ヒトiPSで「胆管付き肝組織」=薬物試験への利用期待
国立研究開発法人、国立国際医療研究センター(National Center for Global Health and Medicine、NCGM)細胞組織再生医学研究部の田中稔室長、東京⼤学⼤学院新領域創成科学研究科 王路遥(ワン ルーヤウ)⼤学院⽣らの研究グループは、東京⼤学⼤学院新領域創成科学研究科定量⽣命科学研究所 ⽊⼾丈友特任講師、宮島篤特任教授、同⼤学⼤学院薬学系研究科 楠原洋之教授、同⼤学⼤学院⼯学系研究科 酒井康⾏教授らの研究グループとの共同研究により、胆汁排泄を再現することが可能なヒト肝組織平⾯培養系を作製することに初めて成功しました。
これは肝胆オルガノイドと呼ばれる細胞塊です。
肝胆オルガノイドは、肝臓(肝細胞)と胆管の機能と構造を持つ三次元の細胞構造体です。これらのオルガノイドは、主に幹細胞から培養され、体外で肝臓および胆管の生理的機能を再現することを目的としています。
主に胚性幹細胞(ESC:embryonic stem cells)や誘導多能性幹細胞(iPSC:induced pluripotent stem cells)を使用して作成されます。
特定の成長因子や培養基質を使用して、肝細胞および胆管細胞へと分化させますが、最近では主に三次元(3D)培養技術を用いるケースが多数です。
この培養技術は、細胞を球状に組織化し、オルガノイドを形成させます。
この細胞塊は、肝細胞と胆管細胞の両方が共存し、相互作用することで、実際の肝臓の機能を再現します。
肝臓および胆管の疾患(例えば肝硬変、肝炎、胆管癌など)の研究モデルとして使用される疾患モデル、新薬の効果や毒性を評価するための薬剤スクリーニングの試験系として使用されます。
しかしこれまでの研究ではこの肝胆オルガノイドは不完全なものが多く、研究においてはこういった不完全さが正確なデータを取得する妨げとなっていました。
今回の研究はこの問題点を解決するものとして大きな期待が寄せられています。
肝臓の基礎知識
肝臓は薬物代謝の中枢を担う臓器であり、ADMET(薬物が体内に取り込まれてから排出されるまでの過程や肝毒性)に関する情報は製薬企業が新薬を開発する上で必要不可欠な情報となります。
肝臓は、人体で最も大きな臓器の一つであり、多くの重要な機能を果たしています。
右葉(右側)と左葉(左側)の二つの主要な葉に分かれており、右葉が左葉よりも大きくなっています。
内部構造は管状の構造と、肝実質細胞で構成される部分とに分かれます。
・肝小葉: 肝臓の基本的な機能単位で、約50万から100万個の肝小葉が存在します。
六角形の形をしており、中心に中心静脈が位置します。
・門脈、肝動脈、胆管: これらの構造は門脈三つ組(トライアド)と呼ばれ、肝小葉の周辺に存在します。
門脈は消化器からの栄養豊富な血液を運び、肝動脈は酸素豊富な血液を供給します。胆管は胆汁を運び出します。
肝細胞では胆汁が生成され、胆細管を通じて小葉間胆管に運ばれ、最終的に総胆管を経て十二指腸に運ばれます。
さらに、栄養素の代謝(糖、脂肪、タンパク質)、有害物質や薬物の解毒、グリコーゲン、ビタミン、ミネラルの貯蔵、血液凝固因子の生成などの機能を持っています。
胆管とは?
