せられています。
また、独立研究法人産業技術総合研究所、幹細胞工学センターでは、間葉系幹細胞ダイナミクスチームを立ち上げ、脂肪組織を再生医療に応用するための研究が進行中です。ここでは、脂肪幹細胞を使って、腱の再生と糖尿病の根治を目指すためにインスリン産生細胞、またそのデバイスを研究しています。
腱は、筋肉と骨をつなぎ、運動をスムーズに行うためには必要不可欠な組織です。この腱が断裂してしまうと、修復のための手術と運動制限、そしてリハビリが必要です。しかし、腱はそれほどの多くの細胞を含んでおらず、なおかつ血流が少ない組織です。よって治癒に時間がかかる組織です。この腱の再生を脂肪幹細胞を使ってスムーズに行えないだろうか、という研究を、このチームは筑波大学医学群形成外科と共同で進めています。
糖尿病の治療については、脂肪幹細胞から移植用の膵臓β細胞の誘導が試みられています。しかし、β細胞は自律神経系、ホルモン調節系からは独立しており、作製したインスリン産生細胞が自律的にインスリンの分泌を制御することは困難です。
このチームでは、医学と工学を融合し、脂肪幹細胞と繊維芽細胞からβ細胞と自律神経細胞を作製して、電気刺激によってインスリン分泌制御を行おうとしています。現在は、3次元デバイス化を行うことによって生体組織移植デバイスを開発しようとしています。
こういった研究は、脂肪幹細胞自体の特性と、多くの脂肪幹細胞を確保することが比較的簡単にできることから、幹細胞を使った研究としては比較的スムーズに進めることができると思われます。研究コスト、治療コストを考えると、脂肪幹細胞は我々が受けるかもしれない再生医療に最も近い幹細胞と言えるかもしれません。
本記事では間葉系脂肪幹細胞について解説をしました。以下の記事は、その他の間葉系幹細胞にまつわる記事です。併せてご覧ください。
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