長期間安定的に培養可能な皮膚幹細胞モデルを樹立

目次

1. 安定した培養は幹細胞の課題

現在、様々な種類の幹細胞が研究、医療に使われています。

ES細胞iPS細胞などの発見、樹立からだいぶ年月が経ち、これらの細胞を培養する技術も進化してきました。

しかし、現在でも幹細胞に関しては様々な課題が多く、その改題を解決するために日々研究開発が行われています。

幹細胞については、昔と比べると良くはなっているが、まだ完全の余地がある事の一つに、培養時の細胞性質安定があります。

身体を構成する細胞を採取し、人工的に培養するという細胞培養の技術は、生物学、医学に大きな貢献をしてきました。

しかし、体外で人工的に培養する細胞には欠点があります。

例えば、健常な人の肝臓から細胞を採取し、その肝臓細胞を人工的に培養して研究に使うことは可能ですが、この細胞は分裂をある程度の回数繰り返すと、増殖しなくなってしまいます。

体内であれば、もっと増殖を繰り返すはずなのですが、健常細胞の多くは、人工培養においては限定的な回数しか分裂することができません。

人工培養で無限に分裂を続けることができる細胞は、“がん細胞”です。

がん細胞は、体内でも増殖を続けることが知られていますが、人工培養でも分裂回数は無限です。

しかし、そのようながん細胞でも、分裂しなくなる時があります。

これは、人工培養を続けているうちに、細胞の性質が変わってしまうことによって起こると考えられています。

培養を継続しているうちに細胞の性質が変わってしまうことは、がん細胞に限らず、健常細胞、幹細胞でも見られます。

研究者達は、こういった研究における実験内容を実験ノートに記しています。

当然、培養の条件も記されていますが、我々人間は細胞の全てを把握しているわけではないので、何らかの刺激によって、またはその刺激が積み重なることによって細胞の性質が変わってしまうことがあります。

細胞の性質を一定のままで安定して培養するということは基礎ですが、なかなか困難なことなのです。

この問題を皆生する研究に取り組んでいた、日本メナード株式会社と、藤田医科大学医学部応用細胞再生医学講座の赤松浩彦教授と、皮膚科学講座の杉浦一充教授は、長期間安定した培養が可能な幹細胞モデルを3種類樹立することに成功しました。

2. 皮膚の細胞から幹細胞を樹立

研究グループは、患者の同意を得て、手術時に不要となった皮膚を研究用サンプルを採取しました。

この皮膚は、表皮、真皮、皮下脂肪組織から構成されており、酵素処理することによって、表皮細胞、繊維芽細胞、脂肪間質細胞を分離することができます

そしてこの細胞を、まず不死化する処理をします。

不死化のステップは、まずTERT、 CDK4R24C、 CCND1という3つの遺伝子を導入する事から始めます。

TERTは、Telomerase Reverse Transcriptaseの略で、テロメラーゼの伸長に関わる酵素です。

染色体の両端にあるテロメアは、細胞分裂の度に短くなっていき、ある一定の短さになると細胞は分裂を停止します。

TERTは、そのテロメアを伸ばすことによって、細胞分裂を継続させる機能があります。

CDK4R24Cは、Cyclin-dependent kinase 4の過活動型で、変異型サイクリンキナーゼです。

CCND1は、サイクリンD1(Cyclin D1)で、CDK4、CDK6と複合体を形成して、細胞周期のG1期からS期への移行に作用する分子です。

これらをそれぞれ細胞に導入して細胞を不死化し、各々の遺伝子を組み込んだ細胞について複数の単細胞クローンを作成しました。

この複数の単細胞クローンをさらに解析し、幹細胞マーカー遺伝子、タンパク質の発現、幹細胞の典型的な特徴である分化能、増殖能を指標にして、幹細胞性の高い、つまり幹細胞の性質が強く出ている細胞を選別しました。

このステップを経て、表皮幹細胞、真皮幹細胞、脂肪幹細胞の不死化モデル細胞を樹立しました。

この細胞を培養して解析すると、長期間の培養に耐えることがわかり、樹立した幹細胞が長期培養可能な幹細胞である事が明らかになっています。

細胞は増殖するため、放っておくと培養皿が満員になってしまいます。

そのため、定期的に継代という作業をして、新しい培養皿に適度な細胞密度で植え替える作業が必要です。

通常、表皮細胞を人工的に培養すると、5回から多くても7、8回の継代で増殖が止まります。

これは、細胞老化が原因で、健常細胞ではよく見られる現象です。

しかし、今回樹立に成功した細胞は、継代を40回程度繰り返しても、細胞老化を起こさずに増殖を継続しました。

さらに、これらの幹細胞はこの40回ほどの継代をした後でも、表皮を構築するための分化能を維持していました

今回樹立した3種類の幹細胞、不死化幹細胞モデルは、いずれも細胞老化せずに幹細胞の性質、能力を保持したまま、継代、培養が可能です。

この細胞の樹立によって、皮膚幹細胞の研究が進むことは確実であり、今後は皮膚幹細胞、皮膚細胞に有用な化合物の探索のためのスクリーニングが、かなり効率的に行われます。

さらに、長期培養が可能である事から、創薬、化粧品などの原料を試験する際に、長期的な細胞への影響も解析することが可能です。

3.大きなビジネスの可能性を秘める皮膚幹細胞

皮膚幹細胞は、疾患、傷害による皮膚の損傷を回復するために重要であるのですが、同様に、若さを保つための美容などの分野にも大きな影響を与えると考えられています。

まず、皮膚幹細胞が長期培養可能となったことで、皮膚幹細胞が分泌する物質の回収効率が上がります。

幹細胞を培養した時の培養液中には、幹細胞から分泌された有用な物質が多く含まれています。

この培養液は、美容クリニックなどで「幹細胞培養上清」として注目を浴びています。

幹細胞そのものを使った医療行為は、国への届け出と認可が必要ですが、現時点では、幹細胞培養上清を使った医療行為に対してはそれほど厳しい規制はかかっていません。

さらに、培養液の上清を使うためにコストを抑えることが可能であり、培養上清を使った医療などは比較的気軽に受けることができます。

長期間幹細胞を培養することが可能となれば、1回の培養で回収される幹細胞培養上清中の有用物質はかなりの量を確保することができます。

さらに、培養期間が長くなることで、今までの培養時間では分泌量が少なすぎて見つかっていなかった分泌物質が発見される可能性もあります。

そして、創薬の分野では、長期培養を活かした有用化合物のスクリーニングが盛んになると予想されます。

なにより、化合物の影響を長期間にわたって解析できるということは、今まで見つかっていなかった副作用も見つかる可能性があります。

細胞を使った研究で見つかった化合物は、生物個体にどのような影響があるのか、効果はあるのかについて動物実験を行いますが、細胞培養の段階で副作用の可能性が高ければ、動物実験の前にその化合物を候補から外すことができます。

動物実験による解析は、細胞を使った実験よりも、時間、設備、コストがかかるため、もし動物実験前に危険な化合物を候補から外すことができれば、創薬の時間、コストの抑制に大きな効果が期待できます。

幹細胞以外の健常細胞、そしてがん細胞さえも、長期培養による性質の転換は現在有効な手段がなく、ある程度の継代を繰り返した細胞は廃棄せざるを得ませんでした。

今回の幹細胞での長期培養細胞株の樹立は、医療の分野だけでなく、細胞工学、生命科学に大きな貢献をするものと予想されます。

この研究で培ったノウハウは、いずれ皮膚幹細胞以外の幹細胞にも応用され、幹細胞研究が大きく発展するものと期待されています。

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