今回のオルガノイドで重要なポイントとなる胆管は、非常に重要な役割を持っています。
胆管(Bile duct)は、肝臓で生成された胆汁を十二指腸に運ぶための管状の構造です。胆管は以下のように構成されています:
肝細胞で生成された胆汁は、まず細い胆細管に流れ込みます。
胆細管は集まってより大きな胆管となりますが、これらの小さな胆管は次第に合流し、左右の肝管(右肝管と左肝管)を形成します。
右肝管と左肝管は肝臓の外で合流し、総肝管を形成します。
その後、総肝管はさらに胆嚢からの胆嚢管と合流し、総胆管となります。
総胆管は膵管(Pancreatic duct)と合流することが多く、十二指腸に開口するファーター乳頭(Vater’s ampulla)に通じます。
この部位で胆汁が消化に必要なタイミングで十二指腸に放出されます。
機能面での胆管は、胆汁の輸送という重要な役割を担っています。
肝細胞で生成された胆汁を十二指腸に運び、脂肪の消化を助け、さらに胆嚢との連携を行います。
胆嚢は胆汁を濃縮・貯蔵し、食事の際に収縮して胆汁を総胆管に送り出す役割を担っています。
胆管は局所的に疾患になることがあります。
胆管に結石が形成され、胆汁の流れを妨げる胆管結石、胆管の感染や炎症である胆管炎、そして胆管に発生する悪性腫瘍である胆管癌が挙げられます。
胆管は肝臓と消化器系をつなぐ重要な経路であり、その健康状態は消化機能に大きな影響を与えます。
肝臓は薬物の代謝に重要
我々が薬を投与され、薬が体内に取り込まれてから排泄されるまでの過程は、吸収、分布、代謝、排泄の4つのステップ、そして取り込まれる薬物の毒性が重要とされています。
吸収はAbsorption、分布はDistribution、代謝はMetabolism、排泄はExcretion、そして毒性はToxicityと英語で表記され、その頭文字を取ってADMETと呼ばれています。
ADMETの研究は、薬物の影響を知る上で非常に重要です。
薬がどの程度の期間、体内に留まり、肝臓でどのように代謝され、どのような経路で最終的に体外に排出されるのか、といったADMEに関する情報は薬の治療効果を予測する上で極めて重要な情報となります。
創薬において、薬が肝臓で代謝されることで毒性を発揮し、副作?が発現した場合、新薬の開発は中止に追い込まれるため、ADMET の予測は製薬企業にとっては必要不可欠な情報となります。
このような薬物の体内動態を調べるために、これまで主に動物試験が使われてきました。
しかし、動物とヒトでは肝臓の代謝能力に種差があるため、ヒトでの薬物動態を完全に予測することは困難であるという問題がありました。
その代替法として、ヒト肝細胞を用いた培養系が利?されてきましたが、安定供給やコスト、機能面で問題があるだけでなく、胆汁排泄を担う胆管が備わっていないために、胆汁の流れを再現できないといった問題がありました。
このように、これまでのモデルをつかった試験では、ヒトのADMET を完全に予測することはできないこと、ヒト肝細胞培養系では、胆管が備わっていないことから胆汁排泄の流れを再現できない等の問題がありました。
この解決のために、今回の研究ではiPS細胞から肝細胞と胆管細胞を同時に分化・融合させることにより、ヒト肝組織を模倣する肝胆オルガノイド(hHBO)を作製しました。
さらに、既存薬を用いた解析から、胆汁排泄や肝毒性を予測できる可能性を明らかにしました。
今回開発されたhHBO は、今後、創薬のための薬物動態試験や肝疾患研究に応用されることが期待されます。
研究の詳細
研究チームは、以前に肝臓の元となる肝芽細胞をiPS 細胞から誘導することに成功しています。
この肝芽細胞は肝細胞と胆管にそれぞれ分化できることは分かっていましたが、今回、この細胞から肝細胞と胆管を同時に分化・融合させることにより、肝細胞層の上部に胆管構造が配置されたヒト肝胆オルガノイドを作製することに成功しました。
さらに、作製したヒト肝胆オルガノイドが胆汁排泄能を有するのか調べるために、底部の肝細胞に胆汁排泄に働く分子が発現しているかを調べたところ、複数の胆汁酸トランスポーターが発現していることが確認されました。
今回作製に成功した簡単モデルは、かなり有用なモデルとして期待されています。
大きな理由として、アメリカ環境保護庁(EPA)は2035 年までに動物実験を全廃することを提唱しており、ヒトADMET を正確に予測できる代替法の開発は喫緊の課題となっています。
公的機関の規制も問題ですが、社会の動物実験に対する批判の声も大きくなっており、肝臓と胆管両方を備えた人工的なオルガノイドは、創薬に大きな貢献をすると考えられます